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二章 立志

傭兵の本分

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 戦時になれば戦場に赴くのが傭兵の本分はある。しかし、傭兵は軍に所属している兵とは違い、雇い主を選ぶ自由もある。
 その自由を捨ててまで、傭兵組合に登録する意味とは。

「知っての通り、表向きミナルディとスクーデリアは友好関係にある。そんな訳で、今は傭兵の仕事場である戦場がほとんどないからねえ」

 やや言葉の足りないジルの言葉を、それぞれがかみ砕いて理解しようとした。
 ミナルディ王国が国境を接しているのはスクーデリアだけではないが、大国にして版図拡大の動きを見せているスクーデリアがミナルディ以外の国にちょっかいを掛けているため、他国はミナルディに構っている暇はない。

「つまり、ミナルディを拠点にしている傭兵に限って言えば、景気が悪いという事か」
「ところが、一概にそうも言い切れねえんだな、これが」

 カールが口にした言葉に、護衛の二人のうちの一人が答える。

「俺達はしばらく前に、組合経由でジル様のキャラバンの護衛依頼を受けたんだ。その時賊に襲われたんだが、なんとか撃退したんだ」
「そうそう、それ以来、ジル様は俺達を専属で雇って下さったんだ」
「全くよお、ジル様は変わりもんだぜ? 普通は傭兵なんて雑な扱いをされるもんだ」
「そうだぜ!? それをジル様はな!」

 二人の護衛の男は、浅黒い肌の精悍な顔つきを破顔させ、目をキラキラさせて話し始める。
 しかしそれは、どこかむず痒いような表情のジルによって止められてしまった。

「やめなよ、そんな話は。それより、先行警戒の奴に今夜の宿の手配をしに行かせなよ。あ、四人分増えてるからな!」
「「はっ!」」

 ジルに指示を受けた二人は、急にキリッと態度を改め、さらにそのうちの一人が窓から顔を出して大声で叫んだ。

「おおーい! リンダ!」

 少しすると、速度を緩めた騎馬が馬車に並走する。

「どうした?」

 リンダと呼ばれた騎上の女兵士が、やや馬車の窓に目線を合わせるように身をかがめた。焦げ茶色の長い髪をポニーテールに纏め、皮の装備に背中に矢筒と短弓を背負っている。
 中々気の強そうな美人だ。

「今日の宿に先行して伝えてくれ。宿泊人数を四人追加だ」

 リンダは指示を聞いたあと、馬車の中を覗き込み、ニタリと笑った。

「へえ、君達、まだ若いけどジル様のお眼鏡にかなったって訳だね。ま、頑張りなよ!」

 それだけ言うと、リンダは馬を早駆けにして去っていく。

「あー、えーと、ジル様? 済まねえな。世話ンなるぜ」

 自分達の為に宿の手配をしてくれたジルに対し、チューヤが礼を述べるが、どう接していいか分からずに口調がいつも通りだ。どうやらこの男、違った方向でコミュケーションを取るのが苦手らしい。

「こらチューヤ! お礼くらいちゃんと言いなよ!」
「お、おう……」

 チューヤに正面からここまで言えるのはマリアンヌくらいだろうか。
 彼は見た目の印象のせいで周囲の人間からは近寄りがたい存在と思われてきた。脳筋クラスではある程度壁は取り払われていたが、それでもマリアンヌのように無遠慮なツッコミを入れる事が出来るのは殆どいない。実力的に対抗できるカールと、入学試験で苦杯を舐めて以来対抗心を燃やしているスージィくらいだろうか。
 しかしチューヤは本来優しさの際立った人間だ。思考が戦闘民族なだけである。余程逆鱗に触れる事がなければ本気を出す事はない。
 ……カールが相手の場合は別だが。

「ああ、気にする事はないよ。あんた達は私の取引相手だからね。そんなに畏まる必要はないさ」

 ジルが柔和な微笑みを浮かべながらそう語ると、チューヤは明らかにホッとした表情になる。

「なあ、君。チューヤ君と言ったか? そのバスタードソードは中々の代物とお見受けするが?」

 馬車の中に入りシートに座る際に、背中のバスタードソードは脇に立てかけてある。それを目にしたジルが一瞬目を見開いた。

「へえ、分かるのかい? でもコイツは師匠から譲り受けた大事なモンだから譲れねえよ?」
「ふふ。そうか。師匠からねえ……なに、私も商人の端くれだからね。目利きは大事な武器なのさ。だから気になっただけさ」

 それだけ言うと、ジルは意味深な笑みを浮かべたまま窓の外に視線をやり、それきり会話に参加する事はなかった。
 しかし、護衛の二人と雑談を躱しながら、チューヤ達四人は少しずつだが情報を仕入れていた。
 この馬車に乗っている二人と前後の騎馬はジルが専属で雇っている者。また荷馬車から出てきた男達は傭兵組合に依頼を出し、そこから派遣されてきた臨時の傭兵。
 ミナルディで傭兵組合に属している者は、このような護衛依頼や変異種の討伐を主な仕事にしている。そこで実績を上げれば、傭兵組合を通さずに専属として定職に就く事も可能だ。ここにいる彼等のように。

「なるほど。組合が仕事を斡旋してくれるから、戦争がなくても傭兵は食いっぱぐれねえって事か」

 護衛二人の説明を聞いていたチューヤが、納得したような顔で頷く。しかし、それに表情を険しくした一人が答える。

「まあな。でもな、俺達みたいな専属になれたヤツは別だが、そうじゃねえ傭兵組合の構成員は、戦争になったら強制的に動員される」
「そうだ。男も女も年寄りも子供も関係ねえ。登録しているヤツ全員が対象だ」

 全員戦争に動員される。その言葉を聞いたマリアンヌとスージィが表情を変えながら息を飲む。

「王立魔法戦士養成学校の関係者が何を今更狼狽える? 傭兵なんだ。戦争に出向いて敵を倒すのが本分だろう?」

 室内の空気が変わったのを感じ取ったのか、車窓に流れゆく景色を見つめたまま、ジルがそう呟いた。
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