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一章 魔法戦士養成学校編
ゲーム終了?
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チューヤが樹上のマリアンヌのもとへ迎えにいくと、大振りの枝にぺたんと座り込んだ彼女が、頬を上気させながら涙をはらはらと零していた。
「どした? ほれ、降りるぞ?」
そう声を掛けるも、マリアンヌは俯いて首を振るだけ。
「どうしたってんだ?」
「お願い、あんまりボクの近くに来ないで……」
「? なんだ、自分で降りられるんならそれでも――」
そう言いかけたところで、マリアンヌはチューヤの袖をぎゅっと掴んだ。
「それもヤダ。もう少し、待ってて。でも少し離れて」
「はぁ? どうしたんだよ。体調でも悪いのか? だったら教官呼んで――」
そんなチューヤの呼びかけにも、袖を掴んでふるふると首を振るのみのマリアンヌなので、流石にチューヤも尋常な事態ではないのだろうかと、心底心配になって来た。そしてまじまじとマリアンヌを見る。
「お願い……誰にも言わないで?」
自分の状況がどうなっているのか見られたマリアンヌは、股の周辺を水浸しにしながら、上目遣いで哀願するのだった。
羞恥に頬を染め、涙目の上目遣いというコンボを決められたチューヤは、その破壊力にドギマギしながらも現状を打開する最善策を考える。
ゲームはまだ終わってはいない。武器が無い自分でも、雑魚数匹程度なら討伐してポイントを稼げるだろう。しかし、戦闘が苦手なマリアンヌがパートナーである今、自分が万全な状態ではないと守り切れる保証はない。
(それなら、今回のゲームはここで時間切れゲームオーバーって事にするか。悔しいけどな。コイツを巻き込む訳にもいかねえし)
「悪ィな。ここで時間までじっとしてようぜ」
マリアンヌの着衣がせめて乾くまで。風系統の魔法でも使えればすぐ乾燥させて戦線復帰も出来ただろうが、今の二人にはじっとしている事しか出来なかった。
「チューヤ、ゴメンね?」
「あー、別にいいよ。ただお前、事前に申告とかで――」
「出来ないよっ! 乙女にそんな恥ずかしい事言わせるのっ!?」
いや、漏らす方が恥ずかしいだろと内心思ったチューヤだが、そこまで口に出す程デリカシーが欠けている訳でもなかった。それからの二人は互いに視線を背け、言葉を交わすこともせず、なんとも窮屈な時間を過ごしたのだった。
――ドーン!
暫く気まずい時を過ごした二人にも、強制的に動かなければならない時間は訪れる。今、ゲームの終了を知らせる合図が空で爆発した。シンディの魔法によるものだ。
「ねえ……ボク、まだニオイする?」
「あ?」
頬を染めながら俯いたままのマリアンヌがボソボソと呟いたので、ついついチューヤも反射的にクンカクンカとマリアンヌに近付いて臭いを嗅いでしまう。
「ちょ、嗅がないで!」
「ふべっ!?」
反射的に繰り出した平手打ち。チューヤは危うく枝から落ちそうになるが、どうにか堪える。
「今お前が臭うかって……」
「それでも! ボク、これでも女の子なんだよ? ていうか、こんなキタナイ子触るのイヤだよね?」
「はぁ……」
なんだか一人で空回っている感のあるマリアンヌに、チューヤはひとつため息をついて、ここまで移動してきた時のように小脇に抱えた。
「えっ? いやっ!」
「大人しくしやがれ。一人じゃ降りられねえクセしやがって」
「むぅ……」
それに、辺りはバーサク・ベアの血の臭いが凄い。チューヤはこれを利用するつもりだった。
「ほれ」
チューヤは柔らかく着地し、バーサク・ベアの血がまだ乾ききっていない地面へとマリアンヌを座らせた。
「それならバレねえだろ」
例によって、マリアンヌは樹上からの降下の際に腰を抜かしていた為、血だまりの中へぺたんと座る事になった。
一瞬、何をするのかとチューヤに食って掛かりそうになったマリアンヌだが、彼の意図を理解すると、その意外な程の気遣いに感謝の念が湧いてくる。
「チューヤ……優しいんだね。ありがとう」
「おう、当たりめえだろ。俺の八割は優しさで出来てんだ。ほら、立てるか?」
「ホント、そうだね……」
お互いに照れ臭そうな顔をしているが、チューヤの差し出した手に、マリアンヌは素直に手を伸ばした。立ち上がると、流石におてて繋いで帰還という訳にもいかずに手を離すが、少しだけ名残惜しい気持ちにマリアンヌは戸惑いを感じる。
「よし、戻ろうぜ」
そんな自分の気持ちを知る由もないチューヤが歩を進めていくのを追いかけながら、マリアンヌは大きな感謝と、少しだけ膨れ上がった好意をどうチューヤに伝えようかと悩ましい思いを抱えるのだった。
▼△▼
「おお、戻ったか。遅かったじゃねえか。お前らが最後だぜ?……っておい! マリアンヌ!」
チューヤとマリアンヌがクライメイト達の元へ戻ると、シンディが出迎えた。そして血まみれになっているマリアンヌを見て血相を変えた。他のクラスメイト達もざわつきながら、マリアンヌに注目していた。
「あっ、これ、大丈夫だよ! 血だまりで転んじゃっただけなんだ!」
普段注目される事がないマリアンヌは、両手を前に出してぶんぶんしながら、あわあわと弁解した。それを聞いた全員がホッと空気を弛緩させ、各々が雑談の続きに戻っていく。
そんな中、シンディだけは疑わしそうな視線を投げかける。
「本当に、大丈夫なんだな?」
「はい! 問題ありません!」
そんなシンディの確認にも、マリアンヌはきっぱりと答えた。
「そうか。ならいい。そんじゃあゲームの結果発表すんぞー」
マリアンヌの答えに満足したのか、シンディが結果発表へと話題を切り替えた。
今回、チューヤ達の成果はバーサク・ベア一頭だけだ。シンディがどういうポイントの振り方をするのか分からないが、雑魚でも大量に狩ればポイントを稼げる訳で、勝負の行方は全く予想できない。
もっとも、チューヤはあのバーサク・ベアがそこまで大量ポイントを稼げるような相手だという認識はないし、マリアンヌも索敵しかしておらず、むしろお荷物になっていた自覚があるので、結果に関しては期待していなかった。
「チューヤ、マリアンヌ。放課後アタシんトコまで来な。好きなモン奢ってやんよ」
そんなシンディの発表に、チューヤもマリアンヌも暫くポカーンと口を開いていたが、他の生徒達の歓声や怨嗟の声で我に返る。そして二人はハイタッチで喜びを表すのだった。
「どした? ほれ、降りるぞ?」
そう声を掛けるも、マリアンヌは俯いて首を振るだけ。
「どうしたってんだ?」
「お願い、あんまりボクの近くに来ないで……」
「? なんだ、自分で降りられるんならそれでも――」
そう言いかけたところで、マリアンヌはチューヤの袖をぎゅっと掴んだ。
「それもヤダ。もう少し、待ってて。でも少し離れて」
「はぁ? どうしたんだよ。体調でも悪いのか? だったら教官呼んで――」
そんなチューヤの呼びかけにも、袖を掴んでふるふると首を振るのみのマリアンヌなので、流石にチューヤも尋常な事態ではないのだろうかと、心底心配になって来た。そしてまじまじとマリアンヌを見る。
「お願い……誰にも言わないで?」
自分の状況がどうなっているのか見られたマリアンヌは、股の周辺を水浸しにしながら、上目遣いで哀願するのだった。
羞恥に頬を染め、涙目の上目遣いというコンボを決められたチューヤは、その破壊力にドギマギしながらも現状を打開する最善策を考える。
ゲームはまだ終わってはいない。武器が無い自分でも、雑魚数匹程度なら討伐してポイントを稼げるだろう。しかし、戦闘が苦手なマリアンヌがパートナーである今、自分が万全な状態ではないと守り切れる保証はない。
(それなら、今回のゲームはここで時間切れゲームオーバーって事にするか。悔しいけどな。コイツを巻き込む訳にもいかねえし)
「悪ィな。ここで時間までじっとしてようぜ」
マリアンヌの着衣がせめて乾くまで。風系統の魔法でも使えればすぐ乾燥させて戦線復帰も出来ただろうが、今の二人にはじっとしている事しか出来なかった。
「チューヤ、ゴメンね?」
「あー、別にいいよ。ただお前、事前に申告とかで――」
「出来ないよっ! 乙女にそんな恥ずかしい事言わせるのっ!?」
いや、漏らす方が恥ずかしいだろと内心思ったチューヤだが、そこまで口に出す程デリカシーが欠けている訳でもなかった。それからの二人は互いに視線を背け、言葉を交わすこともせず、なんとも窮屈な時間を過ごしたのだった。
――ドーン!
暫く気まずい時を過ごした二人にも、強制的に動かなければならない時間は訪れる。今、ゲームの終了を知らせる合図が空で爆発した。シンディの魔法によるものだ。
「ねえ……ボク、まだニオイする?」
「あ?」
頬を染めながら俯いたままのマリアンヌがボソボソと呟いたので、ついついチューヤも反射的にクンカクンカとマリアンヌに近付いて臭いを嗅いでしまう。
「ちょ、嗅がないで!」
「ふべっ!?」
反射的に繰り出した平手打ち。チューヤは危うく枝から落ちそうになるが、どうにか堪える。
「今お前が臭うかって……」
「それでも! ボク、これでも女の子なんだよ? ていうか、こんなキタナイ子触るのイヤだよね?」
「はぁ……」
なんだか一人で空回っている感のあるマリアンヌに、チューヤはひとつため息をついて、ここまで移動してきた時のように小脇に抱えた。
「えっ? いやっ!」
「大人しくしやがれ。一人じゃ降りられねえクセしやがって」
「むぅ……」
それに、辺りはバーサク・ベアの血の臭いが凄い。チューヤはこれを利用するつもりだった。
「ほれ」
チューヤは柔らかく着地し、バーサク・ベアの血がまだ乾ききっていない地面へとマリアンヌを座らせた。
「それならバレねえだろ」
例によって、マリアンヌは樹上からの降下の際に腰を抜かしていた為、血だまりの中へぺたんと座る事になった。
一瞬、何をするのかとチューヤに食って掛かりそうになったマリアンヌだが、彼の意図を理解すると、その意外な程の気遣いに感謝の念が湧いてくる。
「チューヤ……優しいんだね。ありがとう」
「おう、当たりめえだろ。俺の八割は優しさで出来てんだ。ほら、立てるか?」
「ホント、そうだね……」
お互いに照れ臭そうな顔をしているが、チューヤの差し出した手に、マリアンヌは素直に手を伸ばした。立ち上がると、流石におてて繋いで帰還という訳にもいかずに手を離すが、少しだけ名残惜しい気持ちにマリアンヌは戸惑いを感じる。
「よし、戻ろうぜ」
そんな自分の気持ちを知る由もないチューヤが歩を進めていくのを追いかけながら、マリアンヌは大きな感謝と、少しだけ膨れ上がった好意をどうチューヤに伝えようかと悩ましい思いを抱えるのだった。
▼△▼
「おお、戻ったか。遅かったじゃねえか。お前らが最後だぜ?……っておい! マリアンヌ!」
チューヤとマリアンヌがクライメイト達の元へ戻ると、シンディが出迎えた。そして血まみれになっているマリアンヌを見て血相を変えた。他のクラスメイト達もざわつきながら、マリアンヌに注目していた。
「あっ、これ、大丈夫だよ! 血だまりで転んじゃっただけなんだ!」
普段注目される事がないマリアンヌは、両手を前に出してぶんぶんしながら、あわあわと弁解した。それを聞いた全員がホッと空気を弛緩させ、各々が雑談の続きに戻っていく。
そんな中、シンディだけは疑わしそうな視線を投げかける。
「本当に、大丈夫なんだな?」
「はい! 問題ありません!」
そんなシンディの確認にも、マリアンヌはきっぱりと答えた。
「そうか。ならいい。そんじゃあゲームの結果発表すんぞー」
マリアンヌの答えに満足したのか、シンディが結果発表へと話題を切り替えた。
今回、チューヤ達の成果はバーサク・ベア一頭だけだ。シンディがどういうポイントの振り方をするのか分からないが、雑魚でも大量に狩ればポイントを稼げる訳で、勝負の行方は全く予想できない。
もっとも、チューヤはあのバーサク・ベアがそこまで大量ポイントを稼げるような相手だという認識はないし、マリアンヌも索敵しかしておらず、むしろお荷物になっていた自覚があるので、結果に関しては期待していなかった。
「チューヤ、マリアンヌ。放課後アタシんトコまで来な。好きなモン奢ってやんよ」
そんなシンディの発表に、チューヤもマリアンヌも暫くポカーンと口を開いていたが、他の生徒達の歓声や怨嗟の声で我に返る。そして二人はハイタッチで喜びを表すのだった。
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