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私はもう虫の息だ。
息を吸うのも苦しくてできないし、視界が霞む。
こうなる前に、私を傷付けたこの二人に罰を与えれば良かった。
復讐すれば良かった。
こんな何も出来ない身体になる前に、この二人を──。
でも……いくらそんな事を思っても、もう遅いわよね。
待って……この声は──。
シャル、シャルなのね?
あぁ、無事だったのね。
良かった──。
サム、あなたの息子は無事よ。
それは……あの時、三人で一植えたあの──。
あの頃、まだ私は夫ダリスの裏切り気付いては居なかった。
ただ事業が忙しく家に帰って来ない夫の事を思い、常に寂しい日々を過ごして居た。
するとそんな私を気遣ってくれたのか……庭師のサムとその息子シャルは、私を庭へと連れ出してくれた。
「あなたが手入れしてくれた庭は、本当にいつ見ても素晴らしいわね。これだけお花があると、見て居てとても楽しいわ。」
「奥様のお好きな花、そしてお好きな色ばかりを集めて見ました。」
「まぁ、素敵!ありがとう、サム。」
サムは、亡き両親が連れて来た庭師だ。
色々あって前の職場を辞める事になり、新しい働き口を探して居たらしい。
だが彼にはシャルと言う幼い息子が居て……職を探す間、また働いてからも一人で家に置いておくわけには行かず、職探しが上手く行って居なかったと言う。
するとそれを知った両親は、彼を専属の庭師として雇い入れ……庭にある小屋を改装し、二人をそこに住まわせる事にしたのだ。
それが決まった時、腕の良い彼が来てくれた事を私は嬉しく思い歓迎したが……当時入り婿として嫁いで来たばかりのダリスは、何となく不機嫌な顔をして居たわね。
後から思えば、自分よりも体格が良く……また容姿の良い彼に密かに嫉妬して居たのだろう。
私としては、そんな事は比べる迄も無いと言う考えだったんだけれど──。
「この苗、僕が選んだんだよ!とっても珍しい品で、一つしか残って居なかったの!」
「あら、そうなの。いつもお父様のお手伝いをして偉いわね、シャル」
「わぁ、褒められた。嬉しい!」
私に頭を撫でられたシャルは、ご機嫌な様子でスコップを取りに行った。
「シャルは本当に素直で可愛らしい子ね。私にはまだ子が居ないけど……あんな子が息子になったら、きっと毎日が幸せでしょう」
「奥様……きっと旦那様も、事業が落ち着いたらきっとあなたとのお子について考えてくれますよ」
「だったら良いけれど──」
両親が揃って病で急死してから、夫は私を求めなくなった。
今日はそう言う気分じゃない、体調がすぐれないからと言って……そして最近では、事業が忙しいからと言う。
何度も拒否される内、私も自然と彼を求める事は無くなった。
でも、子が欲しいと言う気持ちはずっと胸の奥で燻って居る。
だからシャルを見ると、堪らない気持ちになって……母親でも無いのに、ついつい我が子のように可愛がってしまうのだ。
そしてシャルはそれを嫌がらず、喜んで受け入れてくれ……そして父親のサムは、そんな私達をいつも傍で微笑ましそうに見守ってくれて居た。
すると自分の愛用のスコップを持って来たシャルは、片手に持って居たもう一つのスコップを私に差し出して来た。
「ねぇ、僕とお父様と一緒にこの苗を植えよう?」
「私も一緒で良いの?」
「うん。奥様の事好きだから、一緒が良い」
「ありがとう、じゃあお言葉に甘えて。あなた達が来る前は、よくこうして花の苗を植えたわ。あら……本当に変わったバラ、見た事無い葉っぱの形をして居るわ。でも、茎にはあそこにあるバラと全く同じ棘があるし──」
「このバラは、奇跡のバラなんですよ。存在が希少な事もそうなんですが、花を咲かせる事が本当に難しくて……。それに、不思議な力があるとかないとか……何かと逸話があるバラなのです」
「流石サム、花について詳しいわね!」
そうして私達は三人でその苗を籠から取り出し、穴を開けた土の中へと移し替える事に──。
「僕ね、頑張ってこのお花を咲かせるんだ。それで花が咲いたらね、お願叶えて貰うの」
「そう、そのお願い事って何かしら。聞いても良い?」
「えっとね……お母さんが帰ってきて欲しいなって」
「シャル……」
父から聞かされて居たが、シャルの母親は彼を産んでからお酒に溺れ……シャルの育児を放棄し酒場に入り浸る内、どこかの男とそう言う関係になって駆け落ち同然に姿を消したらしい。
まだ赤子だったシャルは、その辺りの事を詳しく知らないが……でも、母親が居ない事はとても寂しいのだろう。
いくら私が母親の真似事のように可愛がって居て、そしてそれを喜んでくれても……内心は産みの母親の事を、愛を求めて居るのね。
「じゃあ……シャルの願いが叶うように、私も無事花が咲く事をお願いするわ。大丈夫よ、ここにほら……小さな蕾が出来て居るし、きっとそう待たずに花は咲くわ。そしたら、ちゃんとシャルの願い事は叶うわ」
私の言葉に、シャルは満面の笑みを浮かべ……そしてそんな息子をサムは何とも言えない顔で見つめていたが、シャルと話をする私はそれに気付かなかった。
息を吸うのも苦しくてできないし、視界が霞む。
こうなる前に、私を傷付けたこの二人に罰を与えれば良かった。
復讐すれば良かった。
こんな何も出来ない身体になる前に、この二人を──。
でも……いくらそんな事を思っても、もう遅いわよね。
待って……この声は──。
シャル、シャルなのね?
あぁ、無事だったのね。
良かった──。
サム、あなたの息子は無事よ。
それは……あの時、三人で一植えたあの──。
あの頃、まだ私は夫ダリスの裏切り気付いては居なかった。
ただ事業が忙しく家に帰って来ない夫の事を思い、常に寂しい日々を過ごして居た。
するとそんな私を気遣ってくれたのか……庭師のサムとその息子シャルは、私を庭へと連れ出してくれた。
「あなたが手入れしてくれた庭は、本当にいつ見ても素晴らしいわね。これだけお花があると、見て居てとても楽しいわ。」
「奥様のお好きな花、そしてお好きな色ばかりを集めて見ました。」
「まぁ、素敵!ありがとう、サム。」
サムは、亡き両親が連れて来た庭師だ。
色々あって前の職場を辞める事になり、新しい働き口を探して居たらしい。
だが彼にはシャルと言う幼い息子が居て……職を探す間、また働いてからも一人で家に置いておくわけには行かず、職探しが上手く行って居なかったと言う。
するとそれを知った両親は、彼を専属の庭師として雇い入れ……庭にある小屋を改装し、二人をそこに住まわせる事にしたのだ。
それが決まった時、腕の良い彼が来てくれた事を私は嬉しく思い歓迎したが……当時入り婿として嫁いで来たばかりのダリスは、何となく不機嫌な顔をして居たわね。
後から思えば、自分よりも体格が良く……また容姿の良い彼に密かに嫉妬して居たのだろう。
私としては、そんな事は比べる迄も無いと言う考えだったんだけれど──。
「この苗、僕が選んだんだよ!とっても珍しい品で、一つしか残って居なかったの!」
「あら、そうなの。いつもお父様のお手伝いをして偉いわね、シャル」
「わぁ、褒められた。嬉しい!」
私に頭を撫でられたシャルは、ご機嫌な様子でスコップを取りに行った。
「シャルは本当に素直で可愛らしい子ね。私にはまだ子が居ないけど……あんな子が息子になったら、きっと毎日が幸せでしょう」
「奥様……きっと旦那様も、事業が落ち着いたらきっとあなたとのお子について考えてくれますよ」
「だったら良いけれど──」
両親が揃って病で急死してから、夫は私を求めなくなった。
今日はそう言う気分じゃない、体調がすぐれないからと言って……そして最近では、事業が忙しいからと言う。
何度も拒否される内、私も自然と彼を求める事は無くなった。
でも、子が欲しいと言う気持ちはずっと胸の奥で燻って居る。
だからシャルを見ると、堪らない気持ちになって……母親でも無いのに、ついつい我が子のように可愛がってしまうのだ。
そしてシャルはそれを嫌がらず、喜んで受け入れてくれ……そして父親のサムは、そんな私達をいつも傍で微笑ましそうに見守ってくれて居た。
すると自分の愛用のスコップを持って来たシャルは、片手に持って居たもう一つのスコップを私に差し出して来た。
「ねぇ、僕とお父様と一緒にこの苗を植えよう?」
「私も一緒で良いの?」
「うん。奥様の事好きだから、一緒が良い」
「ありがとう、じゃあお言葉に甘えて。あなた達が来る前は、よくこうして花の苗を植えたわ。あら……本当に変わったバラ、見た事無い葉っぱの形をして居るわ。でも、茎にはあそこにあるバラと全く同じ棘があるし──」
「このバラは、奇跡のバラなんですよ。存在が希少な事もそうなんですが、花を咲かせる事が本当に難しくて……。それに、不思議な力があるとかないとか……何かと逸話があるバラなのです」
「流石サム、花について詳しいわね!」
そうして私達は三人でその苗を籠から取り出し、穴を開けた土の中へと移し替える事に──。
「僕ね、頑張ってこのお花を咲かせるんだ。それで花が咲いたらね、お願叶えて貰うの」
「そう、そのお願い事って何かしら。聞いても良い?」
「えっとね……お母さんが帰ってきて欲しいなって」
「シャル……」
父から聞かされて居たが、シャルの母親は彼を産んでからお酒に溺れ……シャルの育児を放棄し酒場に入り浸る内、どこかの男とそう言う関係になって駆け落ち同然に姿を消したらしい。
まだ赤子だったシャルは、その辺りの事を詳しく知らないが……でも、母親が居ない事はとても寂しいのだろう。
いくら私が母親の真似事のように可愛がって居て、そしてそれを喜んでくれても……内心は産みの母親の事を、愛を求めて居るのね。
「じゃあ……シャルの願いが叶うように、私も無事花が咲く事をお願いするわ。大丈夫よ、ここにほら……小さな蕾が出来て居るし、きっとそう待たずに花は咲くわ。そしたら、ちゃんとシャルの願い事は叶うわ」
私の言葉に、シャルは満面の笑みを浮かべ……そしてそんな息子をサムは何とも言えない顔で見つめていたが、シャルと話をする私はそれに気付かなかった。
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