上 下
106 / 200
遠方からの訪問者

459日目 小さな違和感

しおりを挟む
 アッシェが倒れてから3日目。
お店の方は、ルナちゃんの手助けもあってなんとか魔法薬の作成を間に合わせている状態で、余裕は無い物のなんとかギリギリお客様への商品の提供を間に合わせる事が出来ている。
店仕舞いとほぼ同時にやってきたトーラスさんと一緒に、家路についた。
これは、私が1人で夜道を帰らなくていいようにという、彼なりの気遣いらしい。

 家の前に差し掛かったところで、違和感を感じて足を止めた。
不安になってトーラスさんを見上げると、暫く耳を澄ませていた彼は満面の笑みを浮かべて私を抱き上げ家に向かって駆けだした。
家の庭までやってくれば、私にも違和感の原因が聞き取れた。


コンカッセが泣いてる。


 悲しみの発露とは思えないソレは、アッシェの意識が戻った事を暗示していて、私はトーラスさんの腕の中から逃れようとじたばたともがく。
ひ弱な私が熊人に力で勝てる訳もなく、当然抜けだす事は叶わなくてそのまま連れていかれるしかなかったんだけど、でも、その時はただ一刻も早くアッシェの顔が見たかった。

 トーラスさんに抱えられたまま、ドタドタと階段を駆け上がるとアッシェの部屋の扉が開いてポッシェが顔を出す。扉が空いた事によって、コンカッセの泣き声が大きくなる。

「おかえり~。アッシェ、お腹が空いたって。」

 へにゃっと笑うと、彼は私達を通す為に横に避けてくれた。
中に入ると、アッシェはベッドの上に起き上がっており、泣きながら縋りつくコンカッセの背中を撫でながら「もう大丈夫ですぅ」「心配掛けてごめんですぅ」といつもの調子で謝っている。
コンカッセは、目からは涙、鼻からは鼻水と言う状態でわんわん泣きわめいていた。
その声も、段々と小さくなっていき、私達が見ている目の前でそのまま寝落ちてしまい、アッシェが困った様なホッとした様な表情を浮かべてこちらに視線を向け、一瞬の間をおいてから微かに目を細める。

「おはようですぅ~」

 その表情が、なんだかアッシェっぽくなく感じて戸惑いながら、眠ってしまったコンカッセに意識を移す。彼女はずっと、アッシェの付いていて、不安で寝付けなくて、寝付いたと思ったら起きてしまってと言うのを繰り返してたみたいだから色々と限界だったんだろう。
コンカッセの体がずるずるとアッシェからずり落ちそうになると、ポッシェがそっと宝物を扱う様にやさしく抱き上げる。

「お部屋に寝かせてくるね。」

 そう言って、部屋を出て行くポッシェを見送る。


今日は、良く寝られると良いね。
コンカッセ。


 戸が閉まる音と共に、やっと私を抱えあげたままだったのを思い出したトーラスさんが床におろしてくれた。これでやっと、自分の足でアッシェの側に行ける。

「気分はどう?」
「う~ん……。色々、混乱中ですぅ~……」

 困惑した表情を浮かべて首を傾げる姿は、倒れる前のままのアッシェに見える。
でも、やっぱりなにかが違う様に感じて、何が違うのかとその表情を窺う。

「どうしたです??」

 キョトンと見返してから、「あ、涎でもついてるですか?」と言いながら口元を拭う仕草もいつも通りに見える。見えるんだけど……。

「ううん。お腹空いてるでしょ? 今、何か作って来るから待っててね。」
「はいですぅ~!」

 どうしても拭えない違和感を感じるものの、気のせいかもしれないと思う事にして台所に向かう。

「トーラスさんも、一緒に如何ですか?」
「あー……。ミーシャが用意してるだろうからなぁ……。」
「じゃあ、今度のお休みの日にでもミーシャさんも一緒に食べにいらして下さい。」
「そりゃあ、ミーシャのヤツも喜ぶな。」

 トーラスさんは私の言葉に相好を崩した。

「アッシェが意識を取り戻した事を、早く報告してやりたいからな。」

 そう言いながら玄関を出ようとするトーラスさんの服の裾を、そっとつまんで呼び止める。

「ミーシャさんと一緒に『彼』も連れて来て下さい。」
「……いいのか?」
「はい。」
「分かった。じゃあ、また明日な!」

 手を振りながら足取りも軽く去って行くその背中を見送ってから、閉じた扉に背中を預ける。

「やっぱり、仕方ないのかな……。」

 小さく呟いて、目を閉じた。
さっきの彼女との対話を思い返してみると、違和感の正体が見えてきた気がした。


どれ位、『アッシェ』は生きているんだろう。


 全てが無かった事になってるとは、思いたくない。
でも、『アッシェ』が居なくなってしまっているかもしれないと覚悟しておく方が、いいのかもしれなかった。ソレが杞憂であってくれる事を、そっと猫神様にお祈りした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

ヒューストン家の惨劇とその後の顛末

よもぎ
恋愛
照れ隠しで婚約者を罵倒しまくるクソ野郎が実際結婚までいった、その後のお話。

【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜

七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。 ある日突然、兄がそう言った。 魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。 しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。 そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。 ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。 前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。 これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。 ※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です

婚約者様にお子様ができてから、私は……

希猫 ゆうみ
恋愛
アスガルド王国の姫君のダンス教師である私には婚約者がいる。 王室騎士団に所属する伯爵令息ヴィクターだ。しかしある日、突然、ヴィクターは子持ちになった。 神官と女奴隷の間に生まれた〝罪の子〟である私が姫君の教師に抜擢されたのは奇跡であり、貴族に求婚されたのはあり得ない程の幸運だった。 だから、我儘は言えない…… 結婚し、養母となることを受け入れるべき…… 自分にそう言い聞かせた時、代わりに怒ってくれる人がいた。 姫君の語学教師である伯爵令嬢スカーレイだった。 「勝手です。この子の、女としての幸せはどうなるのです?」 〝罪の子〟の象徴である深紅の瞳。 〝罪の子〟を片時も忘れさせない〝ルビー〟という名前。 冷遇される私をスカーレイは〝スノウ〟と呼び、いつも庇護してくれた。 私は子持ちの婚約者と結婚し、ダンス教師スノウの人生を生きる。 スカーレイの傍で生きていく人生ならば〝スノウ〟は幸せだった。 併し、これが恐ろしい復讐劇の始まりだった。 そしてアスガルド王国を勝利へと導いた国軍から若き中尉ジェイドが送り込まれる。 ジェイドが〝スノウ〟と出会ったその時、全ての歯車が狂い始め───…… (※R15の残酷描写を含む回には話数の後に「※」を付けます。タグにも適用しました。苦手な方は自衛の程よろしくお願いいたします) (※『王女様、それは酷すぎませんか?』関連作ですが、時系列と国が異なる為それぞれ単品としてお読み頂けます)

【完結】実家に捨てられた私は侯爵邸に拾われ、使用人としてのんびりとスローライフを満喫しています〜なお、実家はどんどん崩壊しているようです〜

よどら文鳥
恋愛
 フィアラの父は、再婚してから新たな妻と子供だけの生活を望んでいたため、フィアラは邪魔者だった。  フィアラは毎日毎日、家事だけではなく父の仕事までも強制的にやらされる毎日である。  だがフィアラが十四歳になったとある日、長く奴隷生活を続けていたデジョレーン子爵邸から抹消される運命になる。  侯爵がフィアラを除名したうえで専属使用人として雇いたいという申し出があったからだ。  金銭面で余裕のないデジョレーン子爵にとってはこのうえない案件であったため、フィアラはゴミのように捨てられた。  父の発言では『侯爵一家は非常に悪名高く、さらに過酷な日々になるだろう』と宣言していたため、フィアラは不安なまま侯爵邸へ向かう。  だが侯爵邸で待っていたのは過酷な毎日ではなくむしろ……。  いっぽう、フィアラのいなくなった子爵邸では大金が入ってきて全員が大喜び。  さっそくこの大金を手にして新たな使用人を雇う。  お金にも困らずのびのびとした生活ができるかと思っていたのだが、現実は……。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

【完結】妻に逃げられた辺境伯に嫁ぐことになりました

金峯蓮華
恋愛
王命で、妻に逃げられた子持ちの辺境伯の後妻になることになった侯爵令嬢のディートリント。辺境の地は他国からの脅威や魔獣が出る事もある危ない場所。辺境伯は冷たそうなゴリマッチョ。子供達は母に捨てられ捻くれている。そんな辺境の地に嫁入りしたディートリント。どうする? どうなる? 独自の緩い世界のお話です。 ご都合主義です。 誤字脱字あります。 R15は保険です。

処理中です...