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遠方からの訪問者

456日目 いってらっしゃい

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 1週間経った頃、アルンの元に王都にいるエデュラーン公からお迎えがやってきた。
時間は丁度、朝の開店直前に彼女がトーラスさんに送られてやってきたところ。
あまりに急な話に彼も驚いていたものの、取り敢えず中に入って貰って話を聞く事になった。

「主人からトーラス様へと、こちらを言付かってきております。」

 迎えに来たのは、幼い頃からアルンの侍女を務めていたと言う女性。
彼女はトーラスさんに一通の封書を渡すと、目礼した。
彼は渡された手紙を読むと、アルンに同情のこもった目を向ける。

「どうしても一度、エデュラーン公の元に戻らなければならないようですな……。」
「そんな……。だって、やっと『魔力視』も出来るようになったところなのに……。」

 丁度、アルンは2日前に『魔力視』が使えるようになったところだった。
正直なところ、今修業が中断されるのはあんまり良くは無いんだけど……、それでも次の段階に進んでからよりはましかもしれない。

「お師匠様……。」

 今、修行を中断する訳には行かないと言って欲しいんだろう。
縋る様な目で私を見詰めてくるアルンに、私は望まれているのと逆の事を言わなくてはいけなかった。

「アルン。」
「はい。」
「王都に行っている間も、『魔力視』を出来る限り使うようにしてね?」
「!?」
「眩暈がするようなら即座に中止するように。」
「そんな……。」

 悲しげに肩を落とす彼女に更に言葉を続ける。

「『魔力視』を続ける事によって、魔力の底上げが出来ると言うのもあるんだけど、次の修業に出来ると出来ないじゃ覚えの早さが変わって来るからサボっちゃダメだよ?」
「……お師匠様……!」

 私の言葉を聞いている内に、みるみる表情が明るくなってきた彼女は、最後には感極まった声を上げて抱きついてきた。

「ちゃんと、待ってるからね?」
「はい。」
「絶対に忘れちゃダメだよ?」
「はい。」

 ギュウっと抱きついてきたアルンは、私の言葉に頷きながらしゃくりあげてる。
その背中を撫でながら、私は侍女さんの視線が気になって仕方なかった。


睨んでる!
めちゃくちゃ睨んでて怖いよ!!



 アルンが落ち着くと、気が変わらないうちにと言わんばかりに侍女さんが彼女を馬車に押し込んだ。

「お師匠様。」
「うん。」
「また、ちゃんと戻ってこれたらご指導いただけるんですよね?」
「アルンってば、戻ってこれないつもりなの?」

 馬車の窓を開けて、不安げな顔を覗かせたアルンの問いに私は逆に聞き返した。

「!!」
「帰って来た時には、住み込みで修業できるように部屋の用意をしておくからね。」
「……お師匠様……!」
「だから、いってらっしゃい。」
「……はい。いって、き、ますぅ……!」

 とうとう泣きだしたアルンに、アッシェがちょっと背伸びをしてハンカチを手渡す。
それを彼女が胸に押し抱いたところで、御者さんに視線を送ると彼は一つ頷いて馬車を進めた。
身を乗り出してこちらに何か叫ぼうとした彼女は、不意に馬車の中にその姿を隠した。
多分、お迎えに来ていた侍女さんが危ないからと引っ張り込んだんだろう。


侍女さん、ずっと私の事を睨んでて怖かったな……。


 そう思いつつ、馬車が見えなくなるまで見送ってから、後ろを振りかえるとコンカッセが口をへの字にしてダバダバと滝の様な涙を流していた。


お・男泣き……?


 いや、女の子なんだけど!
いわゆる男泣きを彷彿させる泣き方なんだよ……。
見た目めちゃくちゃ美少女なのにそんな泣き方をされると物凄い違和感だ。

「コンカッセ……?」
「い…良いヤツ…だった……のに……」
「コンちゃん、アレ、絶対戻って来るですよぉ。」
「じじいが邪魔するかも。」
「「ああ……。」」


うーん……。
無いとは言えないけど、それでも戻って来るんじゃないかなぁ……。
ついでに、その言い方じゃなんだか死んじゃいそうだよ……?


「でも、アルンちゃんですよぉ?」
「アルンだからねぇ?」

 彼女の事だから、きっとお祖父さんが反対しようがなんだろうが、本気で最終的にはやりたいと思った事ならやりとおすと思うんだよね。
そして、彼女にとって『調薬』はとても学びたい事らしい。
そうでなきゃ、全然成果のでない何ヶ月もの間ここで頑張れた訳がないんだから。
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