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3章 歌音(カノン)

3-4 歌音(カノン)④

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「ひぃっ、か、勘弁してくれ! 話す! 全部話すから!」
「ったく。最初からそう素直になってくれよ。お前だってその首、もったいねえだろ?」

 尻もちをつきながら後ずさり、必死の命乞いをする男と、カタナと呼ばれる片刃の長剣を無造作に持った赤髪の男。尻もちをついた男の顔はボコボコに腫れている。

「レストランのオーナーだ! 金縁眼鏡の! 金を渡されて、その……」
「あの時、店に突入した自警団、全員か?」
「そ、そうだ! しゃ、喋っただろ? な、助けてくれよ? な?」
「……そうだな。じゃあ、一緒にいこうか。他のヤツんトコに」
「は……?」

 店の様子と、自警団の詰所から出てきたのが暴れていた男達だけである事。ノン達はいまだ拘留されたままである事。この事から、自警団と暴れていた男達はグルであると考えたテンは、まずは自警団の方から攻めてみた。そう、文字通り、物理的に攻めてみたのだ。
 元々裏の世界で生きてきた男だ。裏のやり方できた相手にはそれ相応の対応をする。

「は? じゃねえよ。おら、キリキリ歩け」

 テンはカタナの切っ先をチクチクと突き立て、有無を言わさず次のターゲットへと移動した。
 これを繰り返し、芋づる式に共犯者を集めていくテン。最終的に、自警団員四人、店内で暴れていた男が五人、合計九人となった。もちろん全員顔はボコボコで、もはや誰が誰だか分からないほどだ。

「よし、じゃあ行くか」

 テンは男達を連れて自警団の本部へと向かった。

*****

 女が四人、鉄格子の中にいた。ノン、スイカ、ナナ、リンネの四人だ。薄暗く冷たい部屋で、膝を抱えて座っている。

「あたし達、どうなっちゃうんでしょうね……」

 不安気にナナが零す。

「なあに、大丈夫さ。あたし達は何もやましい事はしてないんだ。すぐに出られるよ」

 ノンが励ますように言う。本心からそう思って疑わない。それが滲み出てくるような言葉だった。

「そうですよね!」

 それにリンネも同意して頷き、己を奮い立たせるように拳をぐっと握りしめる。

(そうだといいんだけどねぇ~)

 ただ一人、スイカだけは壁に背を預けたまま、浮かない顔をしている。この中で彼女だけは、堅気とは言えない人間だ。テンと繋がりがある時点でお察しという事である。
 その彼女が、今回の件に関して胡散臭さを感じている。
 最近頻度を増していた営業妨害。そして自警団の一方的で不自然な拘束。何か裏で大きな力が蠢いているような気がしてならない。
 いっその事脱獄するか。この程度の鉄格子、自分の腕力ならどうにかこじ開けられるだろう。そんな事も考えた。しかし、逃げたあとはどうする? 自分一人ならどうとでもなる。でもこの三人を見捨てて逃げる訳にいかない。

(そんな事したらぁ、テンに申し訳がたたないわよねぇ~)

 再び、室内を重苦しい空気が支配する。

「♪~~~♬~~~」

 そんな時、ノンが歌を口ずさんだ。牢獄は音がよく反響し、天然のエコー効果をもたらす。決して熱唱というわけではない。それでもよく通る声は澄み切っていて、澱んだ牢獄の空気を浄化するかのようだ。

「♬♬~~~♪~~~~~~」
「女将さん……」
「この歌……」

 それは叶うことのない切ない恋の歌。それでいて決して悲恋ではなく、ひたすらに想い人に愛を寄せる甘い歌。
 聞いていた三人は、それが誰に向けた歌か分かってしまう。そして自分に重ねて切ない思いに駆られる。
 この四人の中では、全員が同じ男に想いを寄せているのは周知の事実だ。しかしライバル意識はない。どうせ叶う事のない思いである。どちらかと言えば戦友だ。

「もう一度、アイツに会いたいな……」

 ノンが歌い終わったあと、そっとナナが呟いた。

「うん……」

 リンネも力なく頷いた。

「ふふふ。二人とも、そんな顔してちゃ、アイツに言われちゃうわよ? 『野生の少女が胸をつんつんして欲しそうな目でこっち見ていた』とか」
「あはははは!」
「確かに言いそう!」

 ノンの軽い冗談に、ナナもリンネも笑い声を上げる。投獄されてから初めての笑顔だった。
 その時、スイカは小さなネズミのようなものが牢獄から離れていくのを見逃さなかった。

「みんなぁ~? もうすぐ助けが来るみたい~。おっぱいつんつんされる覚悟、しといた方がいいわよぉ~?」
「「「……え?」」」
「さぁ、立ち上がって身体を解しておきましょうかぁ~」

 さっきのネズミのようなものは、恐らくテンの『式』だ。スイカにはそんな確信があった。何より、自分達のピンチには必ず現れて助けてくれる。そういう男のはずだ。ならば、その時に足を引っ張るような事はしたくない。いつでも動けるようにしておくべきだ。

(うふふふ。また大きな借りが出来ちゃうわねぇ~。どうやって返そうかしらぁ)

 さも困ったような事を考えてはいるが、顔はにやけているスイカだった。
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