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二章 立志
ジルとシンディ②
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「もう十年以上前の話さ……」
煙管をふかしながら、視線を僅かに上に向け遠くを見つめるような目をしてジルが語り始める。
▼△▼
「ジル。例の新人な、貴様の部隊に配属させる」
「えぇ……イヤですよめんどくさい。どうせ天才とかもてはやされて、天狗になってる貴族のボンボンなんでしょう?」
ある春の日。当時王軍に所属していたジルは上官に呼び出され、執務室で上官と対面していた。
魔法戦士養成学校のカリキュラムを終了した生徒達が入隊してくる事は例年の事だが、今年は例年以上に受け入れる側の軍部がざわついていた。
――十年に一人の天才が入隊してくる。
その天才がどこに配属されるのか、兵舎ではその話題で持ち切りになっていた。
ジルはこのタイミングでの呼び出しにイヤな予感しかしない。
天才とか呼ばれる人間なんざ面倒くさいヤツに決まってる。そんな将来有望な原石を自分が面倒見るなんてまっぴら御免だ。
そう思いながら上官の執務室に入ったジルを待ち受けていたのは、案の定、件の新人の配属の話。
「……そうか。ならば仕方あるまい。かなりの美人と聞いていたが……他のヤツに任せるとし――」
「このジル・パーソン中尉! 謹んで新人教育の任務、拝命致します!」
だがしかし。
新人が美人とあらば、そんなオイシイ話を断る訳にはいかない。
ジルは鮮やかに態度を翻し、新人の受け入れを受諾した。
▼△▼
「アンタ……そういう趣味の人か……?」
チューヤがちょっと引きながらそう言うと、マリアンヌはチューヤに隠れるように身を寄せ、スージィは胸を隠すように身を捩る。
「おっと、そんな尊敬の眼差しで見るのはやめてくれないか? こう見えて、結構照れ屋なんだ」
シンディとの昔話を始めた途端に残念な人になってしまったジルだが、周囲の冷え切った視線に少しばかり頬を染めながら、昔話を続けた。
▼△▼
「本日より配属になりました、シンシア准尉であります!」
軍の中では通常小隊ごとに集団生活を送っている。標準的な小隊の人数が五~六人程。その小隊が四部隊ほど集まったものが中隊となり、四個中隊が集まると大隊となる。
そして大隊事に兵舎が別れており、その中でさらに中隊、小隊と枝分かれしていく。
シンシア准尉と名乗った新兵がいるのはジルが率いるパーソン中隊の、中隊長の執務室だ。
「ようこそ我が隊へ。歓迎するよ、准尉。私が中隊を預かるジル・パーソン中尉だ」
「はっ!」
シンシアは軍隊式の堅苦しい敬礼をしながらも、緊張した表情ではなく、余裕すら感じさせる佇まいだった。そこにジルはたまらなく興味を惹かれた。故に、わざと気に障るような質問をぶつけてみる。
「君は家名はないのか? 養成学校では天才と言われていたそうだが、貴族の出だとか噂になっていた。ああ、それから、そんな堅苦しい挨拶は我が隊では無用だ。ただ、他の上官にはそれなりの態度でな」
そして、フランクな態度を許可する事により、目の前の新兵の本音を掘り返そうとした。
「……それではそのように。アタシは孤児。だから親なんて知らないし、家名なんてないっす。その事でバカにするヤツや、鼻もちならない貴族の連中は黙らせてきました!」
グラマラスな肢体、そしてややタレ気味の目尻と艶やかな唇。まだ十代後半にして妖艶さを醸し出す少女は、不敵な笑みを浮かべながら拳を握って見せながら、そう言い放った。
「ふふ……はっはっは! 気に入った! 君は私直属の隊で預かる事になる。よろしく頼むよ」
魔法戦士養成学校のエリートクラス卒業生は、軍に入隊した時点で准尉という階級が与えられる。言うなればそれは士官候補生の意味合いであり、新人として配属された直後はどこぞの小隊長の下で経験を積む。
それが中隊長直属の預かりというのはかなり異例の事であった。故に、それに関してはシンシアも少々驚いたようで、目を大きく見開いた。
(くっ……可愛いじゃねえの?)
どちらかと言えば可愛いと言うよりは美人と言った方がしっくりくるシンシアの容姿だが、無防備な表情は年齢相応の可愛らしさがあった。ジルはそのアンバランスな可愛らしさに完全にやられてしまう。
「よし! 決めたぞ。シンシア……呼びにくいな。今日から君はシンディと名乗れ。ウチの養子にする! 家名はパーソンだ。いいな?」
「はぁ?」
「返事は? 分かったらイエスだ! 分からなくてもイエスだ!」
「分かんねえのにイエスとか言えるか!」
「なにぃ!?」
この日、ジルの我儘でシンディが誕生した。
――補足――
ジルの家について。
彼女の実家は商人の家系であり、本来であれば家名はありません。しかし、多大なる功績からミナルディ国王より男爵位を与えられています。つまり、当時の彼女は男爵家の令嬢でもあり、現在は後を継いで女男爵(バロネス)となっています。
当代限りの爵位を褒美として与える事は多いですが、世襲が認められる永代貴族の立場を与えたというのは、それだけジルの商会がミナルディ国家を潤したという事でしょう。
煙管をふかしながら、視線を僅かに上に向け遠くを見つめるような目をしてジルが語り始める。
▼△▼
「ジル。例の新人な、貴様の部隊に配属させる」
「えぇ……イヤですよめんどくさい。どうせ天才とかもてはやされて、天狗になってる貴族のボンボンなんでしょう?」
ある春の日。当時王軍に所属していたジルは上官に呼び出され、執務室で上官と対面していた。
魔法戦士養成学校のカリキュラムを終了した生徒達が入隊してくる事は例年の事だが、今年は例年以上に受け入れる側の軍部がざわついていた。
――十年に一人の天才が入隊してくる。
その天才がどこに配属されるのか、兵舎ではその話題で持ち切りになっていた。
ジルはこのタイミングでの呼び出しにイヤな予感しかしない。
天才とか呼ばれる人間なんざ面倒くさいヤツに決まってる。そんな将来有望な原石を自分が面倒見るなんてまっぴら御免だ。
そう思いながら上官の執務室に入ったジルを待ち受けていたのは、案の定、件の新人の配属の話。
「……そうか。ならば仕方あるまい。かなりの美人と聞いていたが……他のヤツに任せるとし――」
「このジル・パーソン中尉! 謹んで新人教育の任務、拝命致します!」
だがしかし。
新人が美人とあらば、そんなオイシイ話を断る訳にはいかない。
ジルは鮮やかに態度を翻し、新人の受け入れを受諾した。
▼△▼
「アンタ……そういう趣味の人か……?」
チューヤがちょっと引きながらそう言うと、マリアンヌはチューヤに隠れるように身を寄せ、スージィは胸を隠すように身を捩る。
「おっと、そんな尊敬の眼差しで見るのはやめてくれないか? こう見えて、結構照れ屋なんだ」
シンディとの昔話を始めた途端に残念な人になってしまったジルだが、周囲の冷え切った視線に少しばかり頬を染めながら、昔話を続けた。
▼△▼
「本日より配属になりました、シンシア准尉であります!」
軍の中では通常小隊ごとに集団生活を送っている。標準的な小隊の人数が五~六人程。その小隊が四部隊ほど集まったものが中隊となり、四個中隊が集まると大隊となる。
そして大隊事に兵舎が別れており、その中でさらに中隊、小隊と枝分かれしていく。
シンシア准尉と名乗った新兵がいるのはジルが率いるパーソン中隊の、中隊長の執務室だ。
「ようこそ我が隊へ。歓迎するよ、准尉。私が中隊を預かるジル・パーソン中尉だ」
「はっ!」
シンシアは軍隊式の堅苦しい敬礼をしながらも、緊張した表情ではなく、余裕すら感じさせる佇まいだった。そこにジルはたまらなく興味を惹かれた。故に、わざと気に障るような質問をぶつけてみる。
「君は家名はないのか? 養成学校では天才と言われていたそうだが、貴族の出だとか噂になっていた。ああ、それから、そんな堅苦しい挨拶は我が隊では無用だ。ただ、他の上官にはそれなりの態度でな」
そして、フランクな態度を許可する事により、目の前の新兵の本音を掘り返そうとした。
「……それではそのように。アタシは孤児。だから親なんて知らないし、家名なんてないっす。その事でバカにするヤツや、鼻もちならない貴族の連中は黙らせてきました!」
グラマラスな肢体、そしてややタレ気味の目尻と艶やかな唇。まだ十代後半にして妖艶さを醸し出す少女は、不敵な笑みを浮かべながら拳を握って見せながら、そう言い放った。
「ふふ……はっはっは! 気に入った! 君は私直属の隊で預かる事になる。よろしく頼むよ」
魔法戦士養成学校のエリートクラス卒業生は、軍に入隊した時点で准尉という階級が与えられる。言うなればそれは士官候補生の意味合いであり、新人として配属された直後はどこぞの小隊長の下で経験を積む。
それが中隊長直属の預かりというのはかなり異例の事であった。故に、それに関してはシンシアも少々驚いたようで、目を大きく見開いた。
(くっ……可愛いじゃねえの?)
どちらかと言えば可愛いと言うよりは美人と言った方がしっくりくるシンシアの容姿だが、無防備な表情は年齢相応の可愛らしさがあった。ジルはそのアンバランスな可愛らしさに完全にやられてしまう。
「よし! 決めたぞ。シンシア……呼びにくいな。今日から君はシンディと名乗れ。ウチの養子にする! 家名はパーソンだ。いいな?」
「はぁ?」
「返事は? 分かったらイエスだ! 分からなくてもイエスだ!」
「分かんねえのにイエスとか言えるか!」
「なにぃ!?」
この日、ジルの我儘でシンディが誕生した。
――補足――
ジルの家について。
彼女の実家は商人の家系であり、本来であれば家名はありません。しかし、多大なる功績からミナルディ国王より男爵位を与えられています。つまり、当時の彼女は男爵家の令嬢でもあり、現在は後を継いで女男爵(バロネス)となっています。
当代限りの爵位を褒美として与える事は多いですが、世襲が認められる永代貴族の立場を与えたというのは、それだけジルの商会がミナルディ国家を潤したという事でしょう。
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