上 下
20 / 25
3章 歌音(カノン)

3-2 歌音(カノン)②

しおりを挟む
 テンはとあるレストランの席に座っていた。相対するは金縁眼鏡の奥に、爬虫類を思わせる視線を纏わせる細身の男。そして男の背後にはガタイのいい男が二人立っている。ボディーガードの類だろう。

「さあ、遠慮しないでどうぞ。当店自慢のメニューでございますよ」

 テーブルに並ぶ豪華な料理の数々。自慢のメニューと言っているが、普段はこのような豪華なメニューなど出す事はない。

「それじゃあ遠慮なく」

 テンはナイフとフォーク、それにスプーンや箸をとっかえひっかえ、片っ端から料理を胃袋に流し込んだ。
 お世辞にも上品とは言えない食いっぷりに、オーナーは眉間に皺を寄せながらも、黙って食事が終わるの待っている。

「……いかがですかな?」

 テンがテーブルの上の料理を平らげたところで、オーナーが聞いた。

「美味いな。でもこりゃあアレだろ? 普段のメニューじゃねえだろ? 普段出してるやつを食ってみてえなぁ」
「……依頼を達成してくだされば、永久無料にてご提供させていただきますよ」
「ふん。話を聞こうか」
「ええ。実は商売敵がいましてねえ……」

 こうして、金縁眼鏡のオーナーが依頼内容を話し始める。
 商売敵の店をどうにかして潰したいが、合法的な手段ではどうにもならないほど繁盛しているし、街の人々から愛されている。少々荒っぽい手段も使ってみたが、なかなか手強い用心棒がいてそれもままならない。

「で、俺はその用心棒をやればいいのか? 話を聞いた限りじゃ、その商売敵ってのは全然悪くねえみたいだが」
「ふふふ。あなたは報酬次第でどんな仕事もこなすと聞いていますよ?」
「まあな。で、そのマトにする店と用心棒の話を教えてくれ」

 そして、オーナーが説明を始めた。
 料理は美味く、値段も良心的。以前は女将が一人で切り盛りしていたが、最近になり年若い娘が働くようになり、以前にも増して繁盛するようになっている。
 自分のチェーン店を出店したのはいいのだが、その店のおかげで思ったより収益が上がらない。少々強引な手段も使ってはみたものの、その店で働いている女の中にやたらと腕の立つ者がおり、用心棒も兼任しているようだ。

「その女用心棒というのが、かなりの怪力で、双剣を扱うそうでして」 
「……へえ~。あ、これとこれ、それからこいつとこいつを頼む」

 テンはオーナーの話を聞いているのかいないのか、適当な相槌を打ちながら次々とメニューを見ながら注文している。

「……掃除屋殿?」
「ん? ああ、聞いてるぞ。うん、これはうめえな。もう一皿くれ」

 続々と運ばれてくる料理を胃袋に流し込みながら、テンは相変わらず適当な返事をしている。

「で、俺はその用心棒を殺ればいいのか?」
「いえ。いっその事、女将もやってもらいましょうか。女将がいないとなれば、店を開くこともできないでしょうからね。ククク」

 オーナーは金縁眼鏡のポジションをツイ、と直しながら、口角を吊り上げて言った。

「……で、報酬はいくら出す?」

 声のトーンは変わらない。しかし、視線の温度は明らかに下がっている。そんなテンの異変を肌で感じ取ったオーナーは、背中にうすら寒いものを感じた。

(こ、これが『掃除屋のテン』……視線だけで人を殺せそうだ)

 それでもオーナーは、冷や汗を流しながらも胸のポケットから一枚の紙とペンを取り出した。それをテンの方へ突き出しながら言う。

「それにお好きな金額を」
「ふん」

 それを受け取ったテンは、つまらなそうな顔でさらさらと数字を書き込んでいく。

「ほれ」

 数字の記入を終えたテンが、紙を放ってよこす。ひらひらと舞ったその紙は、オーナーの前へと降下し、ピタリと止まる。

「なっ!? これはいくら何でも!」
「ま、確かにそれ払うくれえなら、真っ当な商売してた方がいいだろ」
「しかしこれでは……依頼をする意味が……」

 避難めいた視線でテンに食い下がるオーナー。しかし、テンは構わず料理を口に運ぶ。その態度にたまりかねたボディーガードの二人が、腰から何かを抜こうとする仕草を見せる。その一瞬、テンの身体から『気』のようなものが発せられた。

「――!?」

 ボディーガードの二人は、それ以上動くことができなかった。動けば死ぬ。そんな殺気が放射されたのである。

「食事中だろ? 無粋な真似すんなよな。で、オーナーさんよ。どうすんだ?」
「……この条件はあまりにも無茶だ」
「こっちも罪のない女を殺すって仕事だからな。ビタ一文負けねえよ? それが嫌なら自分でやるんだな」
「く……」

 オーナーは、眼鏡の奥から明らかに憎悪を籠った視線を投げかける。

「ん?」

 その視線を真正面から受け止めたテンは、食事の手を止めて、ツカツカとオーナーの前まで歩み寄る。

 ――ビシ!

「ふぐぉう!?」

 突如オーナーの額に浴びせられるデコピン一閃。

「い、一体何を!」

 オーナーが涙目で額を押さえながら抗議する。

「いや、だって今、デコピンして欲しそうな目で見てたろ?」
「見てない!」

 いつもの病気が炸裂だ。

「そうか、違ったのか。悪かったな」
 
 そう言って、テンはテーブルの料理に向かって左手を翳した。するとどうだろう? まるで左手に吸い込まれるように、食器ごと料理が消え去ってしまった。

「な……」

 その光景に唖然とするオーナーやボディーガードの二人、そして給仕のスタッフ。

「悪かったな。これは謝罪だ」

 次いでテンの左手からは、何もなくなったテーブルの上に何かがドサリと落とされた。いかにも重そうな革袋から覗いているのは金色に輝くもの。

「金、ですか……」
「食ったモンの倍くらいはあるだろ。で、今回の話はどうすんだ?」
「もちろん……」

 そんなテンの問いかけに、一拍おいてオーナーが答える。

「破談ですよ」
「そうか。そりゃ残念だ。じゃあ、俺はこれで」
「……後悔しますよ?」

 そうオーナーが返した時には、テンはすでに背を向けて部屋を退出していた。
 彼は憎々し気に、テンの書いた紙を見つめた。

【お前の店の経営権全部】

 金額を記入する欄にはそう書かれていた。

「達筆だな……クソがぁ!」

 やけに美しい字体がオーナーの感情を更に逆撫でする。まさかテンもそこまで計算していた訳ではないだろうが。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

女体化してしまった俺と親友の恋

無名
恋愛
斉藤玲(さいとうれい)は、ある日トイレで用を足していたら、大量の血尿を出して気絶した。すぐに病院に運ばれたところ、最近はやりの病「TS病」だと判明した。玲は、徐々に女化していくことになり、これからの人生をどう生きるか模索し始めた。そんな中、玲の親友、宮藤武尊(くどうたける)は女になっていく玲を意識し始め!?

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

家族のかたち

yoyo
大衆娯楽
16年前に失踪した妻の子ども勇を児童養護施設から引き取り、異父兄弟の兄の幸司、勇と血縁関係のない幸司の父親である広、そして勇の3人での暮らしが始まる。 この作品には、おねしょやおもらしの描写が度々出てきます。閲覧の際には十分ご注意下さい。

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

女子高校生集団で……

望悠
大衆娯楽
何人かの女子高校生のおしっこ我慢したり、おしっこする小説です

姉らぶるっ!!

藍染惣右介兵衛
青春
 俺には二人の容姿端麗な姉がいる。 自慢そうに聞こえただろうか?  それは少しばかり誤解だ。 この二人の姉、どちらも重大な欠陥があるのだ…… 次女の青山花穂は高校二年で生徒会長。 外見上はすべて完璧に見える花穂姉ちゃん…… 「花穂姉ちゃん! 下着でウロウロするのやめろよなっ!」 「んじゃ、裸ならいいってことねっ!」 ▼物語概要 【恋愛感情欠落、解離性健忘というトラウマを抱えながら、姉やヒロインに囲まれて成長していく話です】 47万字以上の大長編になります。(2020年11月現在) 【※不健全ラブコメの注意事項】  この作品は通常のラブコメより下品下劣この上なく、ドン引き、ドシモ、変態、マニアック、陰謀と陰毛渦巻くご都合主義のオンパレードです。  それをウリにして、ギャグなどをミックスした作品です。一話(1部分)1800~3000字と短く、四コマ漫画感覚で手軽に読めます。  全編47万字前後となります。読みごたえも初期より増し、ガッツリ読みたい方にもお勧めです。  また、執筆・原作・草案者が男性と女性両方なので、主人公が男にもかかわらず、男性目線からややずれている部分があります。 【元々、小説家になろうで連載していたものを大幅改訂して連載します】 【なろう版から一部、ストーリー展開と主要キャラの名前が変更になりました】 【2017年4月、本幕が完結しました】 序幕・本幕であらかたの謎が解け、メインヒロインが確定します。 【2018年1月、真幕を開始しました】 ここから読み始めると盛大なネタバレになります(汗)

結婚して四年、夫は私を裏切った。

杉本凪咲
恋愛
パーティー会場を静かに去った夫。 後をつけてみると、彼は見知らぬ女性と不倫をしていた。

夫が大人しめの男爵令嬢と不倫していました

hana
恋愛
「ノア。お前とは離婚させてもらう」 パーティー会場で叫んだ夫アレンに、私は冷徹に言葉を返す。 「それはこちらのセリフです。あなたを只今から断罪致します」

処理中です...