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Case1 僕とくまのぬいぐるみ

修理完了!そして……

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 こうして、僕の依頼を完遂かんすいしたアーコード。
 、何も言うこともなかったんだけれど―



 僕はリュックからお金が入った巾着を取り出した。この日のために貯めたお小遣い。惜しいが、仕方がない。
 クーリエの修理依頼の相場が二万ゴールドらしいので、二万持ってきた。足りなければ、剣でも何でも質屋に出して工面するつもりだ。
「料金はいくらですか」
「百万ゴールドよ」
「……」
「聞こえなかった?百万ゴールドよ」
「……はい?」
 重い鉛で横腹を殴られたような衝撃の言葉が、入ってこない。
 彼女の言葉が、頭に入ってこない。
 ひゃくまんって言ったのか?にまんの、間違いじゃなくて?
「ま、待って、そんなにお金かかるの?!」
「修理代と宿泊代とご飯代、全部含めて百万。良心的でしょ」
「全ッ然良心のカケラもないお値段だよ!!」
 僕は思わず巾着をテーブルにたたきつけた。
 確かに、僕は修理だけじゃなくて、屋敷に泊まったし、ご飯も食べた。百歩譲って修理代はいいとしても、諸々全部含めてだなんて!
 しかも百万ゴールドは僕のお小遣いと家にあるへそくり、身につけている物を全部売っても、全然足りない額だ。
「そんな額払えないよ!ほら!」
「ひーふーみー……二万ゴールドかぁ。確かに足りないね」
「そうじゃなくて!相場と全然違うじゃないか!新品のぬいぐるみの何倍も高いし!」
「クーリエの修理に相場なんかない。あるのは需要と供給だけよ。料金を確認しなかった君の落ち度でもあるのよ」
「うっ」
 アーコードさんは僕がサインした誓約書をテーブルに置いて見せた。
「ここ、ちゃんと書いてあるでしょう」
 丸で囲われた箇所を少し下に視線をずらすと、料金のことが記されていた。
 僕は頭を抱えた。
 確かに、僕は言われるがまま誓約書にサインした。もっと誓約書全体を読んで、わからなかったところをサインする前に聞けば、少なくとも料金を下げる交渉が可能だったかもしれない。
「でもあの時は疲れてたし」
「言い訳にはならないよ」
「でも相場と値段が全然違うし」
「相場なんて、誰かが勝手に決めているだけで、それが常識とは思わないでね」
「……ぐぬぬ……」
 言い返せない。
 クーリエのことが無知故に、噂だけを信じすぎていたバチがあたったのかもしれない。
 どうしよう。
 このままお金を払わず逃げてしまえばドロボーになってしまう。かといって今の所持金では払えない。
 どうする、ペーター。
 どうする、僕。
「……」
 冷や汗が、額から滲む。
 絶望的な意味で逃げ場がない。
「君には悪いけど、料金は下げることは出来ない。これでもかなりぎりぎりなのよ。技術はお金に代えられないから」
 そうだろうな、と僕は思った。値下げ交渉できるなら、いまごろやっている。
 アーコードさんは小さくため息をついて、僕を見た。
「ひとつ聞いていいかしら」
「なんでしょう」
「君は私の修理に満足した?」
「ま、まあ」
 小刻みにうなずいた。それは事実。彼女の修理に文句はない。
「私が作ったご飯、まずかった?」
「いいえ。すごく美味しかったです」
「客室、嫌だった?」
「いいえ。快適でよく眠れました。部屋も綺麗で。お昼寝も気持ちよかった、です」
「君が文句を言ってるのは『お金が払えない』だけで『修理自体』に文句はないでしょう?」
「……へ?」
 言われてみれば。ぬいぐるみの修理の依頼は期待通り否それ以上だ。
 アーコードさんの言う通り、問題は『お金が払えない』ことだ。百万ゴールドは正直ぼったくり価格だとは思うけど、そこはこらえておく。
「お金を払う意思は、あるのね?」
 黄金色の瞳が、僕を捉えて離さない。
「は……はい。でも、手持ちはこれ以上なくて……」
「なら、払う意思があるなら、どうやってお金を工面するか……提案があるの。」
 アーコードさんはどかっと椅子に座って足を組み、右手の親指と人差し指を立てた。
「ひとつ、ここで身ぐるみ全部置いて帰ること」
 それは出来ない。
 剣がなければ魔物に対しての戦闘手段を失う。なまくらと化しても、気を引きつけるくらいには使えるが。魔法の指南書も、なければ遭難したときの信号を伝える魔法も使えない。いくら結界を修理したあとでも、丸腰のまま森の中を歩く勇気はない。
 でも身ぐるみ全部ということは、今身につけている全てを失うことだ。それにさっきも思ったことだが、全部売ったところで百万ゴールドには到底届かない。
 服も没収されてすっぽんぽんになってしまっては、いろんな意味で家には帰れない。
「それは、ぬいぐるみも」
「含まれるわ」
 やはり。ぬいぐるみが没収されれば、ここまで来た意味をなくしてしまう。
 ぬいぐるみを待っている妹たちのために、これだけは失ってはいけない。
「出来ません」
「そうね。君ならそう言うと思っていた」
「もうひとつは」
 アーコードさんは、ニタリと笑った気がした。
「ここで私の助手として働くことよ」
 助手として働く?
「百万ゴールドに到達するまで働くこと。それなら君にも出来るでしょう?」
「ええええ?!」
「毎月十万ゴールド分働いてくれれば、十か月後には完済。どう?わかりやすいでしょう?」
「ちょ、ちょっと待ってよ!働くって、具体的には」
「それは日によって違うけど……私には出来ないことをやってくれると嬉しいな。掃除とか」
「それは助手じゃなくて召使」
「言い訳は結構。さ、どうするペーター?」
 にまにまと笑うアーコードさん。彼女は多分、僕がどちらの選択肢を選ぼうか気にしないようだ。


 すっぽんぽんで家に帰るか、ここで働くか―
 名誉か、労働か……――


「……」


 僕にはこの二つの選択肢しか残されていない。
 心臓が、これまでにないくらい、ドクンドクン高鳴る。
 うつむいたまま額の汗が床に落ちた。僕は拳を強く握り、目をつむり、振り絞るような声で答えた。


「……ここで、はたらき、ます」


「声が小さい。もう一回」
 ああ、もうどうにでもなれ!!
「ここで!はたらき!ます!!」
「よし!言質取った!男に二言はないわね」
「はい!!」
 ばん!とアーコードさんは誓約書を閉じて立ち上がり、僕の前に手を差し出した。うつむいていた僕も顔を上げて慌てて立ち上がる。
「じゃ、改めまして。よろしくねペーター」
 アーコードさんの清々しくて嬉しそうな笑顔が、憎たらしく見えた。
「よろしくお願いします……アーコードさん……」
 震えた手で、僕とアーコードさんは握手を交わした。


 こうして。
 僕は不本意ながら、お金を返すことを理由に、アーコードの元で働くことになったのだった。


―Case1 完-
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