上 下
42 / 106
第一部 無駄な魔力と使い捨て魔法使い

「わし怒ると怖いんよ?」

しおりを挟む
その日から、里長に用意してもらった家での生活が始まった。最初のうちは里のエルフたちによる嫌がらせも続いていたが、無視し続けていた。

ロットとナルルの献身的な力仕事。ケイトの魔法の才能とその分け隔てなさ。そして魔王種でありつつもおとなしいソイルの様子から次第に周りの視線はその意味を変えていった。

そしてしばらく経つと嫌がらせも落ち着き、エレナをあざ笑い、ケイトに追い返されたエルフとその取り巻き数名のみとなった。

そんなある日、ケイト達は日課となった魔法の鍛錬に出かけるために家を出る。ロットとナルルも送り出すためついてきた。

「ったく、またしょうもない落書きね」

自分たちが寝泊まりしている家の壁を眺めて言った。

「まーいいじゃねーか。怪我とかはねーんだし」

「もー無視無視。私、魔法の修練してくるわ」

幸い、誰かがけがをするような嫌がらせは初日のエレナ以降なかったので、ロットたちもあえて気にしないことにしていた。むしろ慣れつつあった状況に気も緩みつつあった。

「行ってらっしゃい」

いつものようにケイトが修練場に向かい、ロットたちは見送った。ロットとナルルは二人で剣の訓練をするのが日課だ。

二人ともトワには才能がないといわれていたが、それは勇者や英雄と呼ばれるような人たちが基準であったので、一般的な冒険者と比べると十分な実力を身に着けていた。

特にロットは成長著しく、ナルルの二刀流にもついていけるようになってきていた。

二つの剣がロットを前後左右襲いかかるが、どれも素早く剣で対応される。それどころか最近つけ出した左手の手甲を巧みに使い攻撃のスキさえ伺っていた。

「ナルルさん!手加減せずもっと本気で来てもらって大丈夫です!」

「馬鹿言うな、これでも結構本気だぞ。お前さんが強くなってるんだ」

二人は剣を交えながら言う。事実ナルルは額に汗をにじませ、その巨体を忙しなく動かしていた。その事実にナルルは焦りも感じるが弟子の成長を喜ぶような感覚にもなっていた。

「今ならあの日の決闘勝てますかね?」

「はっ、それはまだまだだな。ワシに勝ちたきゃもう少しスピードをつけんといかん」

とはいえ冗長してしまってはせっかくの成長が止まるのでそう言った。そして喜ぶ隙をついてロットの足を払い転倒させる。

ロットはそれでやはりナルルに追いつくには足りないと思い知るのだが、実際十回やれば一度はロットが勝つほど実力が上がってきている。

そんな彼らが汗を流すのは家の前であり、ケイトの通う修練場は魔法と弓専用である。ただでさえ人通りが少ないエルフの里で、さらに端の方に位置する家を貸してもらっているので人はほとんど通らなかった。

それこそエレナがソイルの話し相手になりに遊びに来る程度だった。

ソイルは相変わらず元気にはしていたが、病弱な日々を送っていたのとその引っ込み思案な性格から人になつくまで非常に時間がかかる。

しかしエレナに関してはケイトとはまた違った話しやすさというものがあるらしく、今では数少ない話し相手になっている。

今日はまだエレナが来ていないのでソイルは地べたに三角座りでナルルとロットを眺めていた。ロットがナルルに手を貸してもらい立ち上がって二度目の実技稽古を始めようとしたとき、慌ただしい声が響いた。

「大変です!ケイトさんが修練場で怪我しました!」

「え?」

勢いよくそう伝えてきたのはエルフで、ケイトが修練場で一緒に魔法の練習を行うようになった仲間のうちの一人である。

その血相を変えた様子に、ケイトが魔法の暴発で大怪我など最悪な想像がよぎるロットとナルル、ソイルもただ事ではないと感じて急いで修練場に向かった。

修練場に到着すると、ケイトが寝かされている姿が目に入る。周囲には小さな瓦礫や壊れた魔法具が散らばっており、エルフたちが心配そうに取り囲んでいた。

「ケイト、大丈夫?」

ロットが駆け寄りながら問いかける。ナルルとソイルも囲む輪に入り、代わりに数人のエルフが少し後ろで見守る。ケイトは意識があるようで話し出した。

「え、ええ。ちょっと突然強風が吹いて、たまたまツボが弧を描いて飛んできて、たまたま逃げる私の頭にぶつかっただけよ。少し血が出ているけど平気よ」

それは驚いたようなものではなく呆れたような口調だ。その言葉から強風という事故ではなく誰かの故意的なものであることが分かる。

「お前たちがやったんだな!」 

ロットがエルフたちに向かって怒鳴る。遠くで苦々しそうに見ていた三人のエルフが肩を震わせていた。その姿にロットは犯人の目星がつき、精一杯にらみつける。

するとその視線に耐えられなくなったのか一人が言った。

「ち、ちがうわよ!ちょっといたずらしようとしたら、この人間が妨害魔法なんてしてくるから手元が狂ったのよ! 悪いのはこの人間、自業自得よ!」 

明らかな開き直りである。両脇の取り巻きも「そうだそうだ」と加勢する。

「てめっ」

その様子にロットの怒りはさらに高まりとびかかろうとした。咄嗟にナルルがロットを抑える。ここで手を出してしまうとさらに自分たちの立場が悪くなるのはわかっていたからだ。

しかしありがたいことに、いつもは見て見ぬふりの他のエルフさえも三人のエルフには批判的な目を向けていた。

「ロット、やめときなさい。こんなことであなたが怒る必要ないわ。私の妨害魔法が中途半端だったのも事実だし」

興奮冷めやらぬロットにそう言った。頭が痛むのか体を起こした時に一度傷口に手をやる。

「で、でも!」

ロットそれを怒りと心配を入り混ぜて情けない顔で右往左往する。

「ケイトがいいって言ってんだ。ロットも落ち着け」

仲間二人にそう言われ、最終的にはソイルが心配そうに服の端を掴む形でロットは引き留められた。その騒ぎを聞きつけた里長とたまたまいたエレナがちょうど到着した。

「ホッホッホ、ケイトさんや、大丈夫かね?」

「な、なんでここに!」

里長の登場に三人のエルフたちが慌てる。

「ワシがいてはいけないのかの?」

そう答える里長の目は珍しく笑っていない。その恐ろしさから自然と三人は姿勢が正しくなる。

「それよりも、ライル、リイル、ルイル。お主たちはあれほど忠告したのにケイトさんを傷つけおって。里の外で見張りをして頭を冷やしてなさい」

普段の里長と違い毅然とした態度である。周りのエルフもいつの間にか背筋を伸ばして直立していた。普段怒らない人を怒らせないほうがいいという典型らしい。

「なっ、里長。あんな仕事エレナに任せておけばいいじゃないですか!」

この期に及んでライルと呼ばれたエルフが反論する。

「あんな仕事とな?エレナの仕事は里にとって大事な役割じゃよ。しかしお主たちはなぜか嫌っておるからの。罰としてはぴったりじゃ。

そしてその認識も改めることも含めて見張りをして考えてきなさい。ということでエレナは休みを言い渡すのでケイトさんを看病なさい」

下された決定にライル達三人はひどく落ち込んだ。そして自分の仕事をあんな仕事と言われた本人はむしろ急に休みが出来て、ケイトと過ごせることを喜んでいた。
「りょうかいっす!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

女神に同情されて異世界へと飛ばされたアラフォーおっさん、特S級モンスター相手に無双した結果、実力がバレて世界に見つかってしまう

サイダーボウイ
ファンタジー
「ちょっと冬馬君。このプレゼン資料ぜんぜんダメ。一から作り直してくれない?」 万年ヒラ社員の冬馬弦人(39歳)は、今日も上司にこき使われていた。 地方の中堅大学を卒業後、都内の中小家電メーカーに就職。 これまで文句も言わず、コツコツと地道に勤め上げてきた。 彼女なしの独身に平凡な年収。 これといって自慢できるものはなにひとつないが、当の本人はあまり気にしていない。 2匹の猫と穏やかに暮らし、仕事終わりに缶ビールが1本飲めれば、それだけで幸せだったのだが・・・。 「おめでとう♪ たった今、あなたには異世界へ旅立つ権利が生まれたわ」 誕生日を迎えた夜。 突如、目の前に現れた女神によって、弦人の人生は大きく変わることになる。 「40歳まで童貞だったなんて・・・これまで惨めで辛かったでしょ? でももう大丈夫! これからは異世界で楽しく遊んで暮らせるんだから♪」 女神に同情される形で異世界へと旅立つことになった弦人。 しかし、降り立って彼はすぐに気づく。 女神のとんでもないしくじりによって、ハードモードから異世界生活をスタートさせなければならないという現実に。 これは、これまで日の目を見なかったアラフォーおっさんが、異世界で無双しながら成り上がり、その実力がバレて世界に見つかってしまうという人生逆転の物語である。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

処理中です...