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パセリナの恨み・1
しおりを挟む虫には敏感でも、人に対しては鈍感なウメコが、パセリナのよそよそしい態度に気づいたのは、再編された8班が開拓労務に復帰して、ひと月ほど経過してからのことだった。
なにせ8班が<レモンドロップスiii>と改め、再びノルマを与えられ、捕虫できる喜びにみんなが浮かれていたし、班の連帯を深めるなら、新たに増員された顔ぶれと馴染んでいくほうが優先されたから。そうして毎日が虫霧を晴らすような新鮮な空気で満ちあふれ、全体に新労期特有の浮わついた気分もあって、ウメコはそんなパセリナの態度などまったく気にかからなかった。
話しかけても気の抜けたような素っ気無い応えや、向こうからは話しかけてこないのにも、それも新労期特有の、ふさぎの虫に憑りつかれただけだと漠然と思っていた。
それに開拓事業のノルマを越えた捕虫への取り組みや、開拓労民の生活全般において、つねに清く正しくを心がけている生真面目なパセリナのことだから、あの騒動のとばっちりを受け、謹慎の憂き目にあい、その最中になにか心境の変化があったとしても、そこに誰しも不思議を感じなかった。
げんに異動のなかった元レモネッツ!!!の班員の中には、思うところがあってか再編の呼集にも応じず8班に復帰しなかった者もいたくらいだから。
けれどパセリナのそんなつれない態度は、ウメコに対してだけだった。義務労のクロミと交わす親しげな会話を見かけても、それは先輩としての指導だと、別段気にかけなかったけれど、レモネッツ以来の班員と、心の通った言葉を交わしているのを目にすると、さすがに変だと感づいた。
あの騒動で、私のことを恨んでいる?と疑念がよぎった。けれど騒動直後には普通に会話をしていたし、ともに謹慎期間の暇を持てあましていた時期にも何度か会っていた。だからそれはありえないとウメコは断言できた。
トミコに話してみたら、どうも古式捕虫術でお免状とった話なんぞを得意げに語っているからじゃないの、と言われた。謹慎期間中にウメコが修行した<二天プラ流>のことだ。きっとそれが面白くないのだろう、競合するし商売がたきになるからと。そうしてパセリナの前で、あんまり流派のことを喧伝するのはやめときな、と忠告された。
パセリナが古式捕虫術<雁擬キ流>の家元として、開拓労務の他に未就労児を対象に、古式捕虫術を通じて礼儀作法を教えたり、捕虫要員や開拓労民の育成を兼ねた道場を開き、開拓推進とともに、おのれの流派を広げる地道な努力をしていることは皆が知っている。
ウメコもそのことは知っていたけれど、自分は別に流派に勧誘したり、弟子を集めたりしてるわけじゃなし、なんにも競合なんかしてない。そんなこと言ったら、そもそも捕虫要員はおしなべて<新鍋流>のお免状を持ってるわけだし、それで未就労児を集めて教えることだってできるのだ。商売がたきなんて、とんでもない。喧伝してるなんて大袈裟だ。謹慎中の退屈しのぎに、もってこいの話題を提供してやっただけじゃないよ。
だいたい誰がどの流派の古式捕虫術を学ぼうが、そんなことは個人の自由だ。それが開拓事業の虫捕りに役立つのであれば尚更。だからウメコは当面、この問題をほっといた。勝手にしろと。
ふだん出労時間の早いパセリナは、同じように朝が早いウメコと顔を合わせるのをさけ、それが自分の信条には合わないこともやむなく、最近は遅めに出労している。
その日は、他の班員が、そろって普段より遅れていた。ガレージには、すでに出労し<小梅>の整備に念入りのウメコひとりだけがいた。
パセリナは悪いタイミングの出労に「しまった」と思いながら、搭乗機の<ハコベ>のコクピットや腰殻の中にもぐり込み、ずっと整備にかかりきっているフリをしていた。つねにこまめにチェックを怠らない几帳面なパセリナの<ハコベ>は、ノルマ前でも、たいした整備を必要としないのに。けれどいま、ウメコとまともに顔を合わせて、衝突するのだけは避けたかった。――心の準備が整っていない。なにもかも自分の未熟がいけないんだ――
ひととおり整備を終えて、あとは「フン」を落とすだけとなったウメコは、<小梅>の足回りから腰を上げ、コクピットに乗り込もうとしたとき、自分を避ける見え透いた立ち働きをするパセリナの髪の、左右にさげたツインワームの、ウジウジウネウネとしたミミズひねりが目に入ると、腹の虫がざわつき全身がウジウジしてきた!――ムシってしまいたい!――
そしてしばらく構わずに放っておいた問題を、急に虫がおこったか、虫の居所のせいか、はたまた生来の無思慮のためか、おもいきって、パセリナのツインワームをムシり取るかわりに、投げつけてみたくなった。
ウメコは、着座したバグモタが並ぶガレージの間を、パセリナの機体エクスクラム!!!製ラビットベリー<フェアメイドZ>の下まで、とことこ歩いて、足首のクリーパーホイールを調整していたパセリナに詰め寄った。「あんたさ、私が古式捕虫術やってなんか気に入らないことでもあんのかよ」
パセリナはキッと睨みつけるような顔で振り返り、ウメコを見据えた。言葉はずっと前からたまったもののように出てきた。「浜納豆さん、あなたが知らないのも無理はないでしょう。だからといって、見過ごすわけにいかないのですよ!」
「なに!?私がなにを知らないって?もったいぶった物言いしやがって!わけがあんなら言ってみなっての!」
「ニ天プラ流免許皆伝、浜納豆ウメコ!」パセリナは挑発するように指を突き付けた。「あなたは我が<雁モドキ流>の怨讐の敵!」
「オンシューの敵!?」なんのこっちゃ!
ワケを聞くまでもなく、ウメコは目の前に突き付けられた人差す指をはねのけた。「知るかよ!そんなこと!こちとら流派でノルマこなしてるんじゃねーや!」
そこに他の班員がゾロゾロと現われる気配がすると、再び起ち上げたばかりの8班の中で、もめ事を起こして険悪な雰囲気になるのを避けたいという心理が互いに働いて、フンと同時に背中を向けた。
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