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海賊討伐
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「では、出立します!」
桃姫様は初めて会った時に乗っていた白馬に跨っている。凛々しい姫武者姿だ。きちんと甲冑を身に纏っており、今回の海賊討伐が本気である事を窺わせる。
また、集まった兵も百を超えており、指揮する将らしき侍も数人いた。もっとも、百と言っても荷駄隊が二十人程なので、実質の戦力は八十程だ。あ、荷駄ってのは食料やら何やら、補給品の事な。
たかが海賊討伐に荷駄隊まで繰り出すとか、やや大袈裟だなとも思うが、これは恐らくどこぞの島に逃げ込んだ海賊共を殲滅する狙いがあるんだろうと思う。つまり数日は島を巡って海賊を探し回るつもりだという事だ。
「ここいらに出る賊ってのは恐らく北条の残党とか落ち武者だろうぜ。結束されると厄介だからな。虱潰しってヤツだ」
派手な黄色の胴丸に、高く結い上げた茶筅髷という目立つ格好の孫左衛門がそんな事を言う。やめてくれ。そんな話、気が滅入るだろ。
「でも奥山の言う通りなのですよ。放っておけば、またいずこかの村が襲われる事になります。必ず見つけて潰さねばなりません。弥五郎なら分かるのではありませんか?」
俺達は隊列の中央辺りを歩いていて、俺と孫左衛門は桃姫様の馬の前で露払い的な役割だ。その斜め後方から桃姫様の鈴のような声が聞こえる。
そうか、そうだな。
俺は三島の村での惨劇を思い出した。何の罪もない、気のいい村人達だった。それが無残に殺されていく。そんな理不尽が許されていい訳あるか。
「そうですね。人から奪っていくヤツには、相応の報いを受けさせてやりますよ」
戦国の世は弱肉強食だ。北条から見れば豊臣や徳川だって簒奪者だろう。だが、大名同士の戦は力と力のぶつかり合いだ。それで負けちまったんだから、死ぬか服従するかどっちかしかねえ。それは戦の決まり事みたいなもんだ。
けど、賊の類は力のない者を狙って奪っていく。そこには大義もクソもねえ。
――思えば俺の親父やお袋、それにおなつさんの両親も賊にやられたんだったか。
急に俺の身体の中に怒りが渦巻いてくる。今更親父やお袋の事で怒りがこみ上げてくるとは思わなかったけど、身近に賊の犠牲者が多い事に気付くと、どうしてもな。
「おい、落ち着きな。殺気出しすぎだ」
急に俺の肩に手を回してきた孫左衛門が、耳元でそっと囁いた。そっか。無意識のうちに殺気が漏れてたのか。
「いい仕事をしましたね、奥山。あのまま弥五郎が殺気を出していたら、私はこの子に振り落とされていたかも知れませんね」
そう言って桃姫様が苦笑している。
言われてみれば、確かに桃姫様の白馬がソワソワして落ち着きなさそうに見える。
「おお、よしよし、悪かったな。許してくれ」
俺がそう言って白馬の横っ面を撫でようとしたら、この馬のヤツ!
――ベロン
俺の手を避けるように頭を上げたかと思うと、ヌッと顔を近付けてきて、俺の顔を長い舌で舐めやがった。
「あら、この子が私以外に懐くなんて珍しい!」
桃姫様が本気で驚いているが、いや、馬のヨダレで俺の顔がべちょべちょじゃねえか。舐めるのは勘弁してくれ。
ところで、いつも桃姫様を影から護衛してるっていうおなつさんは、今は離れて行動している。
屋敷から出る直前、灰色の忍び装束に身を包んだおなつさんが、天井裏から降って来たんだ。
「今回は姫様の事はお任せ致します。私は先行して様子を探って来ますので。後程、接触致します」
頭巾で顔を覆い目だけを出したおなつさんは、完璧に今はお仕事です状態だ。言葉遣いも主君か雇い主に対するそれだ。
「私を直接雇ったのは伊東様でございますが、ご隠居の身。実質的な雇い主は弥五郎様と認識しております」
じゃあ普段の言動はどうなんだって話なんだけど、そこは俺も堅苦しいのも嫌だからまあいいか。
海賊討伐隊は石廊崎の村に着くまでの道中の村々に立ち寄り、食料などを買い上げている。もちろん根こそぎ持って行くような事はしないぞ? これは石廊崎の村への救援物資として持って行くためだ。
そのため、石廊崎の村に着いたのは夕刻を過ぎていた。
これから村人に話を聞いたり、炊き出しを行ったりする事になるんだが、村から海岸の方向にある松林から殺気が飛んできた。どうやら他の人間は誰も気付いていないみたいだな。
俺はひっそりと松林へ向かう。
「おう、弥五郎、厠か?」
馬鹿野郎、孫の字、そんなでけえ声で言うなよ!
「そうだけど! 桃姫様頼むぞー!」
孫左衛門にそう言い残し、俺は松林に一歩踏み入った。
「おら、俺に用があるんだろ? 出て来いよ」
「流石! やっぱりバレちゃった?」
そう言いながら松の枝からおなつさんが降ってきた。よく言うぜ。ワザと俺にだけ殺気ぶつけてきやがって。
「それで、何か分かったのか?」
俺がそう聞くと、おなつさんの雰囲気がガラリと変わる。
「は、賊は五十名程で組織だって行動していたとの事。村人は基本的に無差別に殺されたらしいですが、逃げた者を追いかけてまでは来なかったとの事です」
へ~?
さて、どう判断するかね。組織的な行動は元々武士団だったって感じだけど、略奪目的としては手慣れた印象を受ける。それに規模も中々のもんだよな。まともにぶつかればこっちの被害も大きくなるだろう。
「それからもう一つ、賊の中の一人が、アジトは利島にあるという事を口走っていたという話があります」
利島か。あそこは砂浜がなく周囲が断崖になってるらしい。小さな島だが天然の要害って事だな。中々厄介な事になった。
「とりあえず、桃姫様に情報を持って行って、今後の事を決めてもらうよ。おなつさんは引き続き情報収集頼む」
「はっ!」
そう一言残し、おなつさんは消えていった。
さて、桃姫様に報告報告っと。
桃姫様は初めて会った時に乗っていた白馬に跨っている。凛々しい姫武者姿だ。きちんと甲冑を身に纏っており、今回の海賊討伐が本気である事を窺わせる。
また、集まった兵も百を超えており、指揮する将らしき侍も数人いた。もっとも、百と言っても荷駄隊が二十人程なので、実質の戦力は八十程だ。あ、荷駄ってのは食料やら何やら、補給品の事な。
たかが海賊討伐に荷駄隊まで繰り出すとか、やや大袈裟だなとも思うが、これは恐らくどこぞの島に逃げ込んだ海賊共を殲滅する狙いがあるんだろうと思う。つまり数日は島を巡って海賊を探し回るつもりだという事だ。
「ここいらに出る賊ってのは恐らく北条の残党とか落ち武者だろうぜ。結束されると厄介だからな。虱潰しってヤツだ」
派手な黄色の胴丸に、高く結い上げた茶筅髷という目立つ格好の孫左衛門がそんな事を言う。やめてくれ。そんな話、気が滅入るだろ。
「でも奥山の言う通りなのですよ。放っておけば、またいずこかの村が襲われる事になります。必ず見つけて潰さねばなりません。弥五郎なら分かるのではありませんか?」
俺達は隊列の中央辺りを歩いていて、俺と孫左衛門は桃姫様の馬の前で露払い的な役割だ。その斜め後方から桃姫様の鈴のような声が聞こえる。
そうか、そうだな。
俺は三島の村での惨劇を思い出した。何の罪もない、気のいい村人達だった。それが無残に殺されていく。そんな理不尽が許されていい訳あるか。
「そうですね。人から奪っていくヤツには、相応の報いを受けさせてやりますよ」
戦国の世は弱肉強食だ。北条から見れば豊臣や徳川だって簒奪者だろう。だが、大名同士の戦は力と力のぶつかり合いだ。それで負けちまったんだから、死ぬか服従するかどっちかしかねえ。それは戦の決まり事みたいなもんだ。
けど、賊の類は力のない者を狙って奪っていく。そこには大義もクソもねえ。
――思えば俺の親父やお袋、それにおなつさんの両親も賊にやられたんだったか。
急に俺の身体の中に怒りが渦巻いてくる。今更親父やお袋の事で怒りがこみ上げてくるとは思わなかったけど、身近に賊の犠牲者が多い事に気付くと、どうしてもな。
「おい、落ち着きな。殺気出しすぎだ」
急に俺の肩に手を回してきた孫左衛門が、耳元でそっと囁いた。そっか。無意識のうちに殺気が漏れてたのか。
「いい仕事をしましたね、奥山。あのまま弥五郎が殺気を出していたら、私はこの子に振り落とされていたかも知れませんね」
そう言って桃姫様が苦笑している。
言われてみれば、確かに桃姫様の白馬がソワソワして落ち着きなさそうに見える。
「おお、よしよし、悪かったな。許してくれ」
俺がそう言って白馬の横っ面を撫でようとしたら、この馬のヤツ!
――ベロン
俺の手を避けるように頭を上げたかと思うと、ヌッと顔を近付けてきて、俺の顔を長い舌で舐めやがった。
「あら、この子が私以外に懐くなんて珍しい!」
桃姫様が本気で驚いているが、いや、馬のヨダレで俺の顔がべちょべちょじゃねえか。舐めるのは勘弁してくれ。
ところで、いつも桃姫様を影から護衛してるっていうおなつさんは、今は離れて行動している。
屋敷から出る直前、灰色の忍び装束に身を包んだおなつさんが、天井裏から降って来たんだ。
「今回は姫様の事はお任せ致します。私は先行して様子を探って来ますので。後程、接触致します」
頭巾で顔を覆い目だけを出したおなつさんは、完璧に今はお仕事です状態だ。言葉遣いも主君か雇い主に対するそれだ。
「私を直接雇ったのは伊東様でございますが、ご隠居の身。実質的な雇い主は弥五郎様と認識しております」
じゃあ普段の言動はどうなんだって話なんだけど、そこは俺も堅苦しいのも嫌だからまあいいか。
海賊討伐隊は石廊崎の村に着くまでの道中の村々に立ち寄り、食料などを買い上げている。もちろん根こそぎ持って行くような事はしないぞ? これは石廊崎の村への救援物資として持って行くためだ。
そのため、石廊崎の村に着いたのは夕刻を過ぎていた。
これから村人に話を聞いたり、炊き出しを行ったりする事になるんだが、村から海岸の方向にある松林から殺気が飛んできた。どうやら他の人間は誰も気付いていないみたいだな。
俺はひっそりと松林へ向かう。
「おう、弥五郎、厠か?」
馬鹿野郎、孫の字、そんなでけえ声で言うなよ!
「そうだけど! 桃姫様頼むぞー!」
孫左衛門にそう言い残し、俺は松林に一歩踏み入った。
「おら、俺に用があるんだろ? 出て来いよ」
「流石! やっぱりバレちゃった?」
そう言いながら松の枝からおなつさんが降ってきた。よく言うぜ。ワザと俺にだけ殺気ぶつけてきやがって。
「それで、何か分かったのか?」
俺がそう聞くと、おなつさんの雰囲気がガラリと変わる。
「は、賊は五十名程で組織だって行動していたとの事。村人は基本的に無差別に殺されたらしいですが、逃げた者を追いかけてまでは来なかったとの事です」
へ~?
さて、どう判断するかね。組織的な行動は元々武士団だったって感じだけど、略奪目的としては手慣れた印象を受ける。それに規模も中々のもんだよな。まともにぶつかればこっちの被害も大きくなるだろう。
「それからもう一つ、賊の中の一人が、アジトは利島にあるという事を口走っていたという話があります」
利島か。あそこは砂浜がなく周囲が断崖になってるらしい。小さな島だが天然の要害って事だな。中々厄介な事になった。
「とりあえず、桃姫様に情報を持って行って、今後の事を決めてもらうよ。おなつさんは引き続き情報収集頼む」
「はっ!」
そう一言残し、おなつさんは消えていった。
さて、桃姫様に報告報告っと。
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