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≪本編≫

【本編39】

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今日は十夜さんが退院する。

結局、あのまま十夜さんに会わせる顔がなくて1ヶ月近く経ってしまった。

久し振りの十夜さんにどんな顔をしたら良いのか解らずに、いつ帰ってくるのかとドキドキしていたら電話が鳴った。

「もしもし?」

『今、十夜が向かった。話を聞くのも聞かないのもお前の自由だ。ただ、俺達は十夜を優先するが、今回だけはお前の好きなようにしろ…あいつを頼む』

『僕も同じ意見。秀臣くんの好きなようにしてね…ホントは泣き虫なんだよ。よろしくね』

竜也さんと高千穂さんだった。

2人から「好きなようにしろ」と言われて考える。

そして、一つだけお願いをした。

俺は短い時間の中で選択を迫られる。

ガチャンという鍵の音と玄関のドアが開く音で、すぐに答えを出さなければならない事を知らされた。

「…お邪魔します」

1ヶ月振りに聞く十夜さんの声。

ただいまじゃないの?

あちこちで動いてる物音が聞こえていたが、風呂場ではシャワーの音がしてから、風呂張りのスイッチを入れた音が響いた。

お風呂沸かしたんですね?

病院じゃお湯に浸かれませんもんね。

ちょこまか動いてる姿がすぐに想像出来る。

俺の部屋の前の廊下を歩く音がして、奥の部屋に向かったのが解った。

俺は答えが出せないままだったけど、会いたい気持ちだけで部屋から出てしまった。

十夜さんが奥の部屋から出てきて驚いていた。

部屋の光で十夜さんの姿が確認出来る。

久し振りに会えた十夜さんは痩せていた。

「…その、巻き込んで「退院したんですね」…あ、うん」

気まずそうに謝ろうとした十夜さんの言葉を遮る。

前にもこんな風に謝罪を遮った事があったな。

「謝らなくていいですよ。最初から巻き込まれるのを了承してたんですから」

そう。

ただ、俺の覚悟が甘かっただけ。

「…でも‥」

「怪我はもう、いいんですか?」

こくんと頷くのが見えた。

「お前は大丈夫なのか?」

「…はい」

俺の怪我は思ったより軽かった。

貴方が守ってくれたから…。

近付いてきた十夜さんは見た感じ大丈夫そうだったけど、少し顔色が悪いように見えた。

1ヶ月振りにちゃんと顔を見た。

思わず抱き締めそうになるのを何とか押さえる。

「…あんなもん見せられるわ、殺されかけるわだもんな。ホントに悪かったな巻き込んで」

何を思ったのか早口で捲し立て始め、結局謝られてしまった。

そして思い出した。

あの男にもたらされる行為に、ただ耐えていた十夜さん。

俺という人質がいたせいで、抵抗も出来ずに…。

それを見ているしか出来なかった俺。

結局はただの足手まといだった。

「近いうちに出ていくから荷物が纏まるまでは我慢してくれ。今日もすぐ出て行く‥から」

十夜さんの声が震えてるように聞こえるのは自分の願望もしれない。

今、出ていくって言った?

ここを?

十夜さんは携帯を取り出してどこかに…竜也さんと高千穂さんにかけてるのかな。

2人には協力してもらったから電話は繋がらないよ?

「繋がらないんですか?」

解りきった事を聞きながら俺は廊下の電気を点けた。

「ああ、だけどいい。お前の無事が解ったしな。誰も居ないと思って勝手に風呂沸かしたけど、もう行くよ」

ちょっとだけ心が痛い。

「まだ、事情聴取とかで会うかもしれないけど、なるべく顔は見せないから」

淡々と言いながら十夜さんは廊下を進む。

「…十夜さん、どういう事?」

それは、俺に会いたくないって事?

「退職願いは事務所に直接送るから安心して」

「な‥に…言ってるんです?」

「何言ってるも何も元々この件が片付くまでの契約だからな。短い間だったけど楽しかった」

ああ、確かにそんな契約してたな。

それで、さっきの荷物纏めて出ていく発言か。

でも、気付いてないんですか?

そんな泣きそうな顔で言わないで下さい。

「だって、気持ち悪いだろ?」

体を強ばらせて、抱き締めそうになるのを必死で堪える。

「触りたく無いだろ?」

そんな事無いのに、触ったら歯止めが聞かなくなるだけだ。

自分が何をするか解らないのに、迂闊に触れない…。

「二度と会わないとは言えないけど、もう近づかないから、話しかけないから安心しろ」

自分が今どんな顔をして喋っているのか教えてあげたい。

ねぇ、自惚れてもいいですか?

「今まで色々ありがとな。んじゃ、元気で」

そんな泣きそうな顔でにっこり笑わないで?

俺の勘違いなら恥ずかしいけど、十夜さん、もしかして…。

そんな願望混じりな事を考えていたら、十夜さんはそのまま俺の脇を抜けて玄関に向かって走り出してしまった。
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