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二章 立志
ジルって何者?
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「……それで、どうなったんすか?」
入隊間もない新兵をいきなり養子にするという暴挙。それに対してあのシンディがどういう反応をしたのか、彼女の弟子達は興味津々といった様子だ。
続きが気になって仕方がないチューヤが、先を話せと促す。
同時に、『あの人にいきなりそんな事を言えるこの人すげえな』、というある種の尊敬の念も抱いていた。
「ん?……ああ。養子の件は断られたよ。アイツ、今も家名を名乗ってないだろう?」
「……そう言えば聞いた事ねえな」
それならば、それが答えだと言いたげにジルが頷いた。
「まあ、アイツも私の事を気に入ってくれたのか、シンディと呼ぶのは受け入れてくれたし、少しばかり歳は離れちゃいるが、姉妹みたいに仲良くなったね」
▼△▼
それからも兵舎の中では、まるでペットでも構いたいジルと、それをウザったそうに邪険に扱いながらもどこか嬉しそうなシンディの姿が見受けられた。
二人とも、タイプは違えどいずれ劣らぬ容姿をしている。そんな二人のじゃれつき合いは男性兵士達の目の保養として大隊内で広がっていく。同時に、男性士官の口説きや誘いをけんもほろろに一蹴する事から、『彼女達は百合だ』という噂も広がった。そして男達は叶わぬ思いに涙するのだった。
▼△▼
「別に私達は男が嫌いって訳じゃないんだよ。養成学校のエリートクラス上がりの士官たちはどいつもこいつもプライドばっかり高くてねえ……部下や前線で戦う兵達を消耗品くらいにしか考えていなかった」
ジルは煙管の煙をくゆらせながら、懐かしそうに語る。
「むしろ、前線に送られる普通課の奴らの方が、生き抜こうとギラついていて魅力的だった」
普通課という聞き慣れない言葉に四人がそれぞれ顔を見合わせた。
「ジルさん。普通課というのは?」
小首を傾げながら質問するスージィの方に視線を向けたジルの表情が緩む。
「ほう! 君はスージィと言ったな? パーソン商会の養子にならないk――おフッ!?」
「私達の仲間を毒牙に掛けるのはやめてもらおうか」
何か持病が発症しかけたジルの額に極めて小さい氷の礫がぶつけられた。
「ほう……君は発動媒体も持たずに魔法を行使できるのか! ウチの養子に……いや、冗談だ。まずはそのワンドを降ろすんだ」
額に礫を受けながらも瞳を輝かせるジルに、カールがワンドを構えて立ち上がっていた。
「あなたは……何でもアリなのか」
「失礼な事を言うな。私が好むのは才能と見た目だ」
ジルは呆れ顔のカールがさらに呆れる事を堂々と胸を張って宣う。
「おっと……話を戻そう。君達も養成学校の関係者なら知っているだろう? 魔法戦士養成クラス……通称魔法科と、戦士養成クラス、通称普通課というのを」
「へえ、ジルさんの頃はそうだったのかい? 今はエリートクラスと、脳筋クラスとか、落ちこぼれクラスとか呼ばれてるぜ?」
ジルの説明に対してチューヤがつまらなそうに答えた。そして彼の答えを聞いたジルの表情が険しくなる。
「……昔より、選民思想が進んでるってのか」
普通課というのは特に蔑称という訳ではなく、あくまでも魔法が使えない者達が集まるクラスの略称のようなもので、そこに悪意は込められていない。
「私は早々に軍を抜けて正解だったのかも知れんな」
学生の時分からエリート意識を植え付けられている現状を知り、ジルは溜息混じりにそう呟いた。
「それよりも、気になってる事があるんだ」
普段から伏目がちなマリアンヌが、前髪に隠れたくりりとした瞳を光らせながらジルを見る。
まだ魔眼・白を発動させる程の魔力を流してはいないが、少しの隙も見逃さないぞ、そういう目だ。
「ジルさん、あなたはさっきからボクらの事を『魔法戦士養成学校の関係者』って言ってるけど、どういう事なのかな?」
自分達の歳頃であれば、関係者などという回りくどい表現ではなく、生徒とか学生とか、もっとストレートな言葉を使うのが自然だ。それを敢えて関係者などと……
「君は! マリアンヌと言ったね? どうだい? パーソン商会の養子n――いやまて冗談だ。その剣を抜くのはやめるんだチューヤ君」
この四人の中では一番目立たない容姿をしているマリアンヌの、本来の可愛らしさに漸く気付いたジルがまた発症した。それをチューヤが全力で威圧する事で事なきを得た。
ジルとシンディの過去の話を聞いた上で、マリアンヌがまだ警戒を解かないのには理由があった。
ジル本人もそうだが、同乗している二人の護衛も、体内に魔力を循環させていたのである。つまり、ここにいるのは最低でも身体強化が出来る戦士達という事だ。
マリアンヌの魔眼にはそれが見えていた。それ故の警戒である。
「……ジル様、もういいんじゃないですか? この坊主たち、予想以上に隙がない。このままとぼけるのもむりでしょう」
「それにこいつらに内緒にするほどの事でもないでしょう?」
予想外の反応だった。二人の護衛から、やはり訳アリのキャラバンである事が明らかにされた。
「ふう……仕方ないな。流石はあのシンディが育てた弟子達だ。分かった。全部話そう」
ジルは今まで見せなかった真剣な表情で四人に向き直った。
入隊間もない新兵をいきなり養子にするという暴挙。それに対してあのシンディがどういう反応をしたのか、彼女の弟子達は興味津々といった様子だ。
続きが気になって仕方がないチューヤが、先を話せと促す。
同時に、『あの人にいきなりそんな事を言えるこの人すげえな』、というある種の尊敬の念も抱いていた。
「ん?……ああ。養子の件は断られたよ。アイツ、今も家名を名乗ってないだろう?」
「……そう言えば聞いた事ねえな」
それならば、それが答えだと言いたげにジルが頷いた。
「まあ、アイツも私の事を気に入ってくれたのか、シンディと呼ぶのは受け入れてくれたし、少しばかり歳は離れちゃいるが、姉妹みたいに仲良くなったね」
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それからも兵舎の中では、まるでペットでも構いたいジルと、それをウザったそうに邪険に扱いながらもどこか嬉しそうなシンディの姿が見受けられた。
二人とも、タイプは違えどいずれ劣らぬ容姿をしている。そんな二人のじゃれつき合いは男性兵士達の目の保養として大隊内で広がっていく。同時に、男性士官の口説きや誘いをけんもほろろに一蹴する事から、『彼女達は百合だ』という噂も広がった。そして男達は叶わぬ思いに涙するのだった。
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「別に私達は男が嫌いって訳じゃないんだよ。養成学校のエリートクラス上がりの士官たちはどいつもこいつもプライドばっかり高くてねえ……部下や前線で戦う兵達を消耗品くらいにしか考えていなかった」
ジルは煙管の煙をくゆらせながら、懐かしそうに語る。
「むしろ、前線に送られる普通課の奴らの方が、生き抜こうとギラついていて魅力的だった」
普通課という聞き慣れない言葉に四人がそれぞれ顔を見合わせた。
「ジルさん。普通課というのは?」
小首を傾げながら質問するスージィの方に視線を向けたジルの表情が緩む。
「ほう! 君はスージィと言ったな? パーソン商会の養子にならないk――おフッ!?」
「私達の仲間を毒牙に掛けるのはやめてもらおうか」
何か持病が発症しかけたジルの額に極めて小さい氷の礫がぶつけられた。
「ほう……君は発動媒体も持たずに魔法を行使できるのか! ウチの養子に……いや、冗談だ。まずはそのワンドを降ろすんだ」
額に礫を受けながらも瞳を輝かせるジルに、カールがワンドを構えて立ち上がっていた。
「あなたは……何でもアリなのか」
「失礼な事を言うな。私が好むのは才能と見た目だ」
ジルは呆れ顔のカールがさらに呆れる事を堂々と胸を張って宣う。
「おっと……話を戻そう。君達も養成学校の関係者なら知っているだろう? 魔法戦士養成クラス……通称魔法科と、戦士養成クラス、通称普通課というのを」
「へえ、ジルさんの頃はそうだったのかい? 今はエリートクラスと、脳筋クラスとか、落ちこぼれクラスとか呼ばれてるぜ?」
ジルの説明に対してチューヤがつまらなそうに答えた。そして彼の答えを聞いたジルの表情が険しくなる。
「……昔より、選民思想が進んでるってのか」
普通課というのは特に蔑称という訳ではなく、あくまでも魔法が使えない者達が集まるクラスの略称のようなもので、そこに悪意は込められていない。
「私は早々に軍を抜けて正解だったのかも知れんな」
学生の時分からエリート意識を植え付けられている現状を知り、ジルは溜息混じりにそう呟いた。
「それよりも、気になってる事があるんだ」
普段から伏目がちなマリアンヌが、前髪に隠れたくりりとした瞳を光らせながらジルを見る。
まだ魔眼・白を発動させる程の魔力を流してはいないが、少しの隙も見逃さないぞ、そういう目だ。
「ジルさん、あなたはさっきからボクらの事を『魔法戦士養成学校の関係者』って言ってるけど、どういう事なのかな?」
自分達の歳頃であれば、関係者などという回りくどい表現ではなく、生徒とか学生とか、もっとストレートな言葉を使うのが自然だ。それを敢えて関係者などと……
「君は! マリアンヌと言ったね? どうだい? パーソン商会の養子n――いやまて冗談だ。その剣を抜くのはやめるんだチューヤ君」
この四人の中では一番目立たない容姿をしているマリアンヌの、本来の可愛らしさに漸く気付いたジルがまた発症した。それをチューヤが全力で威圧する事で事なきを得た。
ジルとシンディの過去の話を聞いた上で、マリアンヌがまだ警戒を解かないのには理由があった。
ジル本人もそうだが、同乗している二人の護衛も、体内に魔力を循環させていたのである。つまり、ここにいるのは最低でも身体強化が出来る戦士達という事だ。
マリアンヌの魔眼にはそれが見えていた。それ故の警戒である。
「……ジル様、もういいんじゃないですか? この坊主たち、予想以上に隙がない。このままとぼけるのもむりでしょう」
「それにこいつらに内緒にするほどの事でもないでしょう?」
予想外の反応だった。二人の護衛から、やはり訳アリのキャラバンである事が明らかにされた。
「ふう……仕方ないな。流石はあのシンディが育てた弟子達だ。分かった。全部話そう」
ジルは今まで見せなかった真剣な表情で四人に向き直った。
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