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第二部 最大級の使い捨てパンチ
「うちはコルミやで」
しおりを挟むロットは同じ人間であるはずなのに魔王種と対峙した時のような悪寒が全身を駆け巡るのがわかり、剣を持つ手に力を込めた。
「仲間じゃないのか!」
奴隷商人を指して言った。悪人であることには違いないが、それでも死んで当然とは思わなかった。簡単に命を奪った目の前の男を睨みつける。
「仲間?人間ごときが吾輩の仲間なわけがなかろう」
低くよく通る声でそう言った。抑揚の少ない話し方で、どこか悪寒を感じさせる。
「何言ってんだ貴族野郎!それにどうしてわざわざうちのお嬢をさらったのはどうしてだ」
宿敵を前に怒りをむき出しにするパンチだったが、そこに割って入るようにケイトが話し出す。
「そ、それは、あなたが魔族で、魔力種を欲しているからかしら?」
「ケイト、動いて大丈夫なの?」
ケイトは朦朧とした様子だったが、レナに支えられて立っている。その表情は苦しそうに歪めていた。
「伊達に魔力コントロールを学んできてないわよ。足手まといにならないよう、自分で歩ける程度は魔力を残したわ」
つまり満身創痍には変わらない。男は突然高笑いをし始めて身体が変容していく。その異様な光景をロットたちは黙ってみるしかなかった。角が生え、肌の色も青黒い魔族特有のものに変わった。その瞳の色は紅くみるものを怯えさせるだろう。
「ほぉ、我輩を魔族と見抜くか。どこでわかった」
声はさらに唸るような音になった。警戒するロットたちをよそに、魔族の興味はケイトに注がれている。ケイトも怯む様子なく、息は絶え絶えになりつつもしっかり答えた。
「い、以前同じように魔力種を狙った馬鹿な魔族にあったことがあるのよ。あんたも魔力種に仕えて世界征服でも企んでるのかしら?」
魔王種を狙い勇者に化けていた魔族を思い出していた。そしてその魔族の男よりも格段に目の前の魔族が力を持つことを理解していた。
焦りを見せまいとケイトは支えられながらもできるだけ言葉に力を込める。しかし魔族の男は気にもせず優雅に答えた。
「我輩が仕えるだと、馬鹿馬鹿しい。魔力種は発芽をさせれば魔族と成り果てる。我輩はそれを育て上げて我輩のコマとするのだ。それも一つや二つではない軍隊をな」
大げさな身振りで宣言する。魔力種は発芽をしたばかりだとあまり力はない状態だが、一度安定すると恐ろしい強さに発展する。ロット達がソイルの魔王種と戦いを繰り広げられたのは種が発芽したばかりで本来の実力の十分の一も出せていなかったからだった。
もし万全の状態であればあのとき勇者が駆けつける前に全滅は免れなかった。内容の恐ろしさに気がついたロットが驚く。
「戦争でも始める気か!」
「そのとおりだ。我輩は魔王様がいつまでたってもやらぬ世界征服を推し進める。そして魔王様すらも打倒し世界の王となるのだ」
魔王にさえ反旗を翻すという目の前の男。実際魔族や魔物の被害はなくならないものの軍同士の衝突はほとんどなくなっており、それは今の魔王が人間たちの世界に興味を持たなくなったからだと言われていた。
逆を返すと興味がでたり、そもそも魔王が新しくなれば方針はガラリと変わる可能性があるのだった。
「そ、そんなことさせない!」
魔族との戦争はすなわち世界の滅びにつながる可能性がある。それだけは避けなくてはならない。目の前の野望はなんとしても潰さないといけない。ケイトは決意を目に宿して対峙する。
冷めた目つきで魔族の男はケイトに向けて手を振る。そこから斬撃のようなものが出てケイトに向かった。
「虫けらごときに何ができる」
「一閃」
動けないケイトに直撃し、その胴体を2つに分けたかに思えたが直前でレナが槍の衝撃波で相殺することに成功した。いや、消しきれなかった一部はレナの皮膚を切り裂き、わずかにダメージは負っている。
ケイトもレナが離れたため膝をつく。ロットが駆けつけたが何かを伝えながらロットを押し返した。魔族の男からみればケイトが独りよがりに立ち上がろうとしているように見えただろう。
レナはダメージを負ったものの浅く、すぐに立ち上がり挑発を開始する。
「……虫けら相手でも一撃で仕留めることはできないようだね」
適当に放った一撃とはいえ魔族の男はそれを止められて少し不服そうにする。しかし勇者でもない人間が魔族に立ち向かってくるその姿に遊んでやろうという気持ちが笑みとなって現れた。
「言っとくけど俺たちもあんたなんかにやられる気ないからね」
ロットもレナの横に並び魔族の男と対決する意志を見せる。
魔族の男は自身との実力差を理解していないどころか勝てるとさえ思っている人間の姿に試すように魔力を練り上げていく。
「よかろう。地獄の蛇」
「突獅!」
男の魔法は暗黒の炎となりうねる蛇のように襲いかかったが、ロットは剣撃で獅子の衝撃波を放ち、地面を削り飛ばしてそれをぶつけることによって強引に消し止めた。
「ほぉ、地面を削って我が炎を消し止めたか。ならば貫く影」
感心した魔族の男は、次の攻撃に移る。魔法は地面を2つに分けるように炎がレーザーのようにロットとレナの間に通る。
ロットとパンチは右に、レナはケイトを引っ張って左に飛び退いた。
直撃は避けられたが魔法の通った後は黒くえぐれ、当たっていれば人間の体は、いとも簡単に切断されていただろうことがわかる。さらにはそこから黒炎があがり分断されてしまう。
「ケイト、レナさん大丈夫!?」
「こっちは大丈夫だよ!あんたたちは?」
ロットが声を掛けるとかろうじて声は通じた。しかし戦力が別れ、仲間の様子が見れない状況は絶望的だった。
「俺たちも平気。でもこのままじゃジリ貧だよ」
「とりあえず考えながら逃げるよ!」
魔族の男は器用にロットの側もレナの側も魔法で狙い続ける。突破口が開けない中、避け続ける形になり大怪我を負っているパンチと、魔力切れ寸前のケイトはいつ避けきれずにやられてしまうかは時間の問題に見えた。
それをどうにかロットとレナが自分たちの攻撃をぶつけることによって乗り越えている。それでも最初に打ち消しきれずダメージを負ったように、少しずつだが着実に疲弊されていく。
「いや~大変やねー」
「でも、避けられない訳じゃない!」
また飛んできた魔法を相殺しながらロットは答える。その声は聞き覚えがなく、やけに子どものような声。しかし集中しているため気の所為と思い込む。
「せやけどこんなん一撃でも食らったらアウトやで?」
しかし明らかに誰にも当てはまらない話し方で、おまけにこの場にはそぐわない気の抜けた知らぬ声ということに気がついて足元を見ると小さな女の子の人形がひとりでに立っていた。
「言われなくてもわかって……誰?」
「ほら、誰やって聞かれとるで」
人形は先程から静かだったパンチのふくらはぎをトントンと叩いて促す。
「俺はパンチ、ってちげーよ、お前だコルミ」
思わず答えたパンチはノッて突っ込む。目の前の人形は大げさに驚いて見せながら自己紹介を始める。
「あぁうちか。うちはコルミ言います。あっこで捕まっとるルミたんの魔法で動いとる人形の妖精やで」
胸をぽんと叩きながらそう言った。ロットは突如現れた妖精を名乗る人形に驚きから目が点になった。
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