上 下
124 / 160
三章 ギルド

魔族対策

しおりを挟む
 パーソン商会が持ち込んだ資材と人員、それに護衛人員は、テキパキとイングラ村の整備にあたり、男爵領の領主館としてはかなり立派なものを建築していた。
 村の背後の山の中腹、しかも背後は崖になっている場所を選び、村全体を見下ろせるようになった。
 スージィが造った防壁の外側は大草原が広がっており、牧羊に使うだけでは有り余る面積がある。これを有効活用しない手はないと、羊だけではなく馬や牛、さらには農地を拡張しようという計画も持ち上がっている。
 ただし現状は人口が少なすぎるのだが、それについてはジルに考えがあるらしい。

「それでは我々は失礼します。私の部下達はスナイデル卿が好きに使っていただいて構いませんので」

 ジルがそう言って箱馬車に乗り込んだ。次いでアストレイズのメンバーが。最後に父親に会釈したカールが乗り込むと、ミラが御者席で馬にムチを当てた。
 スナイデル男爵は村を去って行く箱馬車に向かって長い間頭を下げて見送った。

「君達が盗賊から奪った馬は、護衛達が村から戻る時の足にさせてもらう。しばらく貸してくれたまえ」

 ジルがそう言いながら、煙管の煙をくゆらせる。
 四人がそれぞれ問題ないと同意した。それからピットアインへの帰路は特に問題もなく、無事に彼等の屋敷に帰り着いた。

▼△▼
 
 それから更に数日後、ジルが荷馬車を一台率いてアストレイズの屋敷を訪れていた。

「それはそうと、マリアンヌ君はこの数日チューヤと特訓してたようだね。なにか掴めたかい?」

 イングラ村での空き時間や、屋敷に戻ってからも、マリアンヌは少しでも強くなろうと努力していた。その事はジルも報告を受けていて、その進捗が気になっていたところだ。
 イングラ村から戻って来てからもギルドに小さな依頼は入っていたが、どれも害獣駆除などの比較的簡単なもので、そちらはカールとスージィのコンビで片付けていた。その間も、マリアンヌはチューヤを相手に特訓していた訳だ。

「うーん、だいぶ魔力量も上がってきて、身体強化も中々のモンっすね。ただ、流石に纏魔てんまに至るのは無理みたいっす」
「そうだろうね。私の知る限りでは君とシンシアくらいのものだよ。纏魔の使い手は」

 たった一人で敵部隊を殲滅させ、軍では低級士官、出自は平民のシンディが国の超重要人物になっている事から、その希少性と重要性が分かろうというもの。
 僅かばかりの期間を訓練につぎ込んだとて、そう簡単に会得出来るものではない。それを自力で、しかも理論も何もない状態で力尽くで発動させたチューヤが規格外なのだ。

「それでも、頑張ってるマリアンヌ君に何かいいものはないかと探したんだがね」

 ジルはそう言いながら、木製のケースをテーブルに置いた。そしてそれを開くようにマリアンヌに勧めてきた。

「これは?」

 ケースを開くと、そこにはクロスボウが納められていた。クロスボウ自体は特に珍しい武器ではないが、威力を出す為に速射性を犠牲にしているので、あまり使い手は見かけない。
 また、ジルが持ち込んだのはかなり大型のもので、全長一メートルを優に超える。その長さ故に片手で扱うのは難しい。左手で支え右手はグリップを握り、そのグリップにトリガーがあり、トリガーを引く事で発射する。
 また発射時に安定させるため、肩に当てる為のストックがある。明らかに長距離狙撃用に作られたものだ。また、弓弦を引くためのハンドルが側面に付いており、そのハンドルを回すと滑車が動き、弓弦を引く構造になっているようだ。

「これは弓弦に変異種の筋を使っていてね。なんと有効射程は五百メートルを超える……らしい」
「なんだ、歯切れが悪ィな」

 クロスボウを説明するジルが苦笑している。チューヤがそれを怪訝な表情で突っ込むと、彼女は開き直って言った。

「そもそも弓弦が強すぎて、常人じゃあハンドルを回す事しか出来ない。身体強化が出来る人間ならワンチャンあるだろうけど、じゃあ五百メートル先の標的が見えるかい?」
「ああ……そっか」

 つまりはそういう事だ。射程距離が長くても普通の人間では標的が見えない。ジルが掛けているモノクルのように、レンズで拡大してものを見る技術が無い訳ではないが、倍率の高いものは高価すぎて出回っていないのが実情だ。

「そんな訳で、画期的ではあるが使い手がいなくてお蔵入りになっていたコイツを思い出してね」
「これが矢か?」

 箱の中には矢のような物が十本程並べられていたが、普通の弓に使うものとは若干違う。

「これはボルトと言ってね。クロスボウ専用に使うものさ。やじりが無い代わりに鋼鉄の棒の先を鋭く尖らせている。そこそこ重量もあるから貫通力も高いよ。ただ、抜けやすいがね」

 ジルがそう言って苦笑する。ボルトを作るのにはかなり精度の高い仕事が要求されるようで、職人からはなるべく回収して再利用するように言われているのだと、ジルは頭を掻いた。

「マリ、ちょっと試してみたらどうだ?」
「うん! そうだね!」

 マリアンヌがケースからクロスボウを取り出した。底面には五本のボルトを装着できるホルダーがあるが、今回は試射用に一本だけ持ち出した。
 本体は木製だが、弓の部分は硬いが良くしなる、金属でも木でもない、よく分からない材質。弓弦は変異種の筋繊維を束ねたものだ。

「うわ、おもっ!」

 マリアンヌが試しにハンドルを回そうとするが、あまりの重さにピクリとも動かない。そして次は身体強化を掛けてハンドルを回す。カタカタと滑車が回り始めると、ギリリと弓弦は引き絞られた。所定の位置まで引くと、カチリとハマる音がする。
 そしてボルトをセットせずに、そのまま構えて狙いを定めるポーズを取った。呼吸を整えてトリガーを引く。
 
 ――バシュン!

「おっとぉ!」

 思いのほか発射の衝撃が大きかったのか、マリアンヌが驚きの表情を浮かべた。そしてニヤリと笑みを浮かべる。

「今度はボルトをセットして撃ってみるね」

 マリアンヌは一本だけ持ち出してきたボルトをセットした。

 
しおりを挟む
感想 103

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

性転のへきれき

廣瀬純一
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

俺、貞操逆転世界へイケメン転生

やまいし
ファンタジー
俺はモテなかった…。 勉強や運動は人並み以上に出来るのに…。じゃあ何故かって?――――顔が悪かったからだ。 ――そんなのどうしようも無いだろう。そう思ってた。 ――しかし俺は、男女比1:30の貞操が逆転した世界にイケメンとなって転生した。 これは、そんな俺が今度こそモテるために頑張る。そんな話。 ######## この作品は「小説家になろう様 カクヨム様」にも掲載しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

いや、自由に生きろって言われても。

SHO
ファンタジー
☆★☆この作品はアルファポリス様より書籍化されます☆★☆ 書籍化にあたってのタイトル、著者名の変更はありません。 異世界召喚に巻き込まれた青年と召喚された張本人の少女。彼等の通った後に残るのは悪人の骸…だけではないかも知れない。巻き込まれた異世界召喚先では自由に生きるつもりだった主人公。だが捨て犬捨て猫を無視出来ない優しさが災い?してホントは関わりたくない厄介事に自ら巻き込まれに行く。敵には一切容赦せず、売られたケンカは全部買う。大事な仲間は必ず守る。無自覚鈍感最強ヤローの冒険譚を見よ! ◎本作のスピンオフ的作品『職業:冒険者。能力:サイキック。前世:日本人。』を並行連載中です。気になった方はこちらも是非!*2017.2.26完結済です。 拙作をお読み頂いた方、お気に入り登録して頂いた皆様、有難う御座います! 2017/3/26本編完結致しました。 2017/6/13より新展開!不定期更新にて連載再開! 2017/12/8第三部完結しました。

処理中です...