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「ダメ、死んじゃ駄目!目を開けてよ!」

 この声は…まさか。

「シャ、シャル、なの……?」

「そうだよ!僕、地下室の抜け穴を通って外に出たの!前に隠れた時に見付けたの!」

「よ、良かった……」

「僕ね、その後すぐに庭のあのバラを取って来たの!奥様を元気にして下さいって、お願いしたくて!だって元気になったら、あの悪い奴から一緒に逃げられると思って!でも、でもその願いが叶ってないよぉ……どうしてなの?」

 シャルの手には、蕾がしっかりと開き切った……三人で植えた、あの希少種のバラが握られて居た。



 あぁ、何て美しい花。

 でもそれをギュッと握るシャルの手からは、血が滲んでしまって居る。



 私はそんなシャルの手に自身の手を重ね、痛みが飛んで行くようにそっと撫でた。



「……泣かないで。シャル、あなただけでも逃げなさい。サム……お父様は何処へ出かけたの?分かって居るなら、そこを訪ねて──」

「嫌!二人一緒じゃないと嫌!だって僕、せっかく新しい願い事を見つけたのに──」



 シャルの、新しい願い事?

 何だろう?

 サムのように、立派な庭師になるとか……?



「それ、教えてくれる?最期に、それを聞きたいわ」

「僕、僕ね……新しいお母さんが欲しいの。それで、そのお母さんは奥様が良いの。僕とお父さんと奥様、三人で家族になるの。それで毎日お花に囲まれて、楽しく平穏に暮らさすの。そうなれば、奥様はもう悲しいお顔をする事なんかないもの!」

「それは……素敵な夢ね。あなたとサムと一緒なら、私もずっと笑ってられるわ。じゃあ、私もこのバラにそれを祈るわ。三人で、新しい家族になりたいと──」



 その時、部屋のドアが開き髪を乱した夫とエリザが出て来た。

「何やら廊下が五月蠅いと思ったら……このガキ、どうやって地下室から出た!」

「やだ、あなたまだ死んでなかったの!?しぶとい女ね!ねぇダリス……この女、今までの話を全部聞いちゃったんじゃ──」

「だったら、これ以上生かしておく訳には行かないな。このガキと一緒に、始末するしかない」

「でも、どうやって?」

「重りでも付け庭の池に沈めるか。あぁ、でも庭師の父親が戻るとマズいな」

「じゃあどうするのよ!早くその父親とやらが戻って来る前に、良い方法を──」



 が、その時……玄関のドアが破られ大勢の憲兵達が入って来た。

 そしてその様子に呆気にとられる夫とエリザをあっという間に縄で縛り上げると、偽の投資話と私や彼女の夫への殺人容疑で連行すると言った。



「ど、どうしてそれを!?」

「この女はこんな状態だし、私の夫にも何もバレて居ない筈なのに!」

「いや、俺はお前の悪事に気付いて居たぞ」



 そう言って、憲兵達に続き入って来たのは……留守にして居たサムだった。
 
 予定では、まだ帰って来る日では無かったのに──。



「お前が奥様に贈ったハチミツ漬け……あの中に、ある花の花弁が混じって居るのが見えた。あれはよく使われる香りづけの食用花に見えるが、それとは花弁の先が僅かに違って居て……それは毒性のある、とある花の一種では無いかと俺は考えた。でも、奥様のご親友には滅多な事は言えないし……何より、弱った奥様にそれ以上ショックを与えたくなかった」

 そうか……それで、サムはあれを食すのは辞めろとだけ言ったのね──。

 

「そこで俺はあのレモン付けを庭師の師匠に預け……万一の時を考え、解毒薬になる薬草を取りに行く事にした。ただそれがあるのは山を越えた地で、すぐには戻って来られない筈だったが……偶然通りかかった薬草取りに、運良くそれを分けて貰えた。そして戻った時に、やはりその花が毒花であった事が判明……俺はすぐに憲兵の元へ駆け込んだんだ。するとお前に嘘の投資話をされたと言うご婦人が相談に来て居て、おかげで俺の話もすぐに信じて貰えたよ」

「そ、そんなぁ……」



 エリザはその場にガクリと崩れ落ちたが……だが夫は、自分は関係ない……彼女が一人勝手にやった事だと反論した。

 するとそれを聞いたシャルは、夫を指差しこう言った。



「嘘言わないで!僕を地下室に閉じ込めた悪人の癖に!それにさっき、僕達を池に沈めるって言ったよ!?」

「こ、こいつ……もう黙って居ろ!」


 
 ダリスはシャルに詰め寄ろうとしたが……無様にも繋がれた縄に絡まりその場で転倒、そのままエリザと共に憲兵達に連行されるのだった──。
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