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一章 魔法戦士養成学校編

舵をとる方向は

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(これ以上、このクラスにいても得るものはない……)

 カールは実技訓練を終えた後、忸怩じくじたる思いを抱きながら一人構外の公園に佇んでいた。少しばかりの緑と花、そして噴水を囲むように配置された二人掛けのベンチ。そこに深く腰掛け、じっと噴水を見ている。いや、視線は噴水を向いているが、カールがているのは現実の風景などではない。
 王国全体の気風。教官の態度。全てが魔法を使える自分達が中心である。全世界においても魔法を使える人間というのはごく少数派だ。その少数の人間が他の人間を押さえつけている。

(こんな世の中はいずれ破綻するはずだ。その時に私達魔法使いは数の暴力に果たして勝てるのだろうか? いや、よしんば勝てたとして、その後の世界に平和はあるのか?)

 今日の実習でも、これと言って得るものはなく、かといって座学の方も学校の蔵書から十分学べる内容だと思われる。

(むしろ戦士クラスに移籍して、実戦を重ねた方が……いや、それでは……)

 しかし、カールの望みは魔法戦士として強くなることよりも、王立魔法戦士団に入団する事だ。そして国内で最も権威があるその魔法戦士団で手柄を上げ、没落した家を復興する事。
 そこまで考えた所で、漸くカールの視線は噴水へと焦点を合わせた。

「没落貴族の私は、何としても我が家を再興しなければならない。そのためには戦士クラスへの移籍など!」
「そうだよ? あんまりおかしな事は考えちゃダメ!」
「うぬっ!?」

 カールの目には、いきなり隣にスージィが現れたように見えただろう。しかし、暫く前からスージィは静かにカールの隣に座っていた。

「もう、こんな可愛い子が隣に座っているのにも気付かずに考え事?」

 スージィはぷくっと頬膨らませ、拗ねたように口を尖らせて抗議する。それにカールは軽く手を上げて謝罪の意を示す。
 突然現れた|(ように見えた)スージィに驚きはしたももの、カールはすぐに平静を取り戻し、再び視線を噴水に戻しながら語る。

「なあ、スージィはどう思う?」
「どうって、何が?」

 今の王国や学校の在り方。魔法戦士の増長。身にならない授業の内容。『どう』の中には様々な意味が包含されていた。カールの質問があまりにも簡略化されすぎていたのでスージィは取り敢えず首を傾げる。
 そこでカールは、今までこのベンチで何を考えていたのかスージィに告げた。
 カールの中でこのスージィという少女は、自分と近い価値観を持っていると感じている数少ない人物だ。それ故に気も合うし、共にいる時間も多い。

「そうねえ。花を取るか実を取るか、それはカール自身が決める事じゃないかしら? 家の事や国の事は、私にはちょっと分からないわね」
 
 スージィは花と実に例えた。花を取りたいならこのままエリートクラスで順当な出世コースを辿るべき。しかしそれが自分の力になり得ないのなら戦士クラスに移籍して己を磨いて実を取れ。スージィはそう言っている。将来の事はそれから考えろと。
 そしてそれは全て自分で決めなければならない。
 
「……そうだな。ありがとう、スージィ。よく考えてみるよ」
「いいえ。一つ貸しにしておくわね?」

 スージィが二ッと笑みを浮かべながら、カールを覗き込むように見上げながら言った。

「あ、ああ。分かった。覚えておこう」

 一瞬目を合わせたカールだが、慌てて目を逸らす。やや頬が赤く染まっているのをスージィは見逃さなかった。

「ふふ。さあ、寮に戻りましょう? 夕食に間に合わなくなっちゃう」

(こうして全寮制で学べるのもエリートクラスだけ……か)

 至る所に見える差別社会に、カールは深いため息をついた。

▼△▼

「ここがお前の部屋だ。好きに使いな。ああ、アタシの部屋と風呂やトイレは流石に気を使えよ?」

 やや小ぶりながら、れっきとした一軒家でしかも二階建て。建物こそこじんまりしているが、比較的大きな裏庭がある。
 魔法戦士養成学校がある王都郊外からそれ程離れていない住宅地の一角。平民層の中でも比較的裕福な階層が集まっているエリアにそれはあった。
 二階には部屋が三つある。チューヤはそのうちの使っていない部屋をあてがわれた。

「……まさか住み込みとは……」
「ああン? こんな美人で色っぽいおねえさんと同居出来て嬉しいのは分かるがよ、貞操の危機を感じたら遠慮なく自己防衛するからそのつもりでな?」
「……分かってますよ」

 口調は蓮っ葉でガサツなシンディなので、家の中もそれなりの状態を想像していたチューヤだが、キッチリと整理整頓され、掃除も行き届いている。シンディの隠れた一面を見た気がした。となると、普段意識していなかったシンディの女性っぽさというものを実感せざるを得ない。
 そこをからかうシンディだった。

 シンディはこの家から魔法戦士養成学校へ通っている。
 ちなみにエリートクラスは学校内にある寮へ住み込みとなっており、食事を含めて生活環境は整っているが、脳筋クラスは自宅から通うか、自宅が遠い者は王都に宿を借りたり下宿先を確保せねばならない。大方の生徒は初めの一か月程は格安の宿で過ごし、仲良くなった数人で貸家をシェアするなどの工夫をするようになる。
 チューヤの類まれな、そして危険極まる潜在能力の使い方を叩きこむ為に、シンディは自分の家にチューヤを住みこませ、徹底的に修行させる事を決心した。
 チューヤはその日の内に必要最低限の荷物だけを持ち、シンディの自宅へと引っ張り込まれたという訳である。シンディに修行を付けてもらうという話は、強さを求めるチューヤにとって願ったり叶ったりだったが、まさか一つ屋根の下で暮らす事になるとは思っておらず、かなり狼狽えている。
 年頃の男子が大人の女性と同居するともなれば、無理もない事だが。

(コイツがトチ狂って本気で襲ってきたら、アタシでも危ないかもねぇ。そんときゃ大人しく捧げちまおうかねぇ……ふっ。何考えてんだアタシは)

 バーサク・ベアを単独で倒したチューヤの力。そんな猛獣にもなりかねない少年を のだ。シンディもそれなりの覚悟が必要だった。

 その頃、チューヤの家では。

「結局ボクがこの家を管理するって条件で住まわせてもらえる事になったけど……」

 一応王都の中にあり、魔法戦士養成学校にも十分通える位置にあるチューヤの家。その家主であるチューヤがシンディの家に住みこむ事になった為、マリアンヌは管理を頼まれた。条件はこの家に住む事。家賃は無し。
 貧しい家に育ったマリアンヌがかなり条件の悪い場所に下宿しているが、それでも経済的には大きな負担となっていた。そこへ家賃不要のこの条件。マリアンヌはすぐに飛びついた。そして何より。

「うふふ……このベッド、チューヤのにおいする……」

 些か不純な動機も混じっていた事は誰も知らない。

 
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