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三章 ギルド
見えざる敵
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チューヤが完全に回復するまでさらに三日。その間マリアンヌが彼に付き添い、カールとスージィはバーサク・シープの残党を探して村の周囲を調査していた。
「どうやら、この間の襲撃の時に全戦力を出してきたみたいね。この周辺にはバーサク・シープは見当たらなかったわ」
「うむ。虫や小動物の変異種は散見されたが、あの程度ならば普通にいるだろうというレベルだ」
調査から戻ったスージィとカールがそう報告した。
「というか、あんたはどうしてそんなに放心状態なのよ」
そんな中で、部屋の隅で三角座りをしながら魂が抜けたような顔をしているチューヤが気にかかり、スージィが声を掛ける。しかしチューヤからは返事は無く、代わりにマリアンヌが苦笑していた。
「あはは……実はチューヤが意識を失っている間のお世話をボクがしてたって話したら、ね」
「? マリがどうしてもって言うからそうしたけど、何か問題があった?」
「いやあ、その、えへへへ……」
そんなマリアンヌとスージィのやり取りだが、マリアンヌの方はどこか嬉しさを隠し切れずにニヨニヨとしている。
「貴様はマリに介護されるのがそんなに不満だったのか」
カールが放心状態のチューヤにそう声を掛けた。
「別に不満とかはねえよ。むしろ感謝してらあ。けどよ、てめえに俺の気持ちが分かるか?」
「何がだ?」
「俺はよ、俺の知らねえうちに……俺が動けねえのをいい事に!」
そこまで言ってチューヤはふさぎ込んでしまう。
「マリ? あんたまさか……」
スージィが責めるようにマリアンヌを見る。
「うん! もちろん身体を拭いたり着替えさせたり、シモのお世話もちゃんとやったよ!」
「「ああ……」」
満面の笑みでそう語るマリアンヌに、二人は憐れみの表情でチューヤを見る。そしてカールが彼の所まで歩み寄り、目線の高さを合わせてポンと肩を叩いた。
「済まなかった。お前は人間の尊厳を失っていたのだな。心より哀悼の意を表する」
「こらカール! チューヤはまだ死んでないでしょ!」
「いや、男として、人間として死んだも同じだ」
そんなカールとスージィのやり取りを余所に、マリアンヌもチューヤに歩み寄った。
「ねえ、ボクがお世話するの、迷惑だった?」
「い、いや、そんな事ぁねえ。むしろ感謝してる。してるんだが、その、恥ずかしいというかだな……」
瞳をうるうるさせながらのマリアンヌに、視線を泳がせながらチューヤが答える。
「そっか、じゃあ問題ないね!」
「いや、俺的にはもうお婿に行けないというか」
「そっか、じゃあ問題ないね!」
「なんで!?」
マリアンヌは自らの身体を盾にして守ってくれたチューヤに対して報いたい。そしてそんな彼の弱った姿を誰にも見せたくない。そんな思いからの行動であり、邪な気持ちなど一片も無かった。それに、チューヤが恥ずかしいと言うのならば、それは自分も同様だ。彼に助けられた際に二度も失禁した現場を見られている。
「ボクだってチューヤのせいでお嫁さんに行けないもん。だからチューヤがボクをお嫁さんに貰って、ボクがチューヤをお婿さんにすれば丸く収まるね!」
「ちょっとチューヤ、あんたまさか……」
「貴様……」
飛び出したマリアンヌの爆弾発言にその場が騒然とする。
「まて! 俺は何もやってねえ!」
――コンコン
「失礼する」
チューヤが弁解しようとするタイミングでノックの音。ややおいて扉が開くとアンドリューとジョージが顔を覗かせた。
「……取り込み中か? 後にしようか?」
「いや! 大丈夫だ! 是非入ってくれ!」
微妙な空気を察したアンドリューがそう言うが、チューヤが無理矢理中に招き入れた。
「そ、そうか。いや、例の盗賊が口を割ったんでな、報告に来たんだ」
アンドリューの言葉に、緩んでいた――いや、ある意味緊迫していた室内の空気がシリアスなものに変わる。
「知っての通り、ここは辺鄙な村だが羊毛の取引でそれなりに商人の往来がある。それゆえに、この規模の村にしては珍しく、俺達官憲が常駐してるんだ」
「ええ、そのせいもあって、ピットアインをはじめとした大きな街との道中に盗賊が出る事は珍しいのです」
アンドリューに続いてジョージが説明をする。
「しかし奴らは知っていました。領主が数日不在になる事で、憲兵や領軍が手薄になる事を」
領軍と言ってもこの僅かに村が三つ。規模も百人いるかいないか、その程度の軍だろうが、それでもいるといないとでは盗賊にとって大きな違いだ。
「もちろん盗賊も情報収集に長けた連中であれば領主不在なのを知っていてもおかしくはないですが、連中はあの四人だけで、どこか大きな盗賊団に入っている訳ではないらしいのです」
「組織的に動いている盗賊団ならともかく、そうではない少人数の盗賊が知っているのは無理があるという事か……」
ジョージの報告を受けてカールが表情をしかめた。
小さな領地とは言え、戦力がほぼゼロの状態になるという事は非常に重要な機密事項だ。今のように盗賊団のターゲットになる事も考えられるし、最悪の場合は他国の侵略を受ける可能性もある。そんな情報を盗賊達はどこで得たのか。
「捕らえている奴らによれば、そこら中の酒場や街中で、ここの領主が代わる事や、数日間戦力が空白になるって事を吹聴してる連中がいたって話だ」
「なるほど。新しい領主殿は早速敵だらけのようだな」
アンドリューの話にカールが呟く。
赴任前の新領主に初めからダメージを与えたい何者かがいるのはほぼ間違いない。しかも自らは手を汚さずに噂を吹聴しただけだ。あとは欲にまみれた盗賊なり敵対勢力が勝手にやらかしてくれる。
「結構姑息で小賢しい野郎だな。魔族のヤツは自爆しちまったし、持て余してたトコだ。ブッ飛ばしてやンぜ」
チューヤが盗賊顔負けの凶悪な表情でそう言った。
「どうやら、この間の襲撃の時に全戦力を出してきたみたいね。この周辺にはバーサク・シープは見当たらなかったわ」
「うむ。虫や小動物の変異種は散見されたが、あの程度ならば普通にいるだろうというレベルだ」
調査から戻ったスージィとカールがそう報告した。
「というか、あんたはどうしてそんなに放心状態なのよ」
そんな中で、部屋の隅で三角座りをしながら魂が抜けたような顔をしているチューヤが気にかかり、スージィが声を掛ける。しかしチューヤからは返事は無く、代わりにマリアンヌが苦笑していた。
「あはは……実はチューヤが意識を失っている間のお世話をボクがしてたって話したら、ね」
「? マリがどうしてもって言うからそうしたけど、何か問題があった?」
「いやあ、その、えへへへ……」
そんなマリアンヌとスージィのやり取りだが、マリアンヌの方はどこか嬉しさを隠し切れずにニヨニヨとしている。
「貴様はマリに介護されるのがそんなに不満だったのか」
カールが放心状態のチューヤにそう声を掛けた。
「別に不満とかはねえよ。むしろ感謝してらあ。けどよ、てめえに俺の気持ちが分かるか?」
「何がだ?」
「俺はよ、俺の知らねえうちに……俺が動けねえのをいい事に!」
そこまで言ってチューヤはふさぎ込んでしまう。
「マリ? あんたまさか……」
スージィが責めるようにマリアンヌを見る。
「うん! もちろん身体を拭いたり着替えさせたり、シモのお世話もちゃんとやったよ!」
「「ああ……」」
満面の笑みでそう語るマリアンヌに、二人は憐れみの表情でチューヤを見る。そしてカールが彼の所まで歩み寄り、目線の高さを合わせてポンと肩を叩いた。
「済まなかった。お前は人間の尊厳を失っていたのだな。心より哀悼の意を表する」
「こらカール! チューヤはまだ死んでないでしょ!」
「いや、男として、人間として死んだも同じだ」
そんなカールとスージィのやり取りを余所に、マリアンヌもチューヤに歩み寄った。
「ねえ、ボクがお世話するの、迷惑だった?」
「い、いや、そんな事ぁねえ。むしろ感謝してる。してるんだが、その、恥ずかしいというかだな……」
瞳をうるうるさせながらのマリアンヌに、視線を泳がせながらチューヤが答える。
「そっか、じゃあ問題ないね!」
「いや、俺的にはもうお婿に行けないというか」
「そっか、じゃあ問題ないね!」
「なんで!?」
マリアンヌは自らの身体を盾にして守ってくれたチューヤに対して報いたい。そしてそんな彼の弱った姿を誰にも見せたくない。そんな思いからの行動であり、邪な気持ちなど一片も無かった。それに、チューヤが恥ずかしいと言うのならば、それは自分も同様だ。彼に助けられた際に二度も失禁した現場を見られている。
「ボクだってチューヤのせいでお嫁さんに行けないもん。だからチューヤがボクをお嫁さんに貰って、ボクがチューヤをお婿さんにすれば丸く収まるね!」
「ちょっとチューヤ、あんたまさか……」
「貴様……」
飛び出したマリアンヌの爆弾発言にその場が騒然とする。
「まて! 俺は何もやってねえ!」
――コンコン
「失礼する」
チューヤが弁解しようとするタイミングでノックの音。ややおいて扉が開くとアンドリューとジョージが顔を覗かせた。
「……取り込み中か? 後にしようか?」
「いや! 大丈夫だ! 是非入ってくれ!」
微妙な空気を察したアンドリューがそう言うが、チューヤが無理矢理中に招き入れた。
「そ、そうか。いや、例の盗賊が口を割ったんでな、報告に来たんだ」
アンドリューの言葉に、緩んでいた――いや、ある意味緊迫していた室内の空気がシリアスなものに変わる。
「知っての通り、ここは辺鄙な村だが羊毛の取引でそれなりに商人の往来がある。それゆえに、この規模の村にしては珍しく、俺達官憲が常駐してるんだ」
「ええ、そのせいもあって、ピットアインをはじめとした大きな街との道中に盗賊が出る事は珍しいのです」
アンドリューに続いてジョージが説明をする。
「しかし奴らは知っていました。領主が数日不在になる事で、憲兵や領軍が手薄になる事を」
領軍と言ってもこの僅かに村が三つ。規模も百人いるかいないか、その程度の軍だろうが、それでもいるといないとでは盗賊にとって大きな違いだ。
「もちろん盗賊も情報収集に長けた連中であれば領主不在なのを知っていてもおかしくはないですが、連中はあの四人だけで、どこか大きな盗賊団に入っている訳ではないらしいのです」
「組織的に動いている盗賊団ならともかく、そうではない少人数の盗賊が知っているのは無理があるという事か……」
ジョージの報告を受けてカールが表情をしかめた。
小さな領地とは言え、戦力がほぼゼロの状態になるという事は非常に重要な機密事項だ。今のように盗賊団のターゲットになる事も考えられるし、最悪の場合は他国の侵略を受ける可能性もある。そんな情報を盗賊達はどこで得たのか。
「捕らえている奴らによれば、そこら中の酒場や街中で、ここの領主が代わる事や、数日間戦力が空白になるって事を吹聴してる連中がいたって話だ」
「なるほど。新しい領主殿は早速敵だらけのようだな」
アンドリューの話にカールが呟く。
赴任前の新領主に初めからダメージを与えたい何者かがいるのはほぼ間違いない。しかも自らは手を汚さずに噂を吹聴しただけだ。あとは欲にまみれた盗賊なり敵対勢力が勝手にやらかしてくれる。
「結構姑息で小賢しい野郎だな。魔族のヤツは自爆しちまったし、持て余してたトコだ。ブッ飛ばしてやンぜ」
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