上 下
94 / 160
三章 ギルド

チューヤの自信

しおりを挟む
 食事を終えて一同が外に出る。日はとうにに暮れ、辺りは闇。

「ほっほっほ。この暗闇ならば、このロートルにも少しは勝機がありますかな」
「ふん。俺は数分も立っていられる自信がねえよ」

 マンセルとチューヤのやり取りを聞いて驚いたのはカールだ。

(ヤツが自信がないだと?)

 チューヤはいつでも自信満々で、己が負けるなどとは露程も思っていない。相手が如何に強くてもだ。それが自分は勝てないと明言している。これはチューヤを良く知るカールも初めての事だ。

「それでは始めますかな」
「おう、いつでもいいぜ」

 マンセルもチューヤも互いに素手だ。向かい合った二人が身体をリラックスさせるように力を抜く。しかしそれはどのような動きにも対処できるように自然体になったに過ぎない。

 ――!?

 直後、マンセルの気配が消えた。並外れた動体視力を持つチューヤも、離れた場所で見ていたカールも、その姿を追う事が出来なかった。

「チューヤ様の後ろに移動しましたよ?」

 カールの隣で二人を見ていたミラがそう語る。

「君には見えるのか!?」
「はい。ここからなら辛うじて。でもチューヤ様のように目の前にいたんじゃ無理ですねー」

 自分が見えなかったものをミラが見えていた事にカールは驚愕する。これは条件次第ではこの少女に勝てない事を意味しているのだ。

「離れた場所ならより広範囲を見渡せますから、『辛うじて』なんです。目の前にいると、どうしても相手を注視しちゃうじゃないですか」
「なるほど。自ら視界を狭めている訳か」
「そうです。良く見ようとすればするほどですね!」

 こうして会話を交わしているカールとミラも、チューヤとマンセルの動きを追っている。もっとも、カールはマンセルの動きを追い切れないので、チューヤの方に視点を移していた。

「うおっ!?」
「ほっほっほ。今のを躱しますか。まだまだいきますぞ?」

 チューヤの背後に回ったマンセルが首を狩るような回し蹴りを放つも、咄嗟に前転してそれを躱し、声のする方向に向けて体勢を整えるも、すでにマンセルの姿はない。

(今のは首筋にゾクリとしたものを感じて咄嗟に躱したが、こいつぁ手強いぜ……)

 暗がりで見えないが、チューヤのこめかみから冷たい汗が流れ落ちる。

「くっ!」

 次は真横から脇腹目掛けてきた蹴りを飛び退いて避ける。そして再び後ろから、今度は膝の裏を狙った蹴りをバック宙で躱す。どれも紙一重ながら、どうにか直撃を避けるチューヤ。

「……すごいですね、チューヤ様。マンセルさんの攻撃は全く見えていないようですけど、どうやって避けているんでしょうか? マンセルさんって、音も気配も殺して死角から攻撃してるんですよ。私なら初撃でノックアウトですねー」
「……」

 マンセルの動きを把握出来ていないカールは、チューヤが見えるか感じるかして躱しているのだと思っていた。だが、ミラによればそれは不可能な事らしい。一方のマンセルもまた焦っていた。

(これもまた躱しますか……音も気配も完全に消しているはず。一体どうやって?)

 そう考えながら放つ一撃も、またしても紙一重で躱されてしまう。

(しかも、ガードするでも受け止めるでもなく、完全に躱すとは!)

 いつしかマンセルは攻撃を止めた。そしてチューヤの正面に立って気配を表した。

「お? なんだ?」
「何故ですか?」
「何がだ?」

 突然問答を始めたマンセルとチューヤを、ミラとカールが見守る。だが、マンセル以外の三人は彼が何に対して疑問を抱いたのかが分からない。

「……そうですな。何故躱し続けられたのか。そして躱し続けたのか、でしょうか」

 マンセルの前半の疑問に関してはカールもミラも非常に興味があるところだ。しかし後半の疑問に関してはその意図を計りかねている。攻撃されているのだから、躱すのは当然だろうと。

「あー……」

 当のチューヤはというと、面倒くさそうに頭をバリバリと掻いてから口を開いた。視線はマンセルからやや逸らしている。これは改まって何かを話そうとする時のチューヤの癖のようなものだ。

「何つーかこう……ビリビリ感じるんだよ。肌に刺さるって言うか。殺気みてーなモンがさ」
「!!」

 これにはマンセルが目を見開いて驚いた。彼としては、気配や音だけでなく、殺気すらも抑えているはずであった。しかしカールはそれを感じて躱したという。そもそも、殺気を抑えられなくては位置を探られてしまう恐れすらある。一流の暗殺者になるには殺気を出さずにターゲットを殺す。そういう芸当が出来なければならない。

「上手く説明できねえんだけどさ、とにかく攻撃されそうな部分がゾワゾワするんだよ」
「天性のカン……ですかな?」
「さあな。俺にもわかんねえや」

 そう言ってチューヤが笑う。

「それではもう一つの方は?」
「ああ、何でってヤツか?」
「はい」

 それはな、と前置きしてチューヤが語る。その内容は、天性の才能と能力の高さで戦っていると思われていたチューヤが、意外な程戦闘に対する意識が高かった事を知らしめるものだった。
 そもそもこういった夜間や暗闇での戦闘は、相手の武器がどんなものか見えない事を前提として戦うべきだ。不用意に受ける、ガードするなどという考えは捨て去るべきだとチューヤは言う。
 例え攻撃を察知したところで、相手が槍ならガードした腕は貫かれ、相手が剣なら受け止めた腕は斬り落とされる。もちろん肉を切らせて骨を断つ、といった戦法が有効な場合はそれもあるだろうが、可能な限りダメージを負うべきではない。

「それではチューヤ様は、私は武器を持っている事を前提にしていたと」
「ああ。一発当てられたら俺の負けだろ? 多分あんたはその後ラッシュを掛けてきたはずだ。何しろ反撃しようにも相手の位置も分からねえしさ。そりゃ必死だったよ」
(むぅぅ……)

 マンセルは腹の中で唸っていた。一発くらいは当てられるだろう。そこからラッシュに持ち込めば勝ち目はあるかも知れない。しかしチューヤが纏魔てんまを発動させればそこで勝負はついてしまう。
 そもそもチューヤを倒す事が目的ではなく、この闇夜での戦闘の難しさを叩き込めればよいと思っていた。

「参りましたな。私如きではとてもとても。あのまま続けても私の方がスタミナ切れでギブアップしておりました」

 そう言ってマンセルが両手を上げる。そして続けた。

「気配の消し方や気配の感じ方はミラに叩き込んでございます。もし興味がおありならば聞いてみるとよいでしょう」

 そう名指しされたミラは、満面の笑みでピースサインを翳していた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

処理中です...