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昔がたり

★兄

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 父の仕事は早かった。
翌日には、スフィーダ魔法学園に在学中の兄を呼びよせる手配をし、半月後には祖父の葬儀を執り行われ、私は祖父の『後継者』として正式に紹介される事になり、それまでどんなに私が祖父ではないと主張しても受け入れなかった者達が、私を祖父とは『一応』区別するようになっていく。
若干、納得がいかなかったものの、祖父と同一視されないだけでも気持ちが随分と楽になる。
何より、父が祖父と私を間違わなかったと言う事が一番有難かった。
彼は、踏み込み過ぎぬように細心の注意を払いながら、一月ほど滞在している。
 母上? 
論外だ。
彼女とはまともに会話が出来る自信がないので、アレ以来、出来るだけ接触を避けるようにしている。

 父の株が上がったその一方で、兄上が酷い。
子供の頃はあんなに長い間2人きりで生きてきていたと言うのに、あろう事か、私を『祖父』だと思ったようなのだ。しかも、『弟の体を乗っ取って』。
あんまりだ。
それじゃあ、心のありようが似通っている様ではないか?
顔形や背格好が似ているというのであれば、『遺伝』の一言で済むだろうが、中身が似ているなんて冗談じゃない!!!
 とはいえ、本人も自分の勘違いだと認識した後、謝罪の意味も込めてか色々と私の面倒を見始めた。
その様は、日本の朝ドラに出てくる世話好きな『お母さん』の様に甲斐甲斐しい。
兄上はきっと、素敵な奥方になれるだろう。
王都なり、スフィーダなりで素敵な連れ合いを見付ければ良い。
……そう思っていたのだが、父母が仕事の為に王都に戻った後も帰る気配がない。

「兄上は、何故王都に帰らないのだろう?」
「いや、わたしに聞かれてもわからんよ??」
「うむ……。しかし、本人には中々聞き辛いのだ。」
「ふぅん?」

 リリンが、ハサミで骨を素材にする為にチョキチョキと切る音が部屋に響く。
ハサミで骨を切れるのはいささか不思議ではあるが、『ゲームだから』でいつも細かい事は脇に追いやられる。『ゲームだから』というのは、なんて便利な言葉なのだろうか?

「アルと一緒に居たいからかもね。」

 チョキチョキ言う音の合間に彼女が呟く。

「……期待するのは止めたのだ。」

 彼女が作業に忙しくしているので、私も一緒にゲーム内でポーションを作る事にした。
ポーションと言うのは『水薬』らしく、作るとチャプチャプトポポポポと言う音がする。
なんだか、現実でも同じ様なものを大量に作っているのだが、この音が私は割と好きで、手持無沙汰になると必ずそればかりやっていた。

「何作るの?」
「爆発薬」
「助かるぅ♪」

 ゲーム内で彼女が開いている店に並べるように作っているソレは、丁度『爆発薬』の在庫が薄くなっていたから、私がそれを作り始めたと聞くと彼女は嬉しげに『♪』を語尾につける。
最初は、この『♪』も何を表しているのか分からなかったなと、ふと思い出して可笑しくなった。

「お兄ちゃん、一緒に暮らしてくれたら寂しくなくなるのにね?」

 咄嗟に、その言葉に返答する事が出来ずにハサミの鳴る音と、水音だけが部屋にこだまする。

「うむ……。」

 もし、また彼と一緒に暮せたなら、どんなに心休まる事だろう?
だが、もう期待をして裏切られるのが恐ろしい。



 リリンとそんな会話を何度かした後も兄は留まり続けていて、とうとう私は本人にどうするつもりなのかを訊ねる事にした。

「勉学の方はいいのかね?」
「教わるより、教えされられる方が多いから、ここで本でも読んでいた方がよっぽど勉強になる。」
「……ずっとここにいるのかね?」
「今のところその予定だ。」

 シレっとそう言いながら、彼は私の目の前に食事を並べていく。
その彼の手元を眺め、「了解した」とポツリと呟くとため息が漏れた。
たったこれだけの事を聞くのに、どんなに緊張していた事か……。
父の作った食事を見た時も思ったのだが、父にしろ兄にしろ、どこで料理など覚えたのだろうと思いながら、並べられた彩り豊かな食事を眺める。

「冷めないうちに食べてくれ。」
「うむ……。」

 どういう訳やら、その日の食事はやたらと美味しく感じられ、それをとても不思議に思う。
気持ち一つでこうもかわるものなのか、と。
それから、少しづつ彼に対して私なりに歩み寄る努力を始めた。
どうやって距離を詰めればいいのか分からなかったので、リリンに相談したら「頼み事してみたら?」と言われ、それを実践してみる。
どの程度の事が出来るのかが全く分からない状態だ。
最初の内は簡単なものから。
徐々に難度を上げていく。
兄が私の頼み事を叶える為に迷宮に赴く度に、出掛けて行った迷宮を生成している賢者の石にその姿を映し出して、その姿を追う。まるで、恋焦がれる相手を追う様に。

「お兄ちゃんと仲良くなってきてるみたいで良かった。」
「君の助言のお陰だ。」
「にょ??」

 不思議そうに首を傾げる彼女のアバターを見ながら、口元を緩むのを感じる。


それでも、やはり君が私にとっての『唯一の女性』だとそう強く思う。
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