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Case1 僕とくまのぬいぐるみ

森の中のちいさな冒険3

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 地図を広げながら歩くこと、数十分後。

「あれ?」
 僕は、数十分前に座っていた岩にたどり着いた。
 いや、これは、戻ってるんだ。前に進み続けたはずなのに、自分が気づかないうちに戻って来てしまったんだ。
「これは」
 迷った。
 僕は岩に座り込み、頭を抱えた。
「ど、どうしよう」
 このまま地図とにらめっこをして闇雲に歩き続けても、体力がなくなるだけだ。
 今日は諦めて自分の家に帰ろうか、もう少しだけ粘って探そうか。
 家には、まだ帰れない。できる限り間に合わせたい。だが、こだわってばかりでは自分が危ない。
 進むか退くか、その二択が頭の中によぎった、その時。
 ザワザワ、と、向かい側の植え込みが動いている。
 風は吹いているけど、風に吹かれた植え込みの動きではない。どこか生きているような、そんな動き。
「ん?」
 僕は頭を上げた。
 植え込みには何かが突き出ており、どんどん姿を表していく。
 突き出ていたのはどうやら黒い鼻で、顔、胴体、そして毛むくじゃらの四つの足…
 フォルムからして人間じゃない。こいつは、角の生えた獣……魔物だ。
「来て欲しくなかったのに」
 完全に姿を表したものは、狼の姿をした魔物だった。くすんだ灰色の毛皮の、恐ろしい獣。
 餌でも探していたのか、狼の姿の魔物は、鋭い眼光で僕を見る。眼は赤く、よだれを垂らしながらグルル…と唸っている。
 僕は魔物を凝視しつつ、リュックをその場に置き、まだ重い剣を抜こうと柄を握った。
 その時、突然魔物が大きな口を空け、僕に飛びかかった。
「!」
 僕は剣を素早く抜き、構え、魔物の一撃を剣で受け流した。
 受け流したはいいが、このあとどうする?
 魔物は軽い身のこなしで体をひねり、エサに飛びつくように、もう一度僕に襲いかかる。
「痛っ!」
 とっさに身体が動かず、今度は受け流せず、地面に仰向きで倒れた。つかさず魔物が馬乗りになり、圧倒的に不利な体勢になってしまった。
 眼前で魔物を剣で受け止め、歯を食いしばって耐えているが、地面と激突した背中が痛い。
「このっ、離れろぉ!」
 魔物に声なんぞ伝わるはずがないとわかっているのに、叫ばずにはいられない。
 魔物の噛む力は異常に強く、剣から離れてくれない!
 手に力が抜けていく。
 少しずつ少しずつ、魔物の口が近づいていく。その度に、ねっとりしたよだれが滴り落ち、なまあたたかくて臭い息が顔を覆う。
「うっ…」
 僕は鼻を抑えたくなったが、今手を離したら終わりだ。力を、入れないと。
 こうなったら、と力をふり絞り、剣の刃で魔物の口元を切った。
 魔物は痛みで体をくるっと翻し、後退した。
 馬乗りから解放された僕は立ち上がる。やっと離れたかと思いきや、剣身は欠けており、切れ味のないなまくらになってしまった。
「ぐう……この……」
 息が、苦しい。
 まだ14歳だけど、王国を守る兵士になるために鍛錬を積み重ねてきた。だけど、相手は人間ではなく魔物。どんな動きをするのか予想できない。しかも森の中は薄暗くて、視界も悪い。
 言い訳をするな。とにかく、この状況を切り抜ける方法を考えねば。
 思考を巡らし、足を踏み出した直後。
 ぬかるんだ地面に、ほんの少し、足を滑らせた。
 魔物は口元の血を舐めて、目を光らせた……その一瞬を見逃さなかった。
「ぐるあああぁ!」
 大きな口を裂け疾駆し、喉の奥がはっきり分かる位口を空け、僕に襲いかかる。
 僕は悟った。今度こそよけきれない…!



「うわああああああッッ!!」
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