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三章 ギルド

アンタッチャブル

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 ミラの話によれば、傭兵の裏切り事件を組合に告発したあと、マンセルは傭兵組合そのものから脱退し、このピットアインのパーソン商会支部専属従業員として働く事になったいう。
 そしてミラはというとやはり組合を離脱し、この屋敷の元の所有者の娘のお世話係として雇われる事になった。もちろん、マンセルの口利きである。ついでにこの屋敷の執事としてマンセルもパーソン商会から派遣された。

「これで日夜マンセルさんさんから、家事から武芸に至るまで叩き込まれる事になった訳ですね!」

 右手の人差し指を立てて、ミラが得意気に語る。
 お世話係の仕事や武芸を叩き込まれるとなると、幼いミラには相当にハードだったものと思われるが、彼女にはそういった苦労を感じさせる暗さが見られない。それを不思議に思ったカールが訊ねた。

「辛くはなかったのか?」
「う~ん?」

 そんな質問に、ミラは立てていた人差し指をそのまま口元に持っていき、小首を傾げて考える素振りを見せる。

「それはまあ、厳しかったですけど……みなさん優しかったので!」

 ニッと笑いながらそう答える。
 マンセルの教えは厳しい中にも優しさが溢れていた。
 この家の者達は全員ミラを温かく迎えてくれた。
 この家の娘は自分を本当の姉妹のように接してくれた。
 ここの生活は衣食住に困る事がなかった。

「あとはそうですねえ……マンセルさん、まるで本当のお父さんみたいでした!」

 マンセルはミラに自分の持つ技術を叩き込んだ。気配の察知の仕方、気配の消し方。体術、各種武器の扱い。

「ほっほっほ。ミラに訓練を施していたある日、この子に魔力がある事が分かりましてな。魔法を教える事は出来ませぬが、身体強化なら多少の心得がありましたので」

 チューヤとカールの二人は、初めてミラに会った時の隙の無さに漸く合点がいったような表情だった。自分達より年下のこの少女は腕が立ちすぎる。いったいどんな生き方をすればそうなるのか。それがどこかくすぶっていたのだ。

「マンセルさん、あなたは自分の技術を、と言ったが、ミラに暗殺術は仕込まなかったのか」

 そこで新たに生まれた疑問が、カールが今口にした事だ。
 その一言にマンセルはティーカップを口元で止め、眉をピクリと動かした。一方のミラは、まるでよくぞ聞いてくれましたとばかりの表情で目を輝かせる。

「マンセルさんが教えてくれたのは、通常の技術だけです!」
「ほっほっほ」

 暗殺というのは様々な手段がある。他殺と悟られないような高度なものから、素人が闇討ちするような荒っぽいものまで様々だ。暗殺対象に悟られぬよう、そっとするのならば今のミラにも可能だろう。

「暗殺術というのは一種の芸術だと思っておりました。いかに殺されたと悟られぬように殺すか。そこには知恵と技術の粋が集められていると考えております」

 そんなマンセルの言葉にチューヤもカールも深く頷く。

「……生きていれば皆様方やミラと同じ年頃になろうかという娘がおりました」

 若い頃から軍の特殊部隊で暗殺術を学んだマンセルは、任務に従って数多くの要人を手に掛けてきた。しかしそんな影の汚れ仕事に嫌気がさした彼は、退役して一般女性と結婚し、一人の娘が生まれた。その娘が一歳になろうかというある日、所用で出かけていたマンセルが帰宅すると、そこには変わり果てた妻子の姿があったという。

「え? マンセルさん……」

 ミラもその話を聞くのは初めてなのか、目を見開いて口を押さえ、驚きを隠せないようだった。

「私は報復を決意しました」

 マンセルは犯人を捜しだし、確実に仕留めていった。自分を狙うとすれば、今まで自分が手に掛けてきた連中の関係者に違いない。犯人捜し自体はそれほど難しい事ではなかった。

「ですが問題は、その犯人が私の正体を知っていたという事です」

 特殊部隊、しかも暗殺専門ともなれば、その存在自体が軍の中でも一部の人間しか知らないほど秘匿されている。それが、自分を的確に狙って来るという事は、敵に自分の情報を流した裏切り者がいるという事だ。

「私は長い時間を掛けて報復しました。何しろその裏切者が暗殺部隊の司令官でしたのでね。ほっほっほ」

 マンセルの中では既に終わった事、振り切れた事なのだろうか。かなり重い内容の話なのに、朗らかな笑い声さえ浮かべて語る。

「当然、証拠を残すようなヘマは致しませんが、恐らく私の仕業だと上層部は分かっていた事でしょうな。しかし、彼等は私を恐れた」
「なるほど、アンタッチャブルな存在って訳か。マンセルさん、カッコいいな、あんた」
「ほっほっほ。恐れ入ります」

 チューヤは好戦的な笑顔を浮かべていた。

「それほどの凄腕のあなたが、なぜ暗殺術を封印したのだ?」

 一方のカールは冷静に疑問を呈する。暗殺術を芸術とまで呼ぶからには、後継者を育てる気持ちがあってもおかしくない。そんな思いからだ。

「復讐を成し遂げた時思ったのです。なんの達成感も高揚感もなく、ただ虚しさだけが残った。本当に仇と呼ぶべきものは、この暗殺術ではないかとすら思いました」

 それについてはその場にいた全員が納得できた。そもそも暗殺という手段で敵を殺してこなければ、マンセルの妻子が狙われる事はなかったのかも知れない。彼は組織の一員として作戦に従ったに過ぎないが、それでも敵を作りすぎた。

「ですから、私の暗殺術は私の死と共に墓の中に持って参りますよ。ほっほっほ。まあ、ミラにはそんな裏稼業に手を染めてほしくないという思いもあったのですがね」
「えぐっ、マンセルさあん、私の事をそんなに……うえ~ん、ありがとおおおお」
「ほっほっほ」

 初めて聞くマンセルの半生に号泣するミラ。意外なところに強者が潜んでいながらそれに気付かず今まで過ごしていた事に驚くチューヤとカール。

「なあ、ミスターアンタッチャブル。俺にその力の一旦を見せてくれねえ?」
「ふむ? あの殲滅の弟子であられるチューヤ様に、私が敵うとでも?」
「ああ、多分俺が学べる事は多くあると思ってるぜ?」
「……ほう」
 
 チューヤの申し出に、初めて柔和な表情を崩したマンセルだった。

 
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