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Case1 僕とくまのぬいぐるみ

次の日の朝3

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 このような不毛な会話をしているうちに、結界がある地点まで到達した。
 さて、とアーコードさんは魔物が嫌う臭いを撒き終え、次の地点へ向かう。この作業を何度も何度も繰り返した。
 移動中は幸い、魔物に襲われなかった。薄暗い木々の隙間から鋭い眼光で睨みつけられることは何度もあったが、結界の効力が効いているためか、近づいては来なかった。

 が。
 その幸運も長くは続かなかった。
 次の地点へと歩いて移動中。
 結界を修復しようと、アーコードさんが臭いを撒こうとしたとき。
「……待って、ペーター」
 アーコードさんが後ろについている僕を止める。
「どうしたんですか」
 しっ、と
 目線の先には魔物がいた。僕を襲ってきた魔物とほぼ同じだ。
「グルルルル……」
 最初は鋭い眼光で睨みつけられるだけだったが、魔物はゆっくり、ゆっくりと近づいてくる。
「魔物がどうして近づいてこれるの」
「雨の影響で臭いが弱まってたのね。下がってて!」
 僕が反応する前に、アーコードさんは僕の前へ。
 魔物は近づいてはくるが、鼻をしきりに動かしながら前進している。そのせいか歩みが遅い。人間の歩みよりも遅い。
「剣があれば」
 僕にでも倒せるのに。
 アーコードさんが腰のベルトに携えたノミを指と指の間に持ち、風を切るように投げた。
 投げた場所は魔物ではなく……。
「地面?」
 とノミが地面に刺さったその瞬間、ばちばち!と小さないなずまが発生して、魔物はまる焦げになって倒れた。
 アーコードさんは倒れた魔物に近づいて様子をうかがうと、僕を手招きした。
「うん。気絶出来てるね。近づいても平気よ」
「あ、ありがとう」
「今のは魔法?」
「そうよ。このノミには私の魔力と接続していて、こういったこともできるのよ」
「へえ……」
 よくわからないが、今の気絶させる魔法はアーコードさんの魔力で行った、ということだろう。魔法については知らないことが多いので、わかったふりして頷くのがいいだろう。
 アーコードさんは魔物に手を合わせて、今度はぶつぶつと詠唱をはじめた。
 使った魔法は、魔物の毛皮を剥ぐ線を引く魔法。
 黒い毛皮に、太い線が浮かび上がる。血抜きをし、ナイフで線に沿って切り始めた。
「うーん、この魔物、お肉は臭いから、あんまり使えるところがないんだよねえ。毛皮と爪と牙だけもらいましょう」
「え……もしかしてお肉食べたの?」
「うん。焼いて食べたことあるけど、まずかった」
 と言ってる間に、アーコードさんは手袋のままナイフで線に沿って剥いでく。焼いてなくてもかなり臭いにおいが鼻に入り、思わず鼻をつまむ。
 毛皮がない魔物の肉をはじめてみた。骨格が丸見えで肉は赤黒い。あまり見ていて気分のいいものではない。
「毛皮は使うの?」
「今回は使わないけど、じゅうたんを修理してほしいときに使うかな。爪と牙は装飾品の修理に使えるし、売ればお金になる。ああ、はく製の依頼があったらすぐに対応できるかな」
「そ、そうなんだ……」
 ものすごい慣れた手つきでさくさくさばいていく。いるものと捨てるものを分け終えると、ふう、とわざとらしく汗を拭いた。いるもの……毛皮と爪と牙、少量の魔物の血を採取し終え、持参したバッグに入れた。
「全部採取するのは時間がかかるから、ここまでにしておきましょう。足りない牙や毛皮は調達できたし、よし!」
 とバッグを持って立ち上がってすぐ、片目をつむってしゃがんだ。
「いたた……」
「アーコードさん?」
 その場でしゃがんだアーコードさんの元へ行き、様子をみた。右足首を抑えていて、真新しい傷があった。
 えいりなもので切られた傷があり、真新しい。知らないうちに草に切られていたか、魔物に引っかかれたのか。
「いつ怪我したんだろう。まあいいや、行きましょ」
「だめですよ。治しとかないと菌が入ります。僕が治しますので見せて」
「え、いいよこれくらい」
「だめです。すぐに終わります」
 僕は魔法の指南書を取り出し、ぶつぶつと呪文を唱えた。
 僕が唱える魔法は、傷を治す初級魔法。
 アーコードさんの傷に白い光が集合し、わずかに切られた皮ふがくっつき、血が止まる。
(こういうこと、よくあったな……)
 僕の妹と弟もけがの治りは早いけど、治る前にけがをすることも多かった。だから、治る前に治さないとひどいことになる。有無を言わさずけがを治すのは、自分にとってはある意味日常だ。
 そう思っているうちに、アーコードさんの怪我は治っていた。
「これでいいでしょう」
 これで悪化することはない、と安心して、最初に言うべきことを忘れていた。
「助けてくれてありがとうございました」
「こちらこそ。治ゆの魔法をかけてくれてありがとう」
 立ち上がったアーコードさんは、笑ってくれた。

 戦闘に参加できない分、せめて自分にできる治ゆはやっておこう。僕なりの、せめてもの罪滅ぼしだ。

 魔物との戦闘や素材の採取のときは魔法を使っていた。けどやっぱり、修理では魔法は使わないらしい。彼女なりのポリシーがあるのだろうか。
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