上 下
12 / 160
一章 魔法戦士養成学校編

舵をとる方向は

しおりを挟む
(これ以上、このクラスにいても得るものはない……)

 カールは実技訓練を終えた後、忸怩じくじたる思いを抱きながら一人構外の公園に佇んでいた。少しばかりの緑と花、そして噴水を囲むように配置された二人掛けのベンチ。そこに深く腰掛け、じっと噴水を見ている。いや、視線は噴水を向いているが、カールがているのは現実の風景などではない。
 王国全体の気風。教官の態度。全てが魔法を使える自分達が中心である。全世界においても魔法を使える人間というのはごく少数派だ。その少数の人間が他の人間を押さえつけている。

(こんな世の中はいずれ破綻するはずだ。その時に私達魔法使いは数の暴力に果たして勝てるのだろうか? いや、よしんば勝てたとして、その後の世界に平和はあるのか?)

 今日の実習でも、これと言って得るものはなく、かといって座学の方も学校の蔵書から十分学べる内容だと思われる。

(むしろ戦士クラスに移籍して、実戦を重ねた方が……いや、それでは……)

 しかし、カールの望みは魔法戦士として強くなることよりも、王立魔法戦士団に入団する事だ。そして国内で最も権威があるその魔法戦士団で手柄を上げ、没落した家を復興する事。
 そこまで考えた所で、漸くカールの視線は噴水へと焦点を合わせた。

「没落貴族の私は、何としても我が家を再興しなければならない。そのためには戦士クラスへの移籍など!」
「そうだよ? あんまりおかしな事は考えちゃダメ!」
「うぬっ!?」

 カールの目には、いきなり隣にスージィが現れたように見えただろう。しかし、暫く前からスージィは静かにカールの隣に座っていた。

「もう、こんな可愛い子が隣に座っているのにも気付かずに考え事?」

 スージィはぷくっと頬膨らませ、拗ねたように口を尖らせて抗議する。それにカールは軽く手を上げて謝罪の意を示す。
 突然現れた|(ように見えた)スージィに驚きはしたももの、カールはすぐに平静を取り戻し、再び視線を噴水に戻しながら語る。

「なあ、スージィはどう思う?」
「どうって、何が?」

 今の王国や学校の在り方。魔法戦士の増長。身にならない授業の内容。『どう』の中には様々な意味が包含されていた。カールの質問があまりにも簡略化されすぎていたのでスージィは取り敢えず首を傾げる。
 そこでカールは、今までこのベンチで何を考えていたのかスージィに告げた。
 カールの中でこのスージィという少女は、自分と近い価値観を持っていると感じている数少ない人物だ。それ故に気も合うし、共にいる時間も多い。

「そうねえ。花を取るか実を取るか、それはカール自身が決める事じゃないかしら? 家の事や国の事は、私にはちょっと分からないわね」
 
 スージィは花と実に例えた。花を取りたいならこのままエリートクラスで順当な出世コースを辿るべき。しかしそれが自分の力になり得ないのなら戦士クラスに移籍して己を磨いて実を取れ。スージィはそう言っている。将来の事はそれから考えろと。
 そしてそれは全て自分で決めなければならない。
 
「……そうだな。ありがとう、スージィ。よく考えてみるよ」
「いいえ。一つ貸しにしておくわね?」

 スージィが二ッと笑みを浮かべながら、カールを覗き込むように見上げながら言った。

「あ、ああ。分かった。覚えておこう」

 一瞬目を合わせたカールだが、慌てて目を逸らす。やや頬が赤く染まっているのをスージィは見逃さなかった。

「ふふ。さあ、寮に戻りましょう? 夕食に間に合わなくなっちゃう」

(こうして全寮制で学べるのもエリートクラスだけ……か)

 至る所に見える差別社会に、カールは深いため息をついた。

▼△▼

「ここがお前の部屋だ。好きに使いな。ああ、アタシの部屋と風呂やトイレは流石に気を使えよ?」

 やや小ぶりながら、れっきとした一軒家でしかも二階建て。建物こそこじんまりしているが、比較的大きな裏庭がある。
 魔法戦士養成学校がある王都郊外からそれ程離れていない住宅地の一角。平民層の中でも比較的裕福な階層が集まっているエリアにそれはあった。
 二階には部屋が三つある。チューヤはそのうちの使っていない部屋をあてがわれた。

「……まさか住み込みとは……」
「ああン? こんな美人で色っぽいおねえさんと同居出来て嬉しいのは分かるがよ、貞操の危機を感じたら遠慮なく自己防衛するからそのつもりでな?」
「……分かってますよ」

 口調は蓮っ葉でガサツなシンディなので、家の中もそれなりの状態を想像していたチューヤだが、キッチリと整理整頓され、掃除も行き届いている。シンディの隠れた一面を見た気がした。となると、普段意識していなかったシンディの女性っぽさというものを実感せざるを得ない。
 そこをからかうシンディだった。

 シンディはこの家から魔法戦士養成学校へ通っている。
 ちなみにエリートクラスは学校内にある寮へ住み込みとなっており、食事を含めて生活環境は整っているが、脳筋クラスは自宅から通うか、自宅が遠い者は王都に宿を借りたり下宿先を確保せねばならない。大方の生徒は初めの一か月程は格安の宿で過ごし、仲良くなった数人で貸家をシェアするなどの工夫をするようになる。
 チューヤの類まれな、そして危険極まる潜在能力の使い方を叩きこむ為に、シンディは自分の家にチューヤを住みこませ、徹底的に修行させる事を決心した。
 チューヤはその日の内に必要最低限の荷物だけを持ち、シンディの自宅へと引っ張り込まれたという訳である。シンディに修行を付けてもらうという話は、強さを求めるチューヤにとって願ったり叶ったりだったが、まさか一つ屋根の下で暮らす事になるとは思っておらず、かなり狼狽えている。
 年頃の男子が大人の女性と同居するともなれば、無理もない事だが。

(コイツがトチ狂って本気で襲ってきたら、アタシでも危ないかもねぇ。そんときゃ大人しく捧げちまおうかねぇ……ふっ。何考えてんだアタシは)

 バーサク・ベアを単独で倒したチューヤの力。そんな猛獣にもなりかねない少年を のだ。シンディもそれなりの覚悟が必要だった。

 その頃、チューヤの家では。

「結局ボクがこの家を管理するって条件で住まわせてもらえる事になったけど……」

 一応王都の中にあり、魔法戦士養成学校にも十分通える位置にあるチューヤの家。その家主であるチューヤがシンディの家に住みこむ事になった為、マリアンヌは管理を頼まれた。条件はこの家に住む事。家賃は無し。
 貧しい家に育ったマリアンヌがかなり条件の悪い場所に下宿しているが、それでも経済的には大きな負担となっていた。そこへ家賃不要のこの条件。マリアンヌはすぐに飛びついた。そして何より。

「うふふ……このベッド、チューヤのにおいする……」

 些か不純な動機も混じっていた事は誰も知らない。

 
しおりを挟む
感想 103

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。

狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。 街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。 彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...