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弐
37.怪しいおっさん
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コンタは危うく不能……いや、機能不全になるところだった。しかし今はそんな事をしている場合ではない。
「おい、御者さん。グラバーさんに伝える事があるから前の馬車に並べてくれるか?」
コンタは幌から身を乗り出し、ベンチシートになっている御者席へと移動し、そう言った。そして御者を挟んで反対側にも杏子が出てきて座る。
「へえ、それはいいんですが、何かあったんで?」
突然、『前方の馬車に並べ』と言われて、御者は怪訝そうな顔をする。
「まだかなり先だけどな。前方に魔物か盗賊か――はたまたそれ以外の何かか。とにかく俺達に危害を加えようとしている奴らがいるんだよ。このまま突っ込んで、死にたくはないだろ?」
そんなコンタの物騒極まりない言葉に、御者は慌てて馬に鞭を当てた。そしてグラバーやトーマス達が乗った馬車に並ぶと、コンタが叫んだ。
「一旦止めろ! 敵襲があるかもしれねえ!」
それを聞いたグラバーの馬車の御者は、ギョッとした顔をして停車させた。コンタ達の荷馬車はその前に停車させる。そこでグラバーが馬車から出てきた。柔和な表情だが、相変わらず目だけは笑っていない。
「馬車を急停車させるとは何事ですかな?」
「……この先、と言ってもだいぶ先だが、敵らしき集団がいる」
グラバーの質問にそう答えたコンタだったが、この時初めてグラバーの柔和な表情が厳しくなった。有体に言えば、コンタの言葉を疑っている……様相を作っているつもりなのだが。
「なぜ、分かるのです?」
言葉だけは未だに柔らかいが、視線も表情も厳しいままのグラバー。しかし額には汗が滴る。
恰幅のいい体形だけに、汗っかきな体質なのかとも思っていたコンタだったが、気のせいでなければ滴り落ちているのは脂汗ではないのか。そう疑う程にグラバーの表情には余裕がない。
「それを聞くのはルール違反」
ぴしゃりと杏子が言い放つ。それを聞いたグラバーは一瞬だけ目を剥いたが、ハンターの個人的な能力を詮索しても、それを明かす事などないのは常識である。
「そう、でしたな。失礼しました。しかし、どうしたらよいのでしょうか?」
「戻って日を改めるか――始末するかだな」
そんなコンタの返答に、グラバーはピクリ、と眉毛を動かした。そこへ、いつの間にか馬車から降りてきていたトーマス、アニー、クララが会話に加わってきた。
「数はどれくらいなんだ? というか、もっと詳しい情報あるか?」
「数は十五くらいらしい。一か所にずっと留まってる。魔物か獣か、それとも別の何かか。それはちょっとわからねえな」
コンタはトーマスの質問に答えながらチラリとグラバーを見る。
グラバーは敢えてコンタから視線は外しているように見えた。
「へえ、それでも敵って事は分かるんだな。聞いてはいたけど大したモンだぜ! ハハハ!」
トーマスは能天気に笑う。
(ん。こういう脳筋タイプは扱いやすい)
杏子は内心ほくそ笑んでいたが、グラバーの方は、トーマスの言葉を聞いて戦慄していた。
(まさか、これほどの距離で捕捉されてしまうのか? いや、この小僧の話から察すれば、この二人にはそういう能力があるのだろうな。ここで明かしてしまうべきか……?)
グラバーが目に見えて表情を歪め始めた。
トーマス、アニー、クララはこの先に進むか、一旦戻ってやり過ごすか、苦渋の決断に迫られているのだろうと思っていたが、コンタ、杏子、それにマーリとデイジーは、既にグラバーに対してある種の疑惑を抱いていた為、前方に待ち構えているのがグラバーと何かしらの関係があるのでは、と考えていた。
「……進みましょう」
ある意味、覚悟を決めた表情でグラバーが呟くように言った。
「いいの? 敵はこちらの二倍はいる」
「ははは。そこは信用させていただきますよ。最近売り出し中の新人ハンターと、堅実に実績を上げている鋼の道程ですからね」
杏子の平坦な問い掛けに、グラバーは浮かべた脂汗を拭いながら、どうにか笑顔を浮かべて答えた。
「そう。安心して。何があっても馬車は守るから」
グラバーは、杏子の微妙なアクセントの変化に込めた警告に気付いただろうか。
「おい、御者さん。グラバーさんに伝える事があるから前の馬車に並べてくれるか?」
コンタは幌から身を乗り出し、ベンチシートになっている御者席へと移動し、そう言った。そして御者を挟んで反対側にも杏子が出てきて座る。
「へえ、それはいいんですが、何かあったんで?」
突然、『前方の馬車に並べ』と言われて、御者は怪訝そうな顔をする。
「まだかなり先だけどな。前方に魔物か盗賊か――はたまたそれ以外の何かか。とにかく俺達に危害を加えようとしている奴らがいるんだよ。このまま突っ込んで、死にたくはないだろ?」
そんなコンタの物騒極まりない言葉に、御者は慌てて馬に鞭を当てた。そしてグラバーやトーマス達が乗った馬車に並ぶと、コンタが叫んだ。
「一旦止めろ! 敵襲があるかもしれねえ!」
それを聞いたグラバーの馬車の御者は、ギョッとした顔をして停車させた。コンタ達の荷馬車はその前に停車させる。そこでグラバーが馬車から出てきた。柔和な表情だが、相変わらず目だけは笑っていない。
「馬車を急停車させるとは何事ですかな?」
「……この先、と言ってもだいぶ先だが、敵らしき集団がいる」
グラバーの質問にそう答えたコンタだったが、この時初めてグラバーの柔和な表情が厳しくなった。有体に言えば、コンタの言葉を疑っている……様相を作っているつもりなのだが。
「なぜ、分かるのです?」
言葉だけは未だに柔らかいが、視線も表情も厳しいままのグラバー。しかし額には汗が滴る。
恰幅のいい体形だけに、汗っかきな体質なのかとも思っていたコンタだったが、気のせいでなければ滴り落ちているのは脂汗ではないのか。そう疑う程にグラバーの表情には余裕がない。
「それを聞くのはルール違反」
ぴしゃりと杏子が言い放つ。それを聞いたグラバーは一瞬だけ目を剥いたが、ハンターの個人的な能力を詮索しても、それを明かす事などないのは常識である。
「そう、でしたな。失礼しました。しかし、どうしたらよいのでしょうか?」
「戻って日を改めるか――始末するかだな」
そんなコンタの返答に、グラバーはピクリ、と眉毛を動かした。そこへ、いつの間にか馬車から降りてきていたトーマス、アニー、クララが会話に加わってきた。
「数はどれくらいなんだ? というか、もっと詳しい情報あるか?」
「数は十五くらいらしい。一か所にずっと留まってる。魔物か獣か、それとも別の何かか。それはちょっとわからねえな」
コンタはトーマスの質問に答えながらチラリとグラバーを見る。
グラバーは敢えてコンタから視線は外しているように見えた。
「へえ、それでも敵って事は分かるんだな。聞いてはいたけど大したモンだぜ! ハハハ!」
トーマスは能天気に笑う。
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杏子は内心ほくそ笑んでいたが、グラバーの方は、トーマスの言葉を聞いて戦慄していた。
(まさか、これほどの距離で捕捉されてしまうのか? いや、この小僧の話から察すれば、この二人にはそういう能力があるのだろうな。ここで明かしてしまうべきか……?)
グラバーが目に見えて表情を歪め始めた。
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「……進みましょう」
ある意味、覚悟を決めた表情でグラバーが呟くように言った。
「いいの? 敵はこちらの二倍はいる」
「ははは。そこは信用させていただきますよ。最近売り出し中の新人ハンターと、堅実に実績を上げている鋼の道程ですからね」
杏子の平坦な問い掛けに、グラバーは浮かべた脂汗を拭いながら、どうにか笑顔を浮かべて答えた。
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グラバーは、杏子の微妙なアクセントの変化に込めた警告に気付いただろうか。
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