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ウサギの穴

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「外、どうだった?」

 穴に入っていくのを見送ってから大分経った頃、やっとアイラが帰ってきた。
新しく私が灯した”ライト”があるから明かりは二つ。
狭い穴の中が随分と明るくなった。

「外、真っ白」

 私の問いに返ってきたのは、困った顔と短い返事。
戻ってきた穴をチラチラと見ながら、アイラは寒そうに腕をさすっている。
寒いのかな?
寒いよね。
手を伸ばして、そっと頬に触れてみると氷のように冷たくなってる。

「カムカム」

 膝抱っこ出来るように姿勢を変えて両手を広げると、彼女はいそいそと私の腕の中に収まった。

「――ひゃっこい!!」
「レイちゃんあったかいー!!」
「なんでこんなに冷たくなってるの」

 ギューッと抱きしめて訊ねる。
だって、穴に入っていってからの時間って、長くは感じたけど十分もなかったはず。
こんなに冷えてるなんておかしい。
冷え切った手をさすって温め始めると、アイラは穴の外のことを話しはじめた。

「とりあえず、穴の外は一面の雪景色でした」
「……夏、だったよね?」
「あっちは……かなぁ」

 という言い方に、心臓が嫌な音を立てる。
夢うつつに聞いた”落人の存在を確認しました。落人の受入処理をはじめます”という声が頭の中に浮かぶ。

「”落人”って声がしたから、多分、あたし達はウサギの穴に落っこちたんじゃないかと思う」
「ウサギ?」
「んー、『異世界』に落ちたって解釈してくれればいいわ」
「『異世界』……」

 考えたくなかったんだけど、そっかぁ……
まさか、自分がアニメとか漫画みたいな体験をすることになるとは思わなかったと思いつつ「そっか」と呟く。

「意外と冷静?」
「ううん。思考停止中」

 腕の中から見上げてくるアイラが可愛いって考えて、現実逃避する程度には思考放棄してる。

「むしろ、アイラの方が冷静だよね」
「冷静というか、考えても仕方がないことは考えない」
「考え方が男前!?」

 確かに、考えてもどうしようもないんだけど、なかなかスッパリと切り捨てられないもんだよね。
でも――か。
それって、考えたら辛くなるから?
フッとニヒルな笑みを浮かべてみせるアイラをギュッと抱きしめる。

「私も、いるから」

 うん。
私も、一人じゃないから大丈夫。
家族のことは――考えない。




 しばらくしんみりとした後、私も外を確認しようとしたものの、穴が狭くて通れずに断念。
気を取り直して、話し合いを始めることにした。

「まあ、二人して同じ夢を見てるってオチもあるかもしれないわよ」

 というのがアイラの言い分だ。
本人が、かけらもそれを信じていないのは分かったけど、口には出さない。
藪をつついても良いことはないのです。

 お話し合いの前に、まずは手持ちの食料の確認だ。
主におやつの確認……だと思う。
食料、大事だよね。

 私が持ち込んでいるのは、まずはお昼用のお弁当。
学校に行くときなら巾着袋におにぎりだけど、今回は機能性を優先して飯盒を二つ。四合炊ける大きな方にご飯を、おかずは普通サイズの方に詰めてきた。
お昼のご飯はさすがに四合じゃ多いから、残った分は夜に回すつもりだったんだけど……
こうなってみると、支給されるご飯だけじゃ足りないかもしれないと思って入るだけ炊いた朝の私、グッジョブだ。
……夜の分しか余分がないんだけどね。

 それから、お米を5kgと折りたたみ式のストーブ。
おにぎり用の藻塩とミル付きの岩塩に、ふりかけを二種類。
そしてマイスパイスセットだ。
それから、サキイカとジャーキー三種にドライフルーツの詰め合わせ1kgずつ。
それからそれから――

「レイちゃん……」
「うん?」

 更に中身を取り出そうとしたところで、アイラが私の荷物を見ながら呟くように名前を呼ぶ。
なんか、困惑した表情なんだけど……忘れ物でもあったんだろうか?

「なんで、生米?」
「林間学校で支給される分じゃ足りないから。こう……自助努力?」

 質問に答えながら、私はコテンと首を横に倒す。

「え? 人数分にちょっと余裕を持って支給されることになってたよね」
「そうだけど……一食で二合は食べるから、足りないかなーと思って」
「……二合!?」

 驚きの声を上げるアイラに、私は頷きつつ説明を続ける。

「実は、私。ものすごーく燃費が悪くて大量に食べる人なんです」

 いつもはアイラとお昼を食べる前後に、おにぎり追加してました。

「え、でも、材料があっても調理道具足りないよね??」
「お弁当箱を飯盒に詰めてきたから大丈夫」

 ちゃんと、固形燃料とそれ用の折りたたみ式のストーブも持ってきてある。
数にも量にも限りがあるけど、私が少し我慢すれば五日位は保つんじゃないかな?
そうアイラに説明すると、彼女は少し安心したようにかすかな笑みを口の端に浮かべた。
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