暁のホザンナ

青柳ジュウゴ

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我が上の星は見えぬ - 1 -

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 観念したかのようなルアードに連れられて行った闘技場とやらは、街の出入り口である関所からまっすぐ進んだ先にあった。宿から夜でも賑やかな露店の道を通り、右手に曲がればさほど大きくはない建物。周囲には酒場と思しき店が連なっている。門等で区切られているわけではなかったが、生活圏とは区別されているらしかった。
 四角い造りの建物は二階建てだ、一階で受付をして二階が観客席なのだと言いう。カジノとやらも併設されている騒々しい室内、怒声、熱気と邪念に満ち満ちる空間。相変わらず街灯も室内も闇夜を照らすのは炎ではなく光る石である。聞けば、魔石を加工して作った物なのだという。

「本当にヨシュアさん出るのぉ……?」

 最後まで反対していたのはルアードだった、二階の観客席へと向かいながらしょぼくれた表情をしている。
 最後まで乗り気ではなかったのは天使もである、受付だけルアードが担当して別れた。かんかんかん、と上る階段は乾いた音がする。細く狭いそこは明かりはあるものの影が濃くやや薄暗い。ちらと上の方を見ればぶら下がるランプの中の魔石が一つ二つなくなっている。

「何でもすると言ったのはあの男だぞ、何をそんなに嫌がる」
「だって怪我するかもしれないじゃん!?」

 くわっと目を見開いて、美人さんの怪我するところなんて見たくないよ! と。何やら力説しているが天使は男だと何度言えば解るのか。言ったところで納得などしないだろうことは容易く想像がつくので口を噤むが。
 黙って階段を登り切る、さほど広くないと思った建物だったが二階はそれなりに広々としていた。観客席だと言うだけの事はある造りをしている。試合が良く見えるようにだろう、中央の試合場の真上が吹き抜けになっておりその周囲を胸ほどの高さまである壁でぐるりと囲われていた。座席がいくらかと飲食店。酒をメインにつまみなども多く売られている。完全な娯楽施設。

「……怪我などするわけないだろう、人間ごときが太刀打ち出来るような奴じゃない」

 さっさと吹き抜けの方へと歩いていく。下を見やれば人間同士が試合をしているのが見えた。互いに木製の剣で打ち合いをしている。腕試しという割には程度は高くないな。

「敵だと言う割には認めているんだな」

 アーネストが何やら紙製のカップ片手に珍しく発言してくる。近くの売店で買ったのだろう、カップの中の細長い物をつまんで食べている。お前、まだ食べるのか。

「……戦天使は脳筋だからな」

 認めているとかいないとかじゃない。
 きっぱりと言い切って、頬杖をついて二階の観客席から見下ろしてやる。
 金の長い髪、体躯の細い優男、挙句に軽装と他の参加者たちとは異彩を放つ天使は大分浮いていた。それがもう面白い。にやにやと知らず笑みが浮かぶ。

「あいつらは己の生の大半を術の研鑽や剣の腕を磨く事に費やしている。まああいつは王としての仕事もあるようだが……」

 脳筋には変わらんよ。
 天使の基本的な考え方は殺すか殺されるかだ。悪魔を殺し人の為に戦い、技術を磨き、世界の維持に携わる。食事も必要なく、……あいつに娯楽というものは理解できるのだろうかと、ふと思う。

「ふうん……ちなみに、お二人さんっていくつとか聞いてもいい?」

 人と同じくらい?

 同じように闘技場の下を覗きながらルアードが問う。アーネストが食べていた細長いものをつまみながら、何か食べるかとも聞かれたがそんな気分ではないのでいらんとつっぱねた。
 年齢、か。目の前にいる男二人は見た目は二十かそこらに見える。人の寿命は短いものだが、この世界の人間もだろうか。意外と長いかもしれんな。

「天使のことなぞ知らんが……千の年を数えてやめたとでも言っておく」

 どう返すべきだろうかと少し考えてから答えてやると、せん、とルアードが頬を引きつらせていた。……やはりこちらの人間もさほど長寿というわけではなさそうである。瞬きのような時間の中を生きる人間、対するこちらの生は幾星霜である。気の遠くなるような年月の中、あの男は生真面目に修練を積んだのだろうな。

 闘技場へ来た時にここのシステムはざっとではあるが聞いていた。
 出場者は幾ばくかの参加費を払い、観客はどちらが勝つかを紙切れを購入して賭ける。敗者側は何も手に入れられないが、出場者が勝利すると観客が賭けた総金額から一割ほどのリターンがあるのだという。もう一割は胴元、残り八割は賭けに勝った観客へ配当される。
 単純だ。勝てばいい。そうしてルアードが金を賭けておけばこちらは懐が痛むことはない。
 金を手に入れて、戦う術を手に入れたならあのいけ好かない天使と離れられるのだ。

「あの男は見た目こそあんなだがな、」

 順番が来たのだろう、闘技場用の木製の剣を受け取るさまを観客席から見ながら笑う。先程の試合の勝者が天使の初戦相手らしい、見るからに弱そうな天使を見て鼻で笑っているのが見て取れた。まあ、こういう所に参加するくらいなのだからそれなりに腕に自信があるのだろう。
 真剣ではないのは娯楽だから負傷を避けるのだろうな。だが、木製であろうとも当たればそれなりに痛むだろうに人間の考える事はよく解らん。賭博、賭け事、金を握る人間達の欲望の渦。唇が歪む。人間に負けたら負けたでそれは痛快だ。勝敗がどちらに転んだとしても私には愉快なことにしかならない。

 試合が行われるのは木張りの床の上、ロープなどで区切られていないが観客への配慮なのだろう壁にぐるりと覆われていた。その中心へと歩を進める天使、向けられる奇異の視線に動じる事もなく手渡された木刀をくるくるとしばらく弄んでいたようだったが、よし、と。何やら納得したかのように前を向く。対戦相手と対峙、天使は頭上にいるこちらになど見向きもしない。くっと喉の奥から笑みが漏れ出た。

「……天界最強の天使というのは伊達ではないぞ」
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