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三章 ギルド
チューヤの自信
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食事を終えて一同が外に出る。日はとうにに暮れ、辺りは闇。
「ほっほっほ。この暗闇ならば、このロートルにも少しは勝機がありますかな」
「ふん。俺は数分も立っていられる自信がねえよ」
マンセルとチューヤのやり取りを聞いて驚いたのはカールだ。
(ヤツが自信がないだと?)
チューヤはいつでも自信満々で、己が負けるなどとは露程も思っていない。相手が如何に強くてもだ。それが自分は勝てないと明言している。これはチューヤを良く知るカールも初めての事だ。
「それでは始めますかな」
「おう、いつでもいいぜ」
マンセルもチューヤも互いに素手だ。向かい合った二人が身体をリラックスさせるように力を抜く。しかしそれはどのような動きにも対処できるように自然体になったに過ぎない。
――!?
直後、マンセルの気配が消えた。並外れた動体視力を持つチューヤも、離れた場所で見ていたカールも、その姿を追う事が出来なかった。
「チューヤ様の後ろに移動しましたよ?」
カールの隣で二人を見ていたミラがそう語る。
「君には見えるのか!?」
「はい。ここからなら辛うじて。でもチューヤ様のように目の前にいたんじゃ無理ですねー」
自分が見えなかったものをミラが見えていた事にカールは驚愕する。これは条件次第ではこの少女に勝てない事を意味しているのだ。
「離れた場所ならより広範囲を見渡せますから、『辛うじて』なんです。目の前にいると、どうしても相手を注視しちゃうじゃないですか」
「なるほど。自ら視界を狭めている訳か」
「そうです。良く見ようとすればするほどですね!」
こうして会話を交わしているカールとミラも、チューヤとマンセルの動きを追っている。もっとも、カールはマンセルの動きを追い切れないので、チューヤの方に視点を移していた。
「うおっ!?」
「ほっほっほ。今のを躱しますか。まだまだいきますぞ?」
チューヤの背後に回ったマンセルが首を狩るような回し蹴りを放つも、咄嗟に前転してそれを躱し、声のする方向に向けて体勢を整えるも、すでにマンセルの姿はない。
(今のは首筋にゾクリとしたものを感じて咄嗟に躱したが、こいつぁ手強いぜ……)
暗がりで見えないが、チューヤのこめかみから冷たい汗が流れ落ちる。
「くっ!」
次は真横から脇腹目掛けてきた蹴りを飛び退いて避ける。そして再び後ろから、今度は膝の裏を狙った蹴りをバック宙で躱す。どれも紙一重ながら、どうにか直撃を避けるチューヤ。
「……すごいですね、チューヤ様。マンセルさんの攻撃は全く見えていないようですけど、どうやって避けているんでしょうか? マンセルさんって、音も気配も殺して死角から攻撃してるんですよ。私なら初撃でノックアウトですねー」
「……」
マンセルの動きを把握出来ていないカールは、チューヤが見えるか感じるかして躱しているのだと思っていた。だが、ミラによればそれは不可能な事らしい。一方のマンセルもまた焦っていた。
(これもまた躱しますか……音も気配も完全に消しているはず。一体どうやって?)
そう考えながら放つ一撃も、またしても紙一重で躱されてしまう。
(しかも、ガードするでも受け止めるでもなく、完全に躱すとは!)
いつしかマンセルは攻撃を止めた。そしてチューヤの正面に立って気配を表した。
「お? なんだ?」
「何故ですか?」
「何がだ?」
突然問答を始めたマンセルとチューヤを、ミラとカールが見守る。だが、マンセル以外の三人は彼が何に対して疑問を抱いたのかが分からない。
「……そうですな。何故躱し続けられたのか。そして躱し続けたのか、でしょうか」
マンセルの前半の疑問に関してはカールもミラも非常に興味があるところだ。しかし後半の疑問に関してはその意図を計りかねている。攻撃されているのだから、躱すのは当然だろうと。
「あー……」
当のチューヤはというと、面倒くさそうに頭をバリバリと掻いてから口を開いた。視線はマンセルからやや逸らしている。これは改まって何かを話そうとする時のチューヤの癖のようなものだ。
「何つーかこう……ビリビリ感じるんだよ。肌に刺さるって言うか。殺気みてーなモンがさ」
「!!」
これにはマンセルが目を見開いて驚いた。彼としては、気配や音だけでなく、殺気すらも抑えているはずであった。しかしカールはそれを感じて躱したという。そもそも、殺気を抑えられなくては位置を探られてしまう恐れすらある。一流の暗殺者になるには殺気を出さずにターゲットを殺す。そういう芸当が出来なければならない。
「上手く説明できねえんだけどさ、とにかく攻撃されそうな部分がゾワゾワするんだよ」
「天性のカン……ですかな?」
「さあな。俺にもわかんねえや」
そう言ってチューヤが笑う。
「それではもう一つの方は?」
「ああ、何で躱すかってヤツか?」
「はい」
それはな、と前置きしてチューヤが語る。その内容は、天性の才能と能力の高さで戦っていると思われていたチューヤが、意外な程戦闘に対する意識が高かった事を知らしめるものだった。
そもそもこういった夜間や暗闇での戦闘は、相手の武器がどんなものか見えない事を前提として戦うべきだ。不用意に受ける、ガードするなどという考えは捨て去るべきだとチューヤは言う。
例え攻撃を察知したところで、相手が槍ならガードした腕は貫かれ、相手が剣なら受け止めた腕は斬り落とされる。もちろん肉を切らせて骨を断つ、といった戦法が有効な場合はそれもあるだろうが、可能な限りダメージを負うべきではない。
「それではチューヤ様は、私は武器を持っている事を前提にしていたと」
「ああ。一発当てられたら俺の負けだろ? 多分あんたはその後ラッシュを掛けてきたはずだ。何しろ反撃しようにも相手の位置も分からねえしさ。そりゃ必死だったよ」
(むぅぅ……)
マンセルは腹の中で唸っていた。一発くらいは当てられるだろう。そこからラッシュに持ち込めば勝ち目はあるかも知れない。しかしチューヤが纏魔を発動させればそこで勝負はついてしまう。
そもそもチューヤを倒す事が目的ではなく、この闇夜での戦闘の難しさを叩き込めればよいと思っていた。
「参りましたな。私如きではとてもとても。あのまま続けても私の方がスタミナ切れでギブアップしておりました」
そう言ってマンセルが両手を上げる。そして続けた。
「気配の消し方や気配の感じ方はミラに叩き込んでございます。もし興味がおありならば聞いてみるとよいでしょう」
そう名指しされたミラは、満面の笑みでピースサインを翳していた。
「ほっほっほ。この暗闇ならば、このロートルにも少しは勝機がありますかな」
「ふん。俺は数分も立っていられる自信がねえよ」
マンセルとチューヤのやり取りを聞いて驚いたのはカールだ。
(ヤツが自信がないだと?)
チューヤはいつでも自信満々で、己が負けるなどとは露程も思っていない。相手が如何に強くてもだ。それが自分は勝てないと明言している。これはチューヤを良く知るカールも初めての事だ。
「それでは始めますかな」
「おう、いつでもいいぜ」
マンセルもチューヤも互いに素手だ。向かい合った二人が身体をリラックスさせるように力を抜く。しかしそれはどのような動きにも対処できるように自然体になったに過ぎない。
――!?
直後、マンセルの気配が消えた。並外れた動体視力を持つチューヤも、離れた場所で見ていたカールも、その姿を追う事が出来なかった。
「チューヤ様の後ろに移動しましたよ?」
カールの隣で二人を見ていたミラがそう語る。
「君には見えるのか!?」
「はい。ここからなら辛うじて。でもチューヤ様のように目の前にいたんじゃ無理ですねー」
自分が見えなかったものをミラが見えていた事にカールは驚愕する。これは条件次第ではこの少女に勝てない事を意味しているのだ。
「離れた場所ならより広範囲を見渡せますから、『辛うじて』なんです。目の前にいると、どうしても相手を注視しちゃうじゃないですか」
「なるほど。自ら視界を狭めている訳か」
「そうです。良く見ようとすればするほどですね!」
こうして会話を交わしているカールとミラも、チューヤとマンセルの動きを追っている。もっとも、カールはマンセルの動きを追い切れないので、チューヤの方に視点を移していた。
「うおっ!?」
「ほっほっほ。今のを躱しますか。まだまだいきますぞ?」
チューヤの背後に回ったマンセルが首を狩るような回し蹴りを放つも、咄嗟に前転してそれを躱し、声のする方向に向けて体勢を整えるも、すでにマンセルの姿はない。
(今のは首筋にゾクリとしたものを感じて咄嗟に躱したが、こいつぁ手強いぜ……)
暗がりで見えないが、チューヤのこめかみから冷たい汗が流れ落ちる。
「くっ!」
次は真横から脇腹目掛けてきた蹴りを飛び退いて避ける。そして再び後ろから、今度は膝の裏を狙った蹴りをバック宙で躱す。どれも紙一重ながら、どうにか直撃を避けるチューヤ。
「……すごいですね、チューヤ様。マンセルさんの攻撃は全く見えていないようですけど、どうやって避けているんでしょうか? マンセルさんって、音も気配も殺して死角から攻撃してるんですよ。私なら初撃でノックアウトですねー」
「……」
マンセルの動きを把握出来ていないカールは、チューヤが見えるか感じるかして躱しているのだと思っていた。だが、ミラによればそれは不可能な事らしい。一方のマンセルもまた焦っていた。
(これもまた躱しますか……音も気配も完全に消しているはず。一体どうやって?)
そう考えながら放つ一撃も、またしても紙一重で躱されてしまう。
(しかも、ガードするでも受け止めるでもなく、完全に躱すとは!)
いつしかマンセルは攻撃を止めた。そしてチューヤの正面に立って気配を表した。
「お? なんだ?」
「何故ですか?」
「何がだ?」
突然問答を始めたマンセルとチューヤを、ミラとカールが見守る。だが、マンセル以外の三人は彼が何に対して疑問を抱いたのかが分からない。
「……そうですな。何故躱し続けられたのか。そして躱し続けたのか、でしょうか」
マンセルの前半の疑問に関してはカールもミラも非常に興味があるところだ。しかし後半の疑問に関してはその意図を計りかねている。攻撃されているのだから、躱すのは当然だろうと。
「あー……」
当のチューヤはというと、面倒くさそうに頭をバリバリと掻いてから口を開いた。視線はマンセルからやや逸らしている。これは改まって何かを話そうとする時のチューヤの癖のようなものだ。
「何つーかこう……ビリビリ感じるんだよ。肌に刺さるって言うか。殺気みてーなモンがさ」
「!!」
これにはマンセルが目を見開いて驚いた。彼としては、気配や音だけでなく、殺気すらも抑えているはずであった。しかしカールはそれを感じて躱したという。そもそも、殺気を抑えられなくては位置を探られてしまう恐れすらある。一流の暗殺者になるには殺気を出さずにターゲットを殺す。そういう芸当が出来なければならない。
「上手く説明できねえんだけどさ、とにかく攻撃されそうな部分がゾワゾワするんだよ」
「天性のカン……ですかな?」
「さあな。俺にもわかんねえや」
そう言ってチューヤが笑う。
「それではもう一つの方は?」
「ああ、何で躱すかってヤツか?」
「はい」
それはな、と前置きしてチューヤが語る。その内容は、天性の才能と能力の高さで戦っていると思われていたチューヤが、意外な程戦闘に対する意識が高かった事を知らしめるものだった。
そもそもこういった夜間や暗闇での戦闘は、相手の武器がどんなものか見えない事を前提として戦うべきだ。不用意に受ける、ガードするなどという考えは捨て去るべきだとチューヤは言う。
例え攻撃を察知したところで、相手が槍ならガードした腕は貫かれ、相手が剣なら受け止めた腕は斬り落とされる。もちろん肉を切らせて骨を断つ、といった戦法が有効な場合はそれもあるだろうが、可能な限りダメージを負うべきではない。
「それではチューヤ様は、私は武器を持っている事を前提にしていたと」
「ああ。一発当てられたら俺の負けだろ? 多分あんたはその後ラッシュを掛けてきたはずだ。何しろ反撃しようにも相手の位置も分からねえしさ。そりゃ必死だったよ」
(むぅぅ……)
マンセルは腹の中で唸っていた。一発くらいは当てられるだろう。そこからラッシュに持ち込めば勝ち目はあるかも知れない。しかしチューヤが纏魔を発動させればそこで勝負はついてしまう。
そもそもチューヤを倒す事が目的ではなく、この闇夜での戦闘の難しさを叩き込めればよいと思っていた。
「参りましたな。私如きではとてもとても。あのまま続けても私の方がスタミナ切れでギブアップしておりました」
そう言ってマンセルが両手を上げる。そして続けた。
「気配の消し方や気配の感じ方はミラに叩き込んでございます。もし興味がおありならば聞いてみるとよいでしょう」
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