62 / 160
二章 立志
殲滅、再び
しおりを挟む
王都にある、豪華な屋敷。四方を高い塀に囲まれた瀟洒な館の外部には、物々しい程に警護の兵が巡回している。そして、鉄で出来た門にはフルプレートメイルの門番が二人。
「何者だ!」
ズカズカと無遠慮に門に向かって歩いてくる人物に、門番は槍を交差させてその歩みを妨げる。
「先生の同僚だよ。ちょっと見舞いに来ただけだ。通しな」
その人物からは、おおよそ見舞いに来たとは思えない殺気が放たれており、その視線も据わっている。今この少ないやり取りだけで、激怒しているのが分かる程だ。
「そんな物騒な顔をしたヤツが見舞いだとッ!? ふざけるな! 帰れ!」
その雰囲気に只ならぬものを感じた門番の一人が追い返そうと槍を構えた。ただの威嚇ではない。これ以上近寄ったら殺す。そういう覚悟が伝わってくる。つまり、それほどこの屋敷の主は何かに怯えているという事だ。
「邪魔を……」
その招かざる来訪者は、短い言葉発したあと、両拳に魔力を集中させた。
「するんじゃないよッ!!」
一瞬で懐に飛び込み、男の腹部にボディブローをくらわせる来訪者。
男が着込んでいた鉄製の鎧にベコリと拳の跡を残し、来訪者は一歩離れる。男はそのまま前のめりに倒れ、動かなくなった。
「なっ!? 貴様!」
鉄の鎧への拳の一撃で、仲間を戦闘不能にされた事に驚愕しながらも、もう一人の男は槍を突き出した。
「ふん」
来訪者はその槍の一撃を嘲笑い、手のひらで受けて見せた。勿論素手である。にも拘らず、鋭く尖った槍の切っ先は手を貫く事なく、硬質な手応えを残して止められてしまった。
「な……これはまさか纏魔……?」
どれだけ力を込めてもピクリとも動かない槍に、男は一つの結論に行きついた。濃密な魔力で自らの肉体を覆い、武器と化し、防具となす。国中探してもその使い手は希少であり、かつてその纏魔を使いこなして敵兵を蹂躙した若い女がいた事を。
「まさか……殲滅のシンシア……」
フルフェイスの兜に隠れて見えないが、男は顔面蒼白、脂汗が絶えず滴り落ちていた。
「その名前は捨てたンだ。今のアタシは優しい優しいシンディ先生だ。分かったかい?」
シンディがそう言いながらスッと槍を押しのけると、男はそのまま尻もちをついてガクガクと頷くのみ。
それを横目に、彼女は鉄の門扉を蹴破り、悠然と敷地内に侵入していく。
屋敷に詰めていた護衛兵達が何事かと集まって来る。その数、五十人は下らない。家一軒守るには過剰ともいえる人数だが、それでもシンディの歩みを止める事は出来なかった。
「クソッ! 忌々しい……だが、今頃は仕向けた追手と賊の連中があいつらに……フフフ」
ベッドの上で上体を起こした状態のデヴィッドがほくそ笑む。
あの模擬戦で腕を失い、他にも深手を負った彼は、至る所に包帯が巻かれた痛々しい姿だった。しかし、端正な顔を歪ませた笑みは、同情するという気持ちを一切持たせない程に醜悪だ。
――バァン!
その時、大きな音を立てて重厚な扉が木端微塵に砕け散った。
「ひっ……」
その扉の残骸を踏み越えて現れたのは、普段は垂れていて魅力的な目尻を吊り上げ、修羅の如く憤怒の表情をしたシンディだった。その姿を見たデヴィッドが思わず息を飲む。
「アタシは滅茶苦茶後悔してるよ。あの時アンタを助けた事をね。まさかとは思ったけど、自分の教え子に刺客を放つ程恥知らずだったとはねぇ……」
そう言葉を紡ぎながら、一歩一歩近付くシンディが発する圧に、デヴィッドは声を出す事すら出来ない。
「アンタはあの子達の力を低く見過ぎてるンだよ。アンタが放った雑魚みたいな刺客、無駄に屍を積み上げるだけさ」
シンディは拳に炎を纏わせ、ぎゅっと握り締めて見せる。
「チューヤはアタシ以上の纏魔の使い手になる。カールはアタシ以上の魔法使いになる。アタシ以上が二人いるんだ。その意味が分かるかい?」
ゴクリ……
デヴィッドが出来たのは、生唾を飲み込む事のみ。
「賊や鈍らな騎士が例え百人いようが、あの子達には勝てないのさ」
チューヤもカールも、その才能はまだ底を見せていない。そして、マリアンヌとスージィというこれまた非凡な存在。四人が一つになった時、一軍にも匹敵する力を発揮するとシンディは見ている。
(まあ、肝心の二人が水と油みたいなモンだけどねえ)
炎のような少年と、氷のような少年を思い出し、シンディは内心苦笑する。
「そんな訳で、アタシはあの子達をここから守ると決めてるんでね。アンタが行動を起こしちまった以上……」
「ま、待て! 僕に手を出せば……そうだ! 国が黙ってはいないぞ! 何と言っても、僕は伯爵だ! きぞk――」
デヴィッドの必死の抗弁を最後まで言わせる事なく、シンディの炎の拳は放たれた。
「ふん。なら、国ともヤッてやんよ。元々気に入らないんだよ、この国のトップはね」
その日、王都の貴族の屋敷が焼け落ちる。
そして、報道機関に声明が出された。
【件の貴族、我が家族に対し不当に害を加えた事により誅した。殲滅のシンシア】
わざわざ身元を晒して声明文を出したという事は、敵対するなら相手になるぞというシンディの覚悟の表明であり、また、敵対するなら貴族と言えども容赦はしない事を実践してみせた。
無論、事実関係を調べられたが、デヴィッドの側に一方的に非がある事が明らかになり、今回の一件は不問になったという。
「さ、この手紙をアイツらに届けておくれ」
シンディは短い一文を認めた手紙を鳥の足に結び付け、空に向けて放った。
「何者だ!」
ズカズカと無遠慮に門に向かって歩いてくる人物に、門番は槍を交差させてその歩みを妨げる。
「先生の同僚だよ。ちょっと見舞いに来ただけだ。通しな」
その人物からは、おおよそ見舞いに来たとは思えない殺気が放たれており、その視線も据わっている。今この少ないやり取りだけで、激怒しているのが分かる程だ。
「そんな物騒な顔をしたヤツが見舞いだとッ!? ふざけるな! 帰れ!」
その雰囲気に只ならぬものを感じた門番の一人が追い返そうと槍を構えた。ただの威嚇ではない。これ以上近寄ったら殺す。そういう覚悟が伝わってくる。つまり、それほどこの屋敷の主は何かに怯えているという事だ。
「邪魔を……」
その招かざる来訪者は、短い言葉発したあと、両拳に魔力を集中させた。
「するんじゃないよッ!!」
一瞬で懐に飛び込み、男の腹部にボディブローをくらわせる来訪者。
男が着込んでいた鉄製の鎧にベコリと拳の跡を残し、来訪者は一歩離れる。男はそのまま前のめりに倒れ、動かなくなった。
「なっ!? 貴様!」
鉄の鎧への拳の一撃で、仲間を戦闘不能にされた事に驚愕しながらも、もう一人の男は槍を突き出した。
「ふん」
来訪者はその槍の一撃を嘲笑い、手のひらで受けて見せた。勿論素手である。にも拘らず、鋭く尖った槍の切っ先は手を貫く事なく、硬質な手応えを残して止められてしまった。
「な……これはまさか纏魔……?」
どれだけ力を込めてもピクリとも動かない槍に、男は一つの結論に行きついた。濃密な魔力で自らの肉体を覆い、武器と化し、防具となす。国中探してもその使い手は希少であり、かつてその纏魔を使いこなして敵兵を蹂躙した若い女がいた事を。
「まさか……殲滅のシンシア……」
フルフェイスの兜に隠れて見えないが、男は顔面蒼白、脂汗が絶えず滴り落ちていた。
「その名前は捨てたンだ。今のアタシは優しい優しいシンディ先生だ。分かったかい?」
シンディがそう言いながらスッと槍を押しのけると、男はそのまま尻もちをついてガクガクと頷くのみ。
それを横目に、彼女は鉄の門扉を蹴破り、悠然と敷地内に侵入していく。
屋敷に詰めていた護衛兵達が何事かと集まって来る。その数、五十人は下らない。家一軒守るには過剰ともいえる人数だが、それでもシンディの歩みを止める事は出来なかった。
「クソッ! 忌々しい……だが、今頃は仕向けた追手と賊の連中があいつらに……フフフ」
ベッドの上で上体を起こした状態のデヴィッドがほくそ笑む。
あの模擬戦で腕を失い、他にも深手を負った彼は、至る所に包帯が巻かれた痛々しい姿だった。しかし、端正な顔を歪ませた笑みは、同情するという気持ちを一切持たせない程に醜悪だ。
――バァン!
その時、大きな音を立てて重厚な扉が木端微塵に砕け散った。
「ひっ……」
その扉の残骸を踏み越えて現れたのは、普段は垂れていて魅力的な目尻を吊り上げ、修羅の如く憤怒の表情をしたシンディだった。その姿を見たデヴィッドが思わず息を飲む。
「アタシは滅茶苦茶後悔してるよ。あの時アンタを助けた事をね。まさかとは思ったけど、自分の教え子に刺客を放つ程恥知らずだったとはねぇ……」
そう言葉を紡ぎながら、一歩一歩近付くシンディが発する圧に、デヴィッドは声を出す事すら出来ない。
「アンタはあの子達の力を低く見過ぎてるンだよ。アンタが放った雑魚みたいな刺客、無駄に屍を積み上げるだけさ」
シンディは拳に炎を纏わせ、ぎゅっと握り締めて見せる。
「チューヤはアタシ以上の纏魔の使い手になる。カールはアタシ以上の魔法使いになる。アタシ以上が二人いるんだ。その意味が分かるかい?」
ゴクリ……
デヴィッドが出来たのは、生唾を飲み込む事のみ。
「賊や鈍らな騎士が例え百人いようが、あの子達には勝てないのさ」
チューヤもカールも、その才能はまだ底を見せていない。そして、マリアンヌとスージィというこれまた非凡な存在。四人が一つになった時、一軍にも匹敵する力を発揮するとシンディは見ている。
(まあ、肝心の二人が水と油みたいなモンだけどねえ)
炎のような少年と、氷のような少年を思い出し、シンディは内心苦笑する。
「そんな訳で、アタシはあの子達をここから守ると決めてるんでね。アンタが行動を起こしちまった以上……」
「ま、待て! 僕に手を出せば……そうだ! 国が黙ってはいないぞ! 何と言っても、僕は伯爵だ! きぞk――」
デヴィッドの必死の抗弁を最後まで言わせる事なく、シンディの炎の拳は放たれた。
「ふん。なら、国ともヤッてやんよ。元々気に入らないんだよ、この国のトップはね」
その日、王都の貴族の屋敷が焼け落ちる。
そして、報道機関に声明が出された。
【件の貴族、我が家族に対し不当に害を加えた事により誅した。殲滅のシンシア】
わざわざ身元を晒して声明文を出したという事は、敵対するなら相手になるぞというシンディの覚悟の表明であり、また、敵対するなら貴族と言えども容赦はしない事を実践してみせた。
無論、事実関係を調べられたが、デヴィッドの側に一方的に非がある事が明らかになり、今回の一件は不問になったという。
「さ、この手紙をアイツらに届けておくれ」
シンディは短い一文を認めた手紙を鳥の足に結び付け、空に向けて放った。
0
お気に入りに追加
102
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる