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20.陰謀

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 半ば連行に近い形で、騎士達に連れられてやってきたのはソドーの領主、ミットン=イーオンバレー伯爵の屋敷である。
 屋敷とは言っても、山を背にして他の三方は城壁で囲まれ、館そのものが標高二百メートル程にあり、山城と言っても違和感はない。呼び名もソドー城と言うらしい。
 結局コンタと杏子の二人は、騎士達の面子を保つために大人しくソドー城まで同行してきたのだが、伯爵とは極力深入りせず、貰うものだけ貰ったらとっととお暇するつもりであった。
 プロパガンダに利用されるのは御免被る。

「……って思ってた時期が俺にもありました」
「む。これはちょっとピンチ?」

 城内へ案内された二人は、念のためアナライザーで城全体を確認してみた。殆どは中立か無関心を示す反応なのだが、明らかに敵対している反応が約二十程。
 そして離れた場所になぜか友好若しくは味方を示す反応が七つ。

「理由は分かんねえけど、伯爵は俺達を害する気満々で呼び出したって事だな。でも、俺達を連れてきた騎士の連中は無関係と」
「それと、青い反応が七つ。普通に考えれば私達の知り合いのはず」
「昨日ここに宿泊した知り合いが偶然にも四人いるんだよな」
「ん。早朝に出立したはずなのにここにいるという事は」
「監禁か」
「他の三つは?」
「そりゃあ、トップハムさんにジェームズ、パーシーだろ? 他の知り合いなんて宿の親子くらいだし」

 非常に嫌なのだが、どうやら特大のトラブルに巻き込まれる事は確定らしい。しかも領主に狙われるなんて特級のトラブル。
 杏子は何やら思案顔だ。救出と脱出。場合によっては殲滅。どの場面でどのような魔法が有効か脳内でシミュレートしている。杏子が発動できる魔法は杏子のイメージ力に依存する。なので、場面場面に応じてイメージを練っておく事は非常に大切な事だ。

(イメージが出来上がってても、魔力が足りないと発動しないんだけどね。多分種族レベルを上げないと魔力総量も上がらない?)

 実際に、森の中での戦闘で試そうとして不発に終わった魔法がいくつかあった。杏子はそれを魔力不足の為だと考えている。であれば、一撃で大火力を叩き出す魔法よりも、手数と速射性に優れた魔力消費の少ない魔法を選択すべき。

「まあ、いざって時は自重しねえで暴れるぞ? その上で、お嬢サマ達連れてトンズラこくのがベストだな」
「ん」

 コンタ達は城門を潜った後、館の外で少々待たされていた。
 先程の二人の会話は、この待ち時間の間に交わされたものだ。
 一応、数パターンを想定して作戦を立てた。杏子の自由度の高い魔法ならばどうとでもできるだろう。問題は、なぜ伯爵が盗賊討伐関係者を捕らえているかだ。

「ま、盗賊が捕まって都合が悪いって事なんだから、ロクな領主じゃねえって事だろ」
「ん。凍らせる」
「おう、やったれ」

 そんな物騒な会話をしていると、屋敷の扉が開いて中から上品な男が出て来た。所謂執事という奴である。反応は白、中立だ。どうやらこの屋敷の中でも伯爵の悪事を把握しているのはごく一部のようだ。

「お客様、お待たせしてしまい大変申し訳御座いません。当家の主人の準備が整いましたのでご案内させていただきます。どうぞこちらへ」

 慇懃な態度の執事に連れられ屋敷の中を歩いていく。廊下には高価そうな絵画や調度品が並ぶが、どれもあまり趣味が良いとは言えない代物だ。

「なあ、昨夜貴族のお嬢様一行がここに宿泊してたと思うんだが」
「はい、ハムエイダ家のご令嬢でございますね? 何やら旅の疲れが出たとかで、あと数日逗留なさると主人からは伺っておりますが」
「会える?」
「それは私では何とも返答致しかねます。主人に聞いてみては如何でしょうか?」

 無難な受け答えに終始する執事からは何も得られるものは無いだろう。そう判断した二人は、執事に案内されるままに屋敷の中の一室へと通される。
 二十畳ほどの広さだろうか。右側の壁にのみ窓がある。作りから見るに、窓の外はテラスになっているようだ。また、テラスへ出入りする為の扉がふたつ。部屋の中央には十人程が食事出来る大きさのテーブルが。クロスが掛けられテーブルの足元は見えない。

(テラスに五人、テーブルの下に十人、天井裏に二人)
(分かってる。この部屋の向こうに隠し部屋っぽいのがある。そこに一人。味方反応が固まってる場所の側に二人。これは見張りだな)

 アナライザーで敵性反応の位置を確認する二人。この部屋には伯爵はいない。伏兵を潜ませ、ハナから暗殺する気だったという事だ。

「さて、そういう事だから、燃やしちまうか? 部屋ごと」
「りょーかい。でもその前に、コンタに身体強化二倍」

 杏子はコンタに身体強化魔法を撃ち出した。

「おう、サンキュー」
「ん、では本番。【炎弾】」

 杏子の指先から炎の塊がはじき出される。轟! と音を立てた赤く燃えるそれは、伏兵の隠れ蓑になっていたテーブルクロスを焼き尽くした。
 慌ててテーブルの下から転がり出てくる十人の暗殺者達。

「大瀑布」
「パラライズ」

 次いで杏子は二種類の魔法を行使した。
 暗殺者達が隠れていたテーブルを中心とした、半径五メートルを範囲とした天井付近に魔法陣が展開。さらに十人の暗殺者全てをカバーする範囲の床にも魔法陣が展開。

「おお、すげえな。こんだけデカい魔法陣を同時展開か」
「ん。前より魔力量が上がってる。これくらいなら余裕」

 杏子が言う通り、範囲魔法となったパラライズが一気に十人を行動不能へと追い込み、天井に出現した魔法陣から大量の水が降り注ぎテーブルクロスの延焼を止めた。
 そして、事ここに至って、テラスに潜んでいた伏兵五人が窓ガラスを割って突入して来る。更には天井裏に潜んでいた三人が上から降って来た。
 アナライザーゴグルで初めから伏兵の位置を把握している二人は、既に立ち位置を変えており、降ってきた三人の内二人はあっさりとコンタのトカレフの的になった。残る一人も杏子の水弾を顔面に受け、意識を刈り取られる。
 次いでテラスから乱入してきた五人は、いずれも投げナイフや毒針などの飛び道具で攻撃してきた。しかしこれには杏子をかばう位置取りに立ったコンタが対応した。

「リフレクション・フィールド」

 飛び道具のみならず、魔法攻撃すらも全て攻撃してきた者に跳ね返るというアーティーファクト。不可視の反射領域がコンタの前面を包み込む。

〈ぐあっ!〉
〈げぅ……〉

 自分が放った武器がそのまま自分に跳ね返って来るという、信じ難い出来事に五人は咄嗟の反応も出来ずに昏倒してしまう。皆一様に泡を吹いて息絶えていた。

「毒かよ……随分と念入りだな」
「ん」

 コンタの呟きに、杏子も心底嫌そうな顔で頷いた。
 この地底世界レト・ローラに落とされてから、幾度も命懸けの戦闘を切り抜けてきた。人が死ぬのを見たのは初めてではない。しかし、まだまだ平常心でいられる程修羅場を潜った訳でもなく。

「早く伯爵を懲らしめてマーリ達を助けよう」

 一刻も早くこの場を立ち去りたかったのか、杏子はコンタを急かすように言う。

「そうだな。氷結の魔法準備しとけ。そこの壁は俺がスパッとやっちまうから」
「ん」

 コンタと杏子は短いやり取りを終え、奥の壁へと近付いていった。コンタの右手には太刀の姿をしたディバインブレイド。トカレフは既にストレージリングへ収納済みだ。

「この辺りか?」

 アナライザーゴグルの反応を頼りに位置を見定め、一閃、二閃、三閃。丁度片開きの扉程の大きさに切れ目が入った壁を蹴り倒すコンタ。
 ズズン、と長方形の形に壁は倒され、その向こうには怯えた様子の貧相な初老の男。派手な装飾品を身に纏い、似合いもしない口ひげを蓄えた姿は如何にも貴族と言った風体だ。
 しかし、その姿からは欠片程の威厳も感じられず、貧弱そうな体系と相まって小者臭が酷い。

「き、貴様ら! 一体何者じゃ!」

 コンタと杏子はあからさまにため息をつく。

「これは異な事を仰る。私共は閣下から褒賞を頂けるという事で、城の騎士に伴われて参ったのですが?」
「ん。盛大な歓迎、痛み入る」

 これが慇懃無礼というものか。二人は胸に手を当て恭しく腰を折る。しかし顔は伯爵を見据えておりその視線には嘲りを孕ませる。

「先ずはお招き頂いた事に御礼を。杏子」
「ん。氷結」

 二人は伯爵にものも言わせずお仕置きを開始した。

「おわあああああ!? なんじゃこれは! 何をするか!」
「何と申されましても、謝礼で御座いますが?」
「む。考えてみれば、私達は十七人の暗殺者に手厚い歓迎を受けた。この程度の謝礼ではまだ足りない」
「な? ななな?」

 伯爵は大事な部分を凍らされ、冷たさと痛みで涙目になっているが、コンタと杏子の笑顔での威圧はまだ継続中だ。

「ま、待て!」
「♪~~」

 伯爵の止める声を無視して二人が始めたのは、隠し部屋の調度品の破壊だった。それはもう鼻歌混じりで心底楽しそうに。
 実はこの隠し部屋は、伯爵が不正ルートで入手した芸術品美術品の中でも、お気に入りの物だけを展示していた部屋であり、中にある物も伯爵が愛してやまないものだった。
 コンタも杏子も美術品を愛でるような高尚な趣味は無い為、今自分達が破壊している物の価値などは分からない。しかし、敢えて隠し部屋へ飾っているくらいだから、恐らく伯爵お気に入りのものばかりだろうと思っての行動であった。
 二人は徹底的に破壊し尽した。もうこれ以上壊すものはない。
 
「さて、残るは伯爵様しかありませんね? どうです? 気に入って頂けましたか? 俺達の謝礼は」
「あ、ああ……儂のコレクションが……」

 伯爵は抜け殻のようになっていた。身体の一部が凍ってしまった事よりショックだったらしい。

「ありゃ。こりゃ暫く使いモンになんねえか……」
「コンタ。この奥にも更に部屋がある。廊下に接していない以上はここしか出入りする場所はないはず」

 アナライザーゴグルを通して周囲を見ていた杏子が、何かを見つけたらしい。

「ドアの類はなさそうだな。隠し部屋の奥に更に隠し部屋か。イケナイお宝の匂いがプンプンだ」
「ん。褒賞をもらえるはずだった。ごっそり頂いて行こう」
「……だな」

 コンタは再び太刀を振るい壁を斬り倒した。

「すげえなこりゃ。全部収納しちまうぞ。何か悪さの証拠物件になるかも知れねえしな」
「ん!」

 二人がホイホイとお宝を収納している間も、伯爵は放心状態だった。そして二人は伯爵の首根っこを捕まえて人質とし、マーリ達が囚われているであろう場所へと急ぐのであった。
 

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