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蝕む罪悪感

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「あぁ、葵さん。どうやら、貴女のおかげで病院まで連絡が行ったらしいですね」

 桐原教論は、ベッドの頭側に半身を腰掛けていた。頭部を包むように包帯が巻かれているではないか。軽く頭を下げると、感謝を表した。側の小棚には、オレンジ色の薔薇が微笑み咲いている。

「急に倒れちゃって……心配しましたよッ」

「ご迷惑をお掛けしてしまいましたね。このような形でバレてしまうとは思いませんでした」

「持病ですか?」

 桐原教論は、頷きも首振りも応えない。

「数年前から、とある心臓病を患いましてね」
 
 深い溜め息が、桐原教論から漏れる。顔には笑みを浮かべているも、青白い頬に元気は感じ取れない。
 胸の前で両手を握った葵。返そうとした言葉も、乾いた口内から声が上擦ってしまう。
 
「そ、それって……完治の難しいご病気ですか?」

「ご察しの通り。しばらくは、ベッド生活です。といっても、クラス担任はしていないため、授業と部活動にだけの支障ですが」

「担任も持病の影響で持っていないんですか……というより、ご自身の体調を気にして下さい!」

「ふふっ、葵さんは優しい生徒ですね」
 
 桐原教論は、小さく笑う。すると、どこか遠くを見つめるように、窓から覗く太陽へ視線を向けた。純粋で儚げな瞳。
 葵は、なにも口にしない。ただ、その様子を視界に捉える。
 知性的に映りながらも、冷静さは失わない。桐原教論のどんな所に惹かれたのかと問われれば、そんな側面が不思議に感じたからなのかも知れない。 
 葵が、脳内で思考を巡らせていると、ベッドから漏れた僅かな呟き声を拾う。

「……きっと、これも罪なのでしょうね」

 えっ、と葵が疑問の声色を出してしまう。

「それって、どういう意味ですか?」

「私は……過去に担当していた生徒から告白されたことがあります。無論、その場では断りました。次の日には消失していましたが」

 葵は、言葉を挟まない。咳を二度ベッドのシーツにこぼすと、桐原教論は続けた。

「今振り返れば、好きだったのかも知れません。生徒だった女性に対してです」

 葵の眉毛が上下に動く。心臓の荒い鼓動。握りしめた手先に、自然と力が籠る。

「で、でも! 桐原先生は断りましたし、悪いことじゃないと思いますッ」

「ありがとうございます。それでも、同時に思うんですよ。私のことを好きになんてならなければ、させなければ。彼女が消失することもなかったのだと」

 桐原教論の声が、端になると小さくかき消える。息を吐く。布団の上に握り拳を軽く打ち付けた。ぽぶ、と溝が広がる。
 葵は、否定の言葉を上げようと口を開く。だが、自身が言える立場なのだろうか、と問う。桐原教論と葵は、教師と生徒。それも、倫理を越した感情を一方的に抱いて。
 上唇を噛むと、眉根の端を落とし、口を閉じた。窓際から伺える空模様は、灰色に埋め尽くされた雲が、一直線上に広がっていた。
 軽く雑談を交え終わると、病室に背中を向け去った。
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