上 下
104 / 160
三章 ギルド

バーサク・シープ

しおりを挟む
「マリ! 馬を頼んだ!」
「うん!」

 チューヤは手綱をマリアンヌに任せ、走っている馬から飛び降り前転して衝撃を殺す。それだけでも身体能力の高さを窺わせるが、背中の愛剣『シンシア』を抜くと刃に炎の魔力を纏わせた。これが纏魔てんまの真骨頂である魔法剣だ。ここまでの動作が途轍もなく速い。
 元々使い手が少ない纏魔だが、チューヤのように外部に魔法を放てないというタイプはさらに珍しい。師匠であるシンディは魔法の腕も超一流の纏魔の使い手であり、そういった才能に恵まれた者に発現するケースが殆どだからだ。しかしチューヤは有り余る保有魔力で強引に発現させてしまった。
 そして纏魔のもう一つの性能とでも言えるのが魔法の吸収だ。吸収というのは語弊があるかもしれないが、纏魔を発動した状態で魔法攻撃を喰らいながらも耐えきる。それにより、その属性魔法を身体が覚えてしまうというものだ。
 しかしチューヤの場合はせっかく身体が覚えた属性魔法も、魔法陣を生成して魔法を発動させるという能力がない。それゆえに落ちこぼれクラスに編入された訳だ。
 それでもそれを補うのが纏魔というレアスキルで、覚えた属性魔法を身に纏ったり手にした武器に纏わせたりする事が出来る。もっとも、並の武器では強度を高めるのが関の山なのだが、魔法剣という技を十全に発揮できるのが魔剣『シンシア』なのだ。

「おらあああああ!」

 チューヤは炎を纏わせた刃を縦に振り下ろす。すると、羊の変異種と村との間に一条の炎が奔った。
 ゴウッ! と音をたてて燃え上がる炎の壁は、これ以上変異種の侵入を許さない。しかしすでに侵入してしまった変異種は角を突き立て突進し、村人を襲っている。

「マリ! 中に入っちまったヤツを頼めるか!?」
「任せて!」


 外見はモコモコとした羊毛に包まれた巨大な羊だが、その羊毛は変異によって鎧と化しているという。武器による攻撃も魔法も、打撃や斬撃といった攻撃ならば身体に届く前に衝撃を殺してしまう。
 しかし弱点が無い訳ではない。それは頭部だ。マリアンヌの動体視力と身体強化ならばピンポイントで眉間に一撃食らわせる事も可能だろう。そう踏んだチューヤは村落に入ってしまった変異種をマリアンヌに任せ、自分は炎の壁の外にいる変種達に対峙した。

「……二十頭ってトコか? 聞いてたより少ねえな。まあいいか。ブッ飛ばす!」
『メエェェェ……』

 羊の変異種――バーサク・シープが威嚇するように低い唸り声を上げる。身体が大きいだけではなく、くるりと巻いた角の先端が鋭く前方を向いている。より攻撃的に変異したか。
 そのバーサク・シープが一斉にチューヤを見て前脚でカツカツと地面を掻く。これから突進するぞ、の合図だ。種族の習性とでも言うか、群れが纏まって行動するあたりはまさに羊で、全てが密集しながら突っ込んできた。

「へっ、バカヤロウが」

 チューヤは笑みを浮かべながら『シンシア』を横に一閃する。もちろんただ剣を振っただけではない。そこから発せられたのは水属性の氷の斬撃だった。
 チューヤとバーサク・シープとの間の地面が凍り付く。先頭を切っていたバーサク・シープが足を滑らせて転倒すると、それに躓いた後続も次々と転倒していく。中には難を逃れてチューヤに迫る個体もいるが。

「けっ! 黙ってコケてりゃいいのによ」

 今度は属性魔法は使わず、純粋な纏魔による剣と身体の強化。途轍もないスピードとパワー、そして切れ味と硬度。その全てが凝縮された斬撃は、容易くバーサク・シープの首を落としていく。刃物が通らないと言われていた羊毛に守られた首が、まるで抵抗なく斬られていく。

「おらおら! 次行くぞ次!」

 足場を凍らされて思うように動けないバーサク・シープに容赦なく斬撃を加えていく。七頭ほど倒しただろうか。そこでチューヤを脅威と認識したのかバーサク・シープが反転して逃げ出していく。纏魔起動中のチューヤならば追い付けないスピードではないが、ここは村の中を優先すべきとの判断で追撃を諦め、炎の壁を消火し村の中へ向かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

処理中です...