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第四章 スクーデリア争乱
ブリタ―領からの依頼
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「それじゃあ元気でやれよ」
師匠シンディの別れの言葉はたったそれだけだった。様々な想いを詰め込んだ一言は重くなる。もしかしたらそれが今生の別れとなるかもしれない。だから敢えて、シンディは『また明日な』とでもいうくらい簡単で、さらりとした別れの言葉を告げた。
またそれをシンディらしいと思う弟子達四人も、『またねー』くらいの軽い返事で別れた。最強の師匠が死ぬ事など考えられないし、自分達も死ぬなどとは欠片も考えていないからこそだろう。
それにシンディならば多くを語らなくても養成学校の仲間達をきっちり鍛え上げてくれるだろう。そんな完全な信頼感があった。
往路と同じく、復路もジルの商隊を護衛したアストレイズは、十日程かけてピットアインに帰還した。
屋敷の門の前でジル達と別れ、門をくぐり厩舎に馬を繋ぐ。そこにギルド事務所からハナが駆けて来た。
「はっ、はっ、はぁ、皆様お帰りなさいませ!」
余程急いで走ったのか、息を整えながらも笑顔でに声を掛ける。
「おう、帰ったぜ! で、どうしたんだ、そんなに急いで?」
チューヤが軽く手を上げて応えると、ハナはそれに対してペコリと頭を下げる。
「ご帰還されたばかりでお疲れのところ申し訳ないのですが、すぐ事務所に来ていただけませんか?」
ハナの様子から余程重要な案件がある事が分かる。四人は顔を見合わせてから事務所へと向かった。事務所に入ると、事務作業をしていたキクも四人を迎えた。
「お帰りなさい! 実は重要な依頼が入っていまして……こちらを」
そう言って依頼表を手渡した。受け取ったチューヤがさらりと目を通し、それをマリアンヌが覗き込む。
「ああ、こりゃ俺とマリはおまけだな。メインはお前らの方だ」
「?」
さらにチューヤがカールに依頼表を渡すと、カールが顎に手を当てながら熟読する。
「なるほど……やはり父上のところで受け入れるようだな」
依頼表の中身はこうだ。
【ブリタ―領にて居住区拡張の工事を行うため助力を乞う。拘束期間は完了まで。同時に作業中の護衛も依頼に含まれる】
他にも詳細な報酬や待遇なども書かれていたが、移民の受け入れなどの件は一切記述がない。にも拘わらずカールはそれを見越した拡張工事だろうと予想した。
「タイミング的にもそうだわね。それにスクーデリアからの人達ならちょうどいいんじゃないかしら? あたしやマリの両親もいるし」
スージィも同様の予測を立てていた。カールの手前口には出さなかったが、スナイデルは子爵という肩書きを持ったにも関わらず、領地を加増されるなどの恩賞は貰っていない。つまり爵位と持っている力が釣り合っていないのだ。
「あいつらが一族郎党全部連れて来たら、最低でも百人以上の規模になるだろ。今カールのおやっさんは村三つを領有してるがよ、子爵の割には小規模だ。ここらでどーんとデカくするのもいいじゃねえか」
「そうだね! 今夜一晩休んで明日は一日準備、明後日出発でどう?」
スージィが敢えて口に出さなかった事をさっくりと言い放ったチューヤに、天真爛漫なマリアンヌが同意する事で微妙な空気になる事は回避された。そして依頼を受ける旨を伝えるようキクに指示を出し、引き続きギルドへ来た依頼は傭兵組合へ回す手配をしておくよう付け加えて、四人とマンセルは屋敷に戻り旅の疲れを癒した。
翌日はミラとマンセルが四人分の旅支度を整えるために外出し、アストレイズの四人は思い思いに休日となった一日を過ごす。
チューヤは黙々と基礎体力を上げるためのトレーニング。纏魔をより強力にしていくためには体力、魔力のみならず、身体の頑丈さも不可欠になる。
カールは以前の魔人騒動で王立図書館とのパイプが出来た事で手に入れた、魔法に関する書物を読み漁っていた。シンディとの模擬戦で明らかになった、自分の切り札である雷撃魔法の精度の低さをどうにかカバーしようという意図が窺える。
マリアンヌは盗賊から強奪して以来自分達の乗馬にしている四頭の世話をしていた。自分を強者と認めたのか、四頭はとても懐いており、かいがいしく世話をするマリアンヌの表情にも笑顔が溢れる。以前の暗く目立たない少女の面影はもうどこにもない。
スージィは庭に出て、魔法の多重行使の訓練に勤しんでいる。彼女には自覚があった。四人の中で一番普通なのは自分だと。それならば自分が出来る事を極限まで高めていこう。魔人が単発の魔法を全て無効化するのならば、魔人が手に負えない程の手数で圧倒してやる。その結果導き出した答えの一つが魔法の多重行使だった。
「皆様精がでますな」
「ほんとそうですねぇ~」
「魔人とはそれほどのものなのですか?」
買い出しを終えたミラが屋敷の窓から外を眺めれば、ストイックに訓練するチューヤや、色々と試行錯誤しているスージィの姿が見える。そんなミラに気付いたマンセルが話しかけた。
ミラは魔人との戦闘の際、現地付近にいた。それでマンセルは彼女に意見を求めた。
「んー、チューヤ様の怪我の具合から見ても、私では一分ももたずにやられちゃうかもですね。纏魔を貫いてあれほどのダメージを与えるなんて……」
「ふむ……ミラ、今回も皆様とご一緒して身の回りのお世話をして差し上げなさい」
「はい!」
変異種や人間相手の戦闘ならともかく、魔人相手では自分の出番は恐らくあるまい。それならば強くなろうとする若者達のバックアップは自分が請け負う。そう考え、マンセルはミラにアストレイズの遠征に同行させる事にした。
師匠シンディの別れの言葉はたったそれだけだった。様々な想いを詰め込んだ一言は重くなる。もしかしたらそれが今生の別れとなるかもしれない。だから敢えて、シンディは『また明日な』とでもいうくらい簡単で、さらりとした別れの言葉を告げた。
またそれをシンディらしいと思う弟子達四人も、『またねー』くらいの軽い返事で別れた。最強の師匠が死ぬ事など考えられないし、自分達も死ぬなどとは欠片も考えていないからこそだろう。
それにシンディならば多くを語らなくても養成学校の仲間達をきっちり鍛え上げてくれるだろう。そんな完全な信頼感があった。
往路と同じく、復路もジルの商隊を護衛したアストレイズは、十日程かけてピットアインに帰還した。
屋敷の門の前でジル達と別れ、門をくぐり厩舎に馬を繋ぐ。そこにギルド事務所からハナが駆けて来た。
「はっ、はっ、はぁ、皆様お帰りなさいませ!」
余程急いで走ったのか、息を整えながらも笑顔でに声を掛ける。
「おう、帰ったぜ! で、どうしたんだ、そんなに急いで?」
チューヤが軽く手を上げて応えると、ハナはそれに対してペコリと頭を下げる。
「ご帰還されたばかりでお疲れのところ申し訳ないのですが、すぐ事務所に来ていただけませんか?」
ハナの様子から余程重要な案件がある事が分かる。四人は顔を見合わせてから事務所へと向かった。事務所に入ると、事務作業をしていたキクも四人を迎えた。
「お帰りなさい! 実は重要な依頼が入っていまして……こちらを」
そう言って依頼表を手渡した。受け取ったチューヤがさらりと目を通し、それをマリアンヌが覗き込む。
「ああ、こりゃ俺とマリはおまけだな。メインはお前らの方だ」
「?」
さらにチューヤがカールに依頼表を渡すと、カールが顎に手を当てながら熟読する。
「なるほど……やはり父上のところで受け入れるようだな」
依頼表の中身はこうだ。
【ブリタ―領にて居住区拡張の工事を行うため助力を乞う。拘束期間は完了まで。同時に作業中の護衛も依頼に含まれる】
他にも詳細な報酬や待遇なども書かれていたが、移民の受け入れなどの件は一切記述がない。にも拘わらずカールはそれを見越した拡張工事だろうと予想した。
「タイミング的にもそうだわね。それにスクーデリアからの人達ならちょうどいいんじゃないかしら? あたしやマリの両親もいるし」
スージィも同様の予測を立てていた。カールの手前口には出さなかったが、スナイデルは子爵という肩書きを持ったにも関わらず、領地を加増されるなどの恩賞は貰っていない。つまり爵位と持っている力が釣り合っていないのだ。
「あいつらが一族郎党全部連れて来たら、最低でも百人以上の規模になるだろ。今カールのおやっさんは村三つを領有してるがよ、子爵の割には小規模だ。ここらでどーんとデカくするのもいいじゃねえか」
「そうだね! 今夜一晩休んで明日は一日準備、明後日出発でどう?」
スージィが敢えて口に出さなかった事をさっくりと言い放ったチューヤに、天真爛漫なマリアンヌが同意する事で微妙な空気になる事は回避された。そして依頼を受ける旨を伝えるようキクに指示を出し、引き続きギルドへ来た依頼は傭兵組合へ回す手配をしておくよう付け加えて、四人とマンセルは屋敷に戻り旅の疲れを癒した。
翌日はミラとマンセルが四人分の旅支度を整えるために外出し、アストレイズの四人は思い思いに休日となった一日を過ごす。
チューヤは黙々と基礎体力を上げるためのトレーニング。纏魔をより強力にしていくためには体力、魔力のみならず、身体の頑丈さも不可欠になる。
カールは以前の魔人騒動で王立図書館とのパイプが出来た事で手に入れた、魔法に関する書物を読み漁っていた。シンディとの模擬戦で明らかになった、自分の切り札である雷撃魔法の精度の低さをどうにかカバーしようという意図が窺える。
マリアンヌは盗賊から強奪して以来自分達の乗馬にしている四頭の世話をしていた。自分を強者と認めたのか、四頭はとても懐いており、かいがいしく世話をするマリアンヌの表情にも笑顔が溢れる。以前の暗く目立たない少女の面影はもうどこにもない。
スージィは庭に出て、魔法の多重行使の訓練に勤しんでいる。彼女には自覚があった。四人の中で一番普通なのは自分だと。それならば自分が出来る事を極限まで高めていこう。魔人が単発の魔法を全て無効化するのならば、魔人が手に負えない程の手数で圧倒してやる。その結果導き出した答えの一つが魔法の多重行使だった。
「皆様精がでますな」
「ほんとそうですねぇ~」
「魔人とはそれほどのものなのですか?」
買い出しを終えたミラが屋敷の窓から外を眺めれば、ストイックに訓練するチューヤや、色々と試行錯誤しているスージィの姿が見える。そんなミラに気付いたマンセルが話しかけた。
ミラは魔人との戦闘の際、現地付近にいた。それでマンセルは彼女に意見を求めた。
「んー、チューヤ様の怪我の具合から見ても、私では一分ももたずにやられちゃうかもですね。纏魔を貫いてあれほどのダメージを与えるなんて……」
「ふむ……ミラ、今回も皆様とご一緒して身の回りのお世話をして差し上げなさい」
「はい!」
変異種や人間相手の戦闘ならともかく、魔人相手では自分の出番は恐らくあるまい。それならば強くなろうとする若者達のバックアップは自分が請け負う。そう考え、マンセルはミラにアストレイズの遠征に同行させる事にした。
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もっとちゃんと感想を書けばよかったって後悔しています。
こんな形で感想のやり取りをみるのが辛いです。
おそくなるけれど、少しづつ感想を書けたらと思います。
今までありがとうございました。ご冥福をお祈りします。
シンディお師匠とは一旦お別れですね。また会えると信じて、新しい依頼をこなさないとですね!事件の予感しかしませんが…
な、ななな何を言うのかね
今回はしんみりしたお話でしたね。シンディ師匠が一緒に居れないのは寂しいですね〜
みんなシンディ大好きすぎてw