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異世界の穴
651日目 疑似世界
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アスタールさんが作った賢者の石に、私の用意した道具類を仕舞いながら2人で軽口を叩き合う。
なんだか、妙に楽しげなその様子にふと、彼の周りにはこういった気の置けない会話をする相手が居ないと言う事に気が付いて愕然とする。
セリスさんも、レイさんも、彼に対して信頼や親しみは感じているとは思うけど、互いの本音を言い合えるような仲ではなかったように様に思える。少なくとも、私の目に見える範囲では。
アスタールさんがこんな風に取り繕わずに話す相手が、私以外に思いつかなかった。
ソレに気が付くと、双子であるアスラーダさんにすら、一線を引いている事に気が付いてしまった。
「……アスタールさんは、なんでこんなに私の事を信用してるんですか?」
「唯一、私の話にきちんと向き合ってくれたからだ。」
私の問いに、彼は不思議そうな視線を返してから、即座にそう答える。
「何人かに同じ話をしたが、全員が口を揃えて『そんな馬鹿げた妄想』とそう言った。
私も、他の者に同じ話をされたらきっと同じ事を口にするだろうから、彼等の事を責める気はない。
それでも、やはり悲しい気持ちになりもしたし……自然と、話題を選ぶようになった。」
確かに、『妄想』で片付けた人の気持ちは分かるような気がした。
それと同時に、そう言われた事によって、アスタールさんが感じたであろう虚無感も理解できるような気がする。
「兄上にも、馬鹿な事に君を巻き込むなと怒鳴られた。そんな、妄言を吐いている時間があるなら、もっと現実を直視しろ、と。」
ああ、アスラーダさんならそう言うだろうな。
『異世界』の話が真実であれ、妄想であれ。
立場的にも、そう言わざるを得ない部分もあるのかもしれない。
それにきっと、その話を聞いた時に物凄く怖くなったんじゃないだろうか。
あの人は、弟妹がすごくすごく大事で仕方がない人だから、万が一にも『異世界』なんて得体の知れないところに行かれるかもしれないなんて事、考えたくも無かったのに違いない。
それで、言い方を間違えたんだ。
「アスタールさんは、泣き虫さんなんですねぇ?」
そう呟いて、彼の目元をそっと拭う。
「……前に泣いた事があっただろうか?」
「夢だとは思えない夢の中で。」
「夢……?」
「若草色のネコ耳族の女性と一緒に居ました。」
アスタールさんが驚いた様に目を見開く。
その拍子に、また一粒涙が頬に流れた。
「彼女と……私の友人達に会ってみるかね?」
暫くして、彼は思いもよらない提案を口にする。
それは、私にとっても魅力的な申し出で。だからすぐに了承して、例の疑似世界とやらに連れて行って貰う事になった。
少し多めの指示を覚えきって、何とかその『疑似世界』とやらを訪れると、そこにはアスタールさんが恋人と一緒に待ち構えていて、彼女からの大歓迎を受ける事になり私は目を白黒させた。
彼女は、この疑似世界の中でだけは若草色の毛色をしたネコ耳族なんだそうだ。
本来の世界では丸耳族に似た姿の人しかいないらしい。
どこか、悪戯っぽさを感じさせる笑みを浮かべながら、挨拶だと思われる言葉を口にする彼女に対する感想は、勝手に口から滑り出た。
「随分と、表情豊かな方なんですね。」
「うむ。リリンは可愛かろう。」
言葉が通じないなりに、私の名を呼びながら身振り手振りと表情で語りかけてくる彼女をそう評すると、アスタールさんの耳がほんのり赤く染まり微かに口角があがる。
特に褒め言葉でも無かった気がするんだけど、受け取った方は褒め言葉に聞こえたらしい。
きっと、『色が白いですね』って言っても同じ感想が返って来そうだなと想像してしまって、思わず笑みが漏れる。
「それで、私の事は、なんて説明してるんですか?」
「一番弟子だと以前から。君に会えてうれしいと伝えて欲しいそうだ。」
「以前からって、いつから話題に載せてるんですか。」
「君が弟子入りしてすぐ……かな。」
「5年も前からじゃないですか。彼女にも私も同じ事を言っていると伝えて貰えますか?」
彼は嬉しそうに耳をピコピコさせると、彼女の耳元に口を寄せて私の知らない言葉を囁きかけた。
その言葉を受けて、彼女は私に視線を向けると嬉しそうにニコニコする。
さっきから見ている感じだと、少し年齢の割に幼い感じのする人だな、というのが感想。
アスタールさんの髪をクイクイ引っ張って少し屈ませると、おでこをつっつき合わせて柔らかな視線を交わし、何かいたずらっぽい表情を浮かべる。
アスタールさんは、そんな彼女をうっとりと夢見るような瞳で見つめていた。
兄弟なんだなぁ……。
彼女に対する時に明らかに変わる雰囲気が、アスラーダさんの姿を彷彿とさせる。
私と2人でいると、彼もあんな表情を見せる事があってそう言う時は、嬉しいのと恥ずかしいのとで、なんだか身の置き所がなく感じるんだけど……。
目の前の彼女は自然体でそれを受け入れている様に見えた。
2人の様子を少し離れて見ていると、無性にアスラーダさんに会いたくなる。
私も、アスラーダさんにギュ―っとしたいなぁ……。
そんな事を考えていたら、いきなり彼女に抱きしめられた。
そのまま、アスタールさんに向かってなにやらニコニコしながら提案すると、腕を取って軽く引っ張る。何を言っているのか分からないものの、道を指さすところを見るとどこかに行こうと言っているらしい。
「リリンが、君に私達の世界にはない物を見せたいんだそうだ。」
その言葉に、思わず苦笑が漏れる。
今更、私が異世界の存在を疑う事なんてないけれど、どんな物を見せて貰えるんだろう?
私は彼女に手を引かれながら、期待に胸が高鳴るのを感じた。
なんだか、妙に楽しげなその様子にふと、彼の周りにはこういった気の置けない会話をする相手が居ないと言う事に気が付いて愕然とする。
セリスさんも、レイさんも、彼に対して信頼や親しみは感じているとは思うけど、互いの本音を言い合えるような仲ではなかったように様に思える。少なくとも、私の目に見える範囲では。
アスタールさんがこんな風に取り繕わずに話す相手が、私以外に思いつかなかった。
ソレに気が付くと、双子であるアスラーダさんにすら、一線を引いている事に気が付いてしまった。
「……アスタールさんは、なんでこんなに私の事を信用してるんですか?」
「唯一、私の話にきちんと向き合ってくれたからだ。」
私の問いに、彼は不思議そうな視線を返してから、即座にそう答える。
「何人かに同じ話をしたが、全員が口を揃えて『そんな馬鹿げた妄想』とそう言った。
私も、他の者に同じ話をされたらきっと同じ事を口にするだろうから、彼等の事を責める気はない。
それでも、やはり悲しい気持ちになりもしたし……自然と、話題を選ぶようになった。」
確かに、『妄想』で片付けた人の気持ちは分かるような気がした。
それと同時に、そう言われた事によって、アスタールさんが感じたであろう虚無感も理解できるような気がする。
「兄上にも、馬鹿な事に君を巻き込むなと怒鳴られた。そんな、妄言を吐いている時間があるなら、もっと現実を直視しろ、と。」
ああ、アスラーダさんならそう言うだろうな。
『異世界』の話が真実であれ、妄想であれ。
立場的にも、そう言わざるを得ない部分もあるのかもしれない。
それにきっと、その話を聞いた時に物凄く怖くなったんじゃないだろうか。
あの人は、弟妹がすごくすごく大事で仕方がない人だから、万が一にも『異世界』なんて得体の知れないところに行かれるかもしれないなんて事、考えたくも無かったのに違いない。
それで、言い方を間違えたんだ。
「アスタールさんは、泣き虫さんなんですねぇ?」
そう呟いて、彼の目元をそっと拭う。
「……前に泣いた事があっただろうか?」
「夢だとは思えない夢の中で。」
「夢……?」
「若草色のネコ耳族の女性と一緒に居ました。」
アスタールさんが驚いた様に目を見開く。
その拍子に、また一粒涙が頬に流れた。
「彼女と……私の友人達に会ってみるかね?」
暫くして、彼は思いもよらない提案を口にする。
それは、私にとっても魅力的な申し出で。だからすぐに了承して、例の疑似世界とやらに連れて行って貰う事になった。
少し多めの指示を覚えきって、何とかその『疑似世界』とやらを訪れると、そこにはアスタールさんが恋人と一緒に待ち構えていて、彼女からの大歓迎を受ける事になり私は目を白黒させた。
彼女は、この疑似世界の中でだけは若草色の毛色をしたネコ耳族なんだそうだ。
本来の世界では丸耳族に似た姿の人しかいないらしい。
どこか、悪戯っぽさを感じさせる笑みを浮かべながら、挨拶だと思われる言葉を口にする彼女に対する感想は、勝手に口から滑り出た。
「随分と、表情豊かな方なんですね。」
「うむ。リリンは可愛かろう。」
言葉が通じないなりに、私の名を呼びながら身振り手振りと表情で語りかけてくる彼女をそう評すると、アスタールさんの耳がほんのり赤く染まり微かに口角があがる。
特に褒め言葉でも無かった気がするんだけど、受け取った方は褒め言葉に聞こえたらしい。
きっと、『色が白いですね』って言っても同じ感想が返って来そうだなと想像してしまって、思わず笑みが漏れる。
「それで、私の事は、なんて説明してるんですか?」
「一番弟子だと以前から。君に会えてうれしいと伝えて欲しいそうだ。」
「以前からって、いつから話題に載せてるんですか。」
「君が弟子入りしてすぐ……かな。」
「5年も前からじゃないですか。彼女にも私も同じ事を言っていると伝えて貰えますか?」
彼は嬉しそうに耳をピコピコさせると、彼女の耳元に口を寄せて私の知らない言葉を囁きかけた。
その言葉を受けて、彼女は私に視線を向けると嬉しそうにニコニコする。
さっきから見ている感じだと、少し年齢の割に幼い感じのする人だな、というのが感想。
アスタールさんの髪をクイクイ引っ張って少し屈ませると、おでこをつっつき合わせて柔らかな視線を交わし、何かいたずらっぽい表情を浮かべる。
アスタールさんは、そんな彼女をうっとりと夢見るような瞳で見つめていた。
兄弟なんだなぁ……。
彼女に対する時に明らかに変わる雰囲気が、アスラーダさんの姿を彷彿とさせる。
私と2人でいると、彼もあんな表情を見せる事があってそう言う時は、嬉しいのと恥ずかしいのとで、なんだか身の置き所がなく感じるんだけど……。
目の前の彼女は自然体でそれを受け入れている様に見えた。
2人の様子を少し離れて見ていると、無性にアスラーダさんに会いたくなる。
私も、アスラーダさんにギュ―っとしたいなぁ……。
そんな事を考えていたら、いきなり彼女に抱きしめられた。
そのまま、アスタールさんに向かってなにやらニコニコしながら提案すると、腕を取って軽く引っ張る。何を言っているのか分からないものの、道を指さすところを見るとどこかに行こうと言っているらしい。
「リリンが、君に私達の世界にはない物を見せたいんだそうだ。」
その言葉に、思わず苦笑が漏れる。
今更、私が異世界の存在を疑う事なんてないけれど、どんな物を見せて貰えるんだろう?
私は彼女に手を引かれながら、期待に胸が高鳴るのを感じた。
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