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 そう言って頭を下げるジュリアス様は、当時の面影を残しつつも、逞しく立派な青年になっておられた。
 
 さっと羽織った白衣や、医療道具が入った鞄を持つ彼はとても立派で……その落ち着きようもあり、どこからどう見ても名医に見えた。

 そして私はそんな彼との久しぶりの再会に、気持ちが高ぶり思わず頬が赤くなってしまった。



「ジュリアス様……あの時の夢を叶えられたのですね。あなたの白衣姿が見れて、私とても嬉しです。でも、患者としてではなく、健康な体でカイゼル様の隣に並びあなたにご挨拶がしたかったです。」

「隣に……。あの……兄、カイゼルは、まだこちらに来ては居ないのですか?」

「えぇ。今日は、急用が出来て見舞いには来られないと先程連絡がありましたから。」



 するとそんな私の返事に、ジュリアス様は一瞬眉をひそめた。



「……あの、どうかしましたか?」

「いえ。そろそろ診察に入りましょうか?あなたの身体の事は呼びに来た使いの者から色々と聞いて居ますが……あなたご自身にも、いくつか問診し話を聞かせて頂きます──。」



 その後、私はジュリアス様の診察を受ける事になったが……まだまだ医者の卵だと言う彼は、とてもそうだとは思えない程に的確な診察をして下さった。



 こちらの質問にも丁寧に答えてくれるし……何より、医療の知識がとんでもない。

 王都で学んだだけあって、色々な可能性から私の病を診察してくれるし……何より落ち着いた態度で丁寧な話し方をする彼は、いつもの主治医よりも信頼や安心が出来た程だ。



「いつも診て下さる先生が、ジュリアス様ならと思ってしまいました。今の主治医は、実は幼馴染のエライザの紹介でいらした方なんですが……話し方がぶっきらぼうと言うか、少し乱暴な所がありまして──。こちらが気を遣ってしまって、診察の度に疲れてしまうのです。でも、せっかく私の事を思い医師を探してくれたエライザの事を考えたら、そんな事はとても言えませんから。」
 
 

 するとそんな私の言葉に、そこまで人に気を遣わなくて良い……それでは治るものも治らなくなると、ジュリアス様は優しく諭すように言った。



「今、あなたの身体を診させて頂きましたが……リリアン様、あなたに特別悪い所は見られません。カイゼルとの結婚が決まって以降、熱が続き身体が怠い日々が続くと伺いましたが……身体の機能に異常が無いので、それは心の問題から来て居るのでしょう。」

「心の?」

「今までの環境から新しい環境で生活を始める事が決まると、その直前に身体の調子を悪くする事はよくある事です。あなたは、次期領主のカイゼルに相応しい妻になろうと色々勉強なさって居たと使用人から聞きました。それこそ、寝る間も惜しんで──。それで、無理が祟ってこうなったんでしょう。発作については……もう少し様子を見ましょうか。」

 ジュリアス様の言葉に、私は自分が心底情けなく……そして恥ずかしくなった。



 だがジュリアス様は、そうやって自分自身を責める事が余計に症状を悪化させると言った。

「今は、頑張った自分を認め体も心も休ませる時です。そんななたにこれを──。これは、俺が普段患者に処方して居る安定剤です。今日からこちらの薬を一週間飲んで下さい。あなたの主治医が処方した薬ではなく、こちらをです。」



 そう言ってジュリアス様は、包みに入った薬を私に預けたが……今迄続けて居た薬を急に辞める事には、一瞬不安を抱いた。



 でも、私は医者としてジュリアス様の方が信頼できると直感で思ったし……確かに今迄、心の面で自分の身体を悪くするような日々を送って居たわね──。



 見舞いに来てくれるカイゼル様に申し訳なく思ったり、カイゼル様の為に早く元気にならなきゃと焦ったり……エライザにも、医者を紹介させたり毎日のように見舞いに越させ迷惑をかけてしまったと思ったり──。

 でも今からは、そんな自分の考え方を少しでも変えて行かないとね。



 そう思ってその薬に手を伸ばせば、ジュリアス様は今まで見た事も無い……否、何となく覚えがあるような気もするが、とにかくそれは穏やかな顔で私に笑いかけてくれた。



「リリアン様、これからはきっと身体は楽になります。あなたが元気になるまで俺はこの地に居ますから、どうか安心して下さい。そして何かあったらどうぞ頼って下さい、俺はあなたの味方ですから。」

「ありがとうございます、ジュリアン様!」


 
 そうお礼を言う私に、ジュリアス様はまた来ますと言って部屋を出て行こうとしたが……最後に窓際にある花瓶に近づき、何かを確認すると安堵した顔で帰って行くのだった──。
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