48 / 59
#2 ウメコと虫捕り仲間たち
テイルボクシング・2
しおりを挟むウメコは序盤、スピードで圧倒した。試合では許されないクラック値の高さで、優勢なうちにポイントを稼いでしまおうという腹積りなのだが、判定を下すトランストロンのシミュレーターは、ちゃんとクラック値の差も計算に入れて判定するよう設定されているから、結局有利といえるかどうかはわからない。けど、やり込めている、という手ごたえは感じる。それで勢いをつけて、あとは押し切ってしまえばいい。
テイルヘッドを吹っ飛ばしてノックアウトできれば最高だけれど、スパーリングでそれをやるのは褒められた行為じゃないし、寸止めでもトミコ相手じゃ難しい。だからポイント差がものを言う。判定はトミコの体力までは考慮しないから、やはりクラック値の優位は大きい。練習といえど、勝ちにこだわるウメコの辞書に、正々堂々という言葉はないのだ。
テイルヘッドの打ち出しは、クラックウォーカー起立の際に引くレバーとは違う。起立時の、腕と脚も同時に連動させる機構を省いた、ただテイルヘッドのみを押し出すためのレバーがあって、それがシートの左脇についていた。「ギィッ」とレバーを引くと、そのたびに「ゴンッ」と勢いよくもとに戻る。同時に小梅の尻尾が「ゴンシュ」と繰り出された。
「ギッコン!ギッコン!打つべし、打つべし!」ウメコは打撃連打のときにきまった掛け声を、快活と発した。
けして軽くないこのレバーを連続で引き続けるのは、それなりの筋力と体力を必要とするし、しかもクラックウォーカーを操縦しながらだから、たった3分3ラウンドだとて、結構しんどい。自動装置はあるけれど、操縦技術を競うのだから、ここは手動にきまっていた。
トミコは防御態勢で、小梅から繰り出される無鉄砲な尻尾を、黙々とかわし続けている。
クラック値の優位をあてにしたフットワークで、パンチならぬ尻尾を繰り出し続けたウメコは、早くも軽い疲れを感じはじめた。
競技の本格的練習は久しぶりだったし、小梅の操縦自体、ノルマ終わりに班ガレージでメンテをちょっとするくらいで、ここまでガッツリ操縦するのも、修理先の<ベロ>から受け取ったとき以来だった。
そんな言いわけがウメコの頭をよぎりそうになると、打ち消すように毒づいた。「ほらほらトミコ!どうしたよ、ただの飾りかよ、その尻尾!」
――どこが軽くだよ!油断させといて速攻かよ!――トミコは、ウメコの見えすいた挑発に乗るつもりはないけれど、あいかわらずの不逞やり方に、たまらず言い返した。「その手にはのらん、無駄打ちしとけ!」
ゲーム開始直後から、こんなふうに闇雲に打ち続けるウメコの戦法は、素人レベルの無謀なやり方だ。特にトミコのようなバグモタ格闘技の巧者が動じるはずがないと、わかっていながら、あえて仕掛けていった。
何かにつけて正攻法とは相性が悪いウメコにとって、無謀や邪道こそが、おのれの生きる手段なのだから仕方がない。我が道を行くしか前へ進めない女、それがウメコ・ハマーナットであった。
1ラウンドが終わり、両者のセコンドを兼任するケラコの<ケロロク>が捕虫喇叭を持って、補給に動いた。ウメコはまだいらない、と断った。虫の残量は57%まで減ったけれど、次のラウンドはまだもつと踏んだ。ここで低クラックの雑甲虫など混じってしまっては、せっかくの高いクラック値が薄まってしまう。クラック値で優位なうちに、次も攻め込むつもりだった。
「せっかくのスパーリングなのに逃げ回ってたら練習になんないだろ」ウメコがイヤミを言った。
「は?こっちは付き合ってやってるだけだけど。練習には付き合ってもいいけどね、あんたのタコ戦法にはつきあってられん。こっちの調整の方が優先だからな!」
「そのケツ、タコでボコボコにしてやんよ!」
トラビの仮想リング上では、ラウンドマスコットのウサギが、ネクストラウンドを告げる旗をあげて回った。補給のためのインターバルが終わり、次のラウンド開始のゴングが鳴った。
続く2Rも、ウメコは<小梅>のクラック値の優位を利用したフットワークの速さで<トミー>に迫っていった。
トミコはテイルヘッドで応戦せず、<小梅>の動きに合わせ、立ち位置をほとんど変えず、片足を軸にした旋回運動をクリーパーホイールを使って、左右交互に小刻みに動き、またも防御に徹している。
狙いを定めているのだ。相手の尻尾が伸びた瞬間に、ガツンと腰殻をぶつけ、横から尻尾を撃ち込んで相手のテイルヘッドにぶつける、これはテイルボクシング、必勝パターンの一つだった。もしこれがスパーリングでなければ、飛び尻尾のシャフトに直接当てて、へし折ることもできた。
ウメコは当然それを警戒している。そうして自分も狙っていた。ただ闇雲にバコバコと打ち続けても、高得点の有効打とは見なされないし、一発で逆転されたら終わりだから。ただ闇雲にみえて、そこは5位入賞経験の実力者ウメコも、会心の一撃を打ちこむチャンスを、ひそかにうかがっていた。
しかしトミコは隙をみせない。ウメコの打撃を寸前にかわし、しかも攻めに転じるためのフットワークを、つねに用意しているような余裕があった。
とはいえトミコも一方的に打ち込まれるのは嫌なはずだ。このままいけば、シミュレーターの判定ポイントは少しづつでも取られていくのは確かだから、いまに焦って威嚇のパンチのひとつでも繰り出すはずと、ウメコは虎視バンバンとやり続けた。「これじゃ、こっちの練習にならねえんだけど!」
ウメコのしつこい挑発にも乗らず、<トミー>の尻尾は頑なに沈黙のままである。
――ならいいさ――こっちは会心の一撃なんて狙わずともいい。トミコに一発を狙う隙など与えないで、ただひたすら猛然と尻尾を打ち続け、ポイントで逃げ切る、当初の目論見に徹するだけだ、とウメコは割り切る。
お互いの腰殻が、ガチガチとぶつかった。これはスパーリングならではだ。むしろ公式試合では、ここまでぶつかり合わない。そんなのは尻相撲になってしまうからだ。それがあまりひどいと、レフリーのブレイクが入る。ここではシミュレーターが軽い注意マークを表示した。
相手がトミコでなければ、いまごろ大量にポイントを加算しているところだろうが、たくみな操縦で尻尾をかわし続けるトミコの<トミー>の前に、ウメコはたいした手応えをまだ得られない。
一方的にやりこめ翻弄するつもりが、ウメコはさすがに疲れてきた。しかしここで動きを止めるわけにはいかない。ウメコが尻尾を繰り出し続けるあいだ、依然<トミー>の尻尾は沈黙し、力を温存し、虎視眈々と標的を狙っているのだ。下手な動きからの、間の悪い尻尾でも打とうものなら、トミコは確実に仕留めにくる。
ハンパな攻撃をするくらいなら動かない方がいい。そのためには少なくとも、このラウンドの半分以上は手数で圧倒しておく必要がある。でないと、トミコにならってダンマリ作戦するにも、今度は向こうが連打してくるはずだから、そしたらクラック値ハンデの調整で、結果、判定で負けるだろう。
「ギッコン!ギッコン!打つべし、打つべし、打つべし!」ウメコは腕が痺れるほど、飛び尻尾のレバーを引き続け、足はアクセルを踏み踏み、2Rの2分を過ぎたところで、なんとかダンマリ作戦に入った。判定頼みの勝利も、これではギリギリだとわかりつつ、もう腕に限界がきてダメだった。
小梅の失速に、なんの策もない、ただのスタミナ切れだと判断したトミコは、早速動きを加速させ、尻尾パンチの攻勢に入った。
「ほらほら、さっきの減らず口はどうしたと!?」さんざん耐えて鬱憤を一気に吐き出すトミコに思わず訛りがでた。
捕虫労バグモタ女子相撲チャンプのトミコの繰る<トミー>の攻撃は、搭乗者が後ろ向きで操縦してるとは思えない、狂いのない正確なものだった。飛び尻尾の繰り出しも、的確に相手の動きの芯をついて叩き込んでいた。ケラコはトラビのシミュレーターゲームにめずらしく集中して見入っていた。
ウメコはこのラウンドを凌ぎ、あとは体力の回復を待って3Rで勝負を決するつもりでいたが、経験から、このままこのトミコのこんな適格なパンチが続けば、前半のポイントはすぐに追いつかれ逆転される怖れを抱きはじめた。
――やべえ――焦ったウメコの、防御態勢にある<小梅>のフットワークが乱れた。
そこでトミコは巧みなフェイントを使って、<小梅>の正面に回り込むことに成功した。
テイルボクシングでクラックウォーカーが相手の正面に回り込んだときに、そこはちょうど屈んだバグモタの頭部にあたるが、そこを打つのは反則である。しかし相手の正面をつけば、それだけでポイントは加算されるのだ。
テイルボクシングにおいて、頭部に相手の腰殻の尻を向けられる。これはポイント的には少ないが、屈辱的な失点だった。
「小梅旋回!」しまった!と面食らって、焦ったウメコは思わず声にした。
『うめこサン、ずるハ、イケマセン!』小梅が反応した。
バグモタ競技では、脳トロンマスコットにいっさい操作をまかせず全て手動でする。それがバグモタ士道というものだった。
<小梅>が旋回し続けても、<トミー>は先回りして、<小梅>の頭に尻を向け続けた。トミコは操縦しながら笑いが止まらない。あたふたするウメコをからかうような動きで翻弄してやるのも愉快だったが、ただそこに留まらず今度は側面をついて、尻尾を打ち続けた。
ウメコが、やっと<トミー>の尻尾に向き合ったときには、すでにだいぶ側面をくらったあとだった。それから幾秒もたたぬうちに、2ラウンド終了のゴングが鳴った。
捕虫喇叭を持ったケラコの<ケロロク>が両機に補給をし、そのあと3Rを戦ったが、勝敗はけっしていた。体力の回復したウメコも、2Rの失点を取り返す、勢いのある善戦をみせたが、2Rのトミコの優勢を覆すことはできなかった。
3R終了のゴングが鳴ると、<テイルBOXカウンター>のジャッジによる判定結果がリング上のレフリーにもたらされた。
『ジャッジ、グスケン、112対118、青<トミー>。ジャッジ、マッツ、114対117、青<トミー>。ジャッジ、ワジム、110対117、青<トミー>!勝者、エクスクラム!!!ベアベリー、青<トミー号>!!!』
3人は、セグ8区捕虫労組合付近にある、自由労経営の捕虫労向けダイナー<グーズベリー>に行くことにした。
結果、ウメコのおごりになった。トミコには「切れ間」の件の口止め分もあって、計5食、トミコに賭けたケラコにも、2食分おごらなくてはならなかった。
帰りの支度をしながら、気分がよくなったトミコが言った。「お腹空いたし、先に食べてから稽古にしようよ」
「そうですね」ケラコが能天気に応えた。
ケラコはシード級だから、班ガレージに戻ってから、8班所有のシード級クラックウォーカー<バニー>に乗り換え、トミコは相手してやるつもりだった。
「食後のバグモタの激しい操縦はダメって教わったろ!」ウメコが忌々しく言った。「美味しいもん食っても、吐くよ!」
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
果てしなき宇宙の片隅で 序章 サラマンダー
緋熊熊五郎
SF
果てしなき宇宙の片隅で、未知の生物などが紡ぐ物語
遂に火星に到達した人類は、2035年、入植地東キャナル市北東35キロの地点で、古代宇宙文明の残滓といえる宇宙船の残骸を発見した。その宇宙船の中から古代の神話、歴史、物語とも判断がつかない断簡を発掘し、それを平易に翻訳したのが本物語の序章、サラマンダーである。サラマンダーと名付けられた由縁は、断簡を納めていた金属ケースに、羽根を持ち、火を吐く赤い竜が描かれていたことによる。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
IZA-イザ-
高山 祥
SF
私は時折り考える。
箱を手に取り選んだのは、
果たして「私」、なのだろうか。
その箱を選んだ「私」は何者であるのだろうか。
ーー令和という激動の時代も後半に差し掛かった頃。
日本は流行病と大震災を乗り越えて
「人工知能」を生活の基盤に置くようになっていた。
大手医療機器メーカに務める霧島瑞稀(きりしま みずき)は
この世界の仕組みに違和感を感じていながらも、
日々を淡々と過ごしていた。
--今日の晩御飯も、明日着る服も、進学先も、仕事も、推奨される趣味嗜好においても、全てを「人工知能」が決めるこの世界を。
疑心をおくびにも出さず過ごすある日、瑞稀は友人に
謎のSNS投稿アカウント「Mirzam(ミルザム)」を紹介される。
一見ただの娯楽目的のアカウントに思えたが
このMirzamの思いもよらない行動が切っ掛けとなり
--瑞稀の人生の歯車が大きく動かされてしまう。
ここは「人工知能」に全てを委ねる世界。
そこに、貴方の意志はありますか?
貴方は、これから訪れる未来を
--愛することができますか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる