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韮原草

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 床が、ひんやりと冷えていく感覚で目が覚めた。
寝る前に何をやっていたかと記憶を探りつつ、起き上がって周囲を見回すと、一箇所だけが明るい。

「……アイラ?」
「なあに、体力の使いすぎでぶっ倒れてたレイちゃん?」

 問いかけに返ってきたアイラの声の冷たさに、ピンと背筋が伸びる。
まずい!
めっちゃくちゃ怒ってる!!

「あの……」
「さっさとお風呂入って、もう一眠りしてきて」

 私に背中を向けていた彼女が、振り返ってギロリと睨みつけながらそう指示するのに頷きながら、お湯を受け取る。
掘りごたつ(予定)の中に残ったままのレンガは気になったけど、明かりと暖房の魔法を掛けつつ、大慌てでお風呂に駆け込んだ。



 お風呂で回復させた魔力を、拠点中で”エリアライト”と”ヒート”を使って消耗して眠った後で起きると、アイラからのお説教タイム。
なんか、私も言った記憶のある言葉が何度もアイラの口から飛び出した。

「とにかく、こまめにプロフィールを確認して、自分の状態を把握すること」
「はい」

 以外の返事は厳禁。うっかり言い訳をすると、お説教ループにハマってしまうのです。もちろん、実践済み。

「なにか一つ物を作ったら、必ずやるのよ?」
「はい」
「実践できる?」
「はい」

 実践は……多分、難しい。ちなみに今回倒れてしまったのは、レンガを作りすぎたせい。作るだけなら問題ないんだけど、困ったことに出来上がったレンガを取り出すのが大変なんだよね。基本的に”データストレージ”で楽をしてるんだけど、”データストレージ”のレベルが四になってしまったものだから、出し入れの体力が馬鹿にならなくなってきた。

「”データストレージ”で、意外と消耗するんだよね……」
「あー……。レベルが上ったら、ちょっと使いづらくなったわね」

 ポツッと漏らした言葉に、アイラが納得の表情を浮かべる。アイラも、レンガの出し入れをしているうちに”データストレージ”のレベルが上がったみたい。

「後で、効率的な利用法を考えてみるわ」
「是非ともお願いします」

 実は倒れた理由に直接関係してるわけでもないんだけど、納得してくれたみたいなのでソレに乗っかることにする。うん。お説教が終わるのも重要だけど、”データストレージ”の有効利用だって重要です。

「もう、レイちゃんが倒れてる飲みた時は心臓が止まるかと思ったわよ」
「それは……ほんと、ごめんね」
「……あたしもやっちゃってるし、次を気をつけてくれたらソレでいいわ」

 あわや、お説教再開かと思ったら、少し冷静になってくれたらしい。お説教タイム終了のお知らせがアイラの口から出てくれてホッとする。

「お茶でも飲む?」
「そうね、いただくわ」

 ”データストレージ”の中から竹の葉ライスウッド茶を取り出しつつ、お茶請け代わりのピタパンを用意。
アイラのお茶請けはどうしようかと思ったら、自分の”データストレージ”を小さく開いてクッキーを一枚取り出している。

「あのね、レイちゃん」
「うん」
「”データストレージ”、簡単に解決しちゃったわ」

 しばらく無言で考え込んでいる様子だったアイラが、突然そんなことを言い出す。

「簡単って?」
「出し入れしたいもののサイズに合わせて、”データストレージ”を開くようにすればいいだけみたい」
「え、それだけ?」

 試しに、食べかけのピタパンを小さく開いた”データストレージ”に出し入れしつつ、プロフィールを確認。……確かに、体力は出し入れ共に一ずつ。
え? ほんとにこれだけ??
物凄く拍子抜けした気分。

「まあ、良くあることよね」
「……そうかも」

 なんとなく気の抜けた笑いを交わしあい、話題を変える。

「そう言えば、また畑に行ってたよね?」
「ああ、収穫してきたわよ。意外とハーブ系もたくさん採れたわ」
「じゃあ、お茶を飲んだら石鹸を作ろうかな」
「よろしくおねがいします。ソレはソレとして、今日作った種と苗なんだけど……」

 なんだろうと首を傾げていると、目の前に置かれたのは種が一つと苗二つ。”検索”で調べてみると、オニオンフラワーの種と塩蔦にポテ蔓の苗だった。

「……”錬金術”でなんか出来るっぽいね」
「でしょ。種とか苗同士ならなんか出来るのかと思うんだけど、どう思う?」

 どう思うって聞かれても、やってみないとどうしようもないよね?
ウ~ンと悩んで、その場で実験してみることで互いに合意。アイラは種と苗を用意しはじめる。
私? 大きめの土鍋とヘラを用意すればいいかな?



 ワクワクした顔でアイラが用意したのは、現地植物の暖気草と氷室草。それから雪原草とオニオンフラワーの種。最後に塩蔦とポテ蔓の苗の六つと、小松菜・白菜・春菊・カブの種に、ナス・人参・ゴマ・ゴボウ・大豆・テンサイ・サツマイモ・ニンニク・トウモロコシ・ひまわり・ニラ・長ネギの苗。

「アイラ、苗の種類が異様に多い」
「十二種類あるわね。ダメだったら後でちゃんと植えるから平気よ」

 鷹揚に頷いて請け合うアイラ。いや、植えるとか植えないとか、そう言う意味じゃないんだけど……
まあいいや。深く考えないことにして、まずは種から。
まずは、現地植物同士の雪原草とオニオンフラワーで確認してみたけど、土鍋に入れた時点で『ダメだな』と思ったので中止。日本でお馴染みの野菜たちで試してみたものの、雪原草相手で反応があったのはニラだけ。
そのニラだって、『こうじゃない』って感じがするんだよね……

「なんか、コレジャナイ感がすごい」
「えーっと? 全然駄目な感じとは違うの?」

 唯一反応のあったニラの苗を睨みつつ首を傾げていると、アイラは目の前に新しい種を作って差し出してくる。

「ニラの種よ。種同士だったらどうかしら?」
「やってみる」

 受け取った種を雪原草の種の入った土鍋に投入すると、『コレだ!』というように二つの種が光りだす。

「キタキタキタキタキター!」

 アイラが興奮した様子で拳を握りつつ叫び声を上げる中、必死にグールグル。一際明るく土鍋の中が光ると、底にニラの種と同じ形をした透明色の物が転がっていた。

韮原草きゅうげんそうの種。雪原でも自生できる植物。実の部分だけでなく、葉も食用になるが、独特の香りがあるために好き嫌いが分かれるだろう。他世界の植物が混ざったため、成長が著しく遅くなった。収穫までに228日掛かるが、一度収穫できるようになれば一月ごとに継続して採取可能」

 即座に結果を”検索”したらしく、アイラは結果をスラスラと読み上げてから、極上の笑みを私に向ける。

「成功よ。レイちゃん!」
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