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不可解なクエスト

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 なんとなく気恥ずかしい。ここにいる全員の共通認識だろう。

 宿泊客たちの夕食が一段落した後、スタイン、ストラト。向かいにテル、ユキ。一つのテーブルを囲み4人で遅めの夕食を摂っている。

 「せっかく家族になったんだ。最初くらいは家族全員そろって食おうじゃねえか。」

 家長でもあるスタインの提案であった。並んだメニューはいつもより少しだがゴージャスだ。味も素晴らしい。

 「に、ににに兄さん!? それ、あたしが作ったんだよ。美味しい?」

 ストラトが滅茶苦茶緊張している。恐らく生まれて初めての『兄さん』だったんだろう。そのストラトの一言でみんなの緊張がほぐれた。

 「くっくくく。大丈夫だよ、ストラト。とっても美味しい。もう、おやっさんが引退しても十分やっていけるんじゃないか?」

 「ほんと!? やったぁ!」

 「おいテル。あんまり持ち上げるんじゃねえ。コイツにゃまだまだ仕込む事が山ほどあるんだからよ。」

 「なあ、ユキ。俺達も依頼が無い時は宿の仕事を手伝おうか。」

 「うむ!それはいいな!」

 『初めての家族揃っての食事』はテルとユキにとって生涯忘れられぬ思い出として胸に刻み込まれる事になった。

 「そうだ、おやっさん。明日からの依頼は少し遠出をするかも知れないんだ。数日留守にすると思う。」

 「ほお?遠征か。2人で行くのか?」

 「いや、他の冒険者パーティと合同なんだよ。どうも明日になるまで相手のパーティは秘密みたいなんだよな。」

 「くくく。まぁたゼマティスの野郎、悪巧みしてるんだろうぜ。ま、おめえらの事だ。心配はいらねえだろうが気を付けて行って来い。」

 「ああ、わかってる。」

◇◇◇

 夜。テルはなんとなく寝付けずに厩舎に来ていた。部屋ではユキとストラトが女子会よろしく話し込んでいたのだが話し疲れて何方ともなく眠ってしまった。

 「なあ、ムスタング。こんな俺に家族が出来ちまったよ。ホントの家族に見放された俺にだぞ?まさかお前以外に身内が出来るとはなぁ…」
 
 しみじみと語るテルにちゃんとムスタングは返事を返す。

 『ブルルルルッ』

 今のは『良かったじゃないか』だろうか。それとも『明日に備えて早く寝ろ』だろうか。

 「ははっ。そうだな。明日からはお前にも頑張って貰わなくちゃいけないからな。今日はもう寝るよ。じゃあな。お休み。」

 物音を立てないように部屋へ戻ると寝乱れたユキとストラトが居た。そおっと2人を抱きかかえてきちんとベッドに寝せてやり毛布を掛けてやるテルだが、抱きかかえられた時に少女たちの顔が緩んでいたのを気付く事は無かった。

◇◇◇

 翌朝、スタインとストラトに見送られ宿を後にしたテルとユキ。ムスタングを引きながらギルドに向かっている。ギルドの前でローランドと2人の冒険者が待っていた。

 「おはようございます…ってあれ?シモンズさん?」

 待っていた冒険者のうち1人はシモンズ。もう1人は中年の女性だが体形がスレンダーで肌の張りも良いのでぱっと見は随分と若く見える。装備から見るに弓使いのようだ。

 「おう。今回の依頼は俺達がお前のパーティに同行する。こっちが俺の嫁さんで『シャーベル』だ。見ての通り弓使いなんだがな。ブランクがあるからあんまり期待はしないでくれ。」

 「おはよう。アンタたちが売り出し中の若手実力派かい?ウチの旦那がべた褒めでさ。引退してたんだけどどうしてもアンタたちと一仕事したくなったんだ。ブランクはあるけどこれでもBランクなんだ。アタシは『シャーベル』。よろしく。」

 「俺はテルです。こちらこそよろしくお願いします。」
 「ユキと申す。今回は宜しく頼む。」

 ローランドによると、今回はこの4人でカムリ領との境にある山地に数日間籠り、魔物や危険性の高い野生動物の間引きをするが依頼内容だ。

 シモンズ達は馬車に、テル達はムスタングに乗り込み領境の山へ向かう。

 「領境の魔物の間引きか…」

 テルは何か引っかかるものがあった。御者をやっているシモンズに尋ねてみた。

 「なあ、シモンズさん。この依頼、何か裏があるんじゃないのか?」

 「へえ?なんでそんな事を思う?」

 「だってさ、領境の山ともなれば魔物が多少増えても街にはそんなに影響はないだろう?それに冒険者としての経験を積むだけなら別に街の近くでも出来る事はたくさん有ると思うんだ。」

 「不服か?この依頼が。」

 「いや。この依頼で魔物を狩ることが街のみんなの為になるなら喜んでやらせてもらう。」

 「よし。いい返事だ。確かにお前の言う通り今回の依頼は訳ありだ。だが裏があるって事じゃないな。」

 「うん?」

 「この依頼はなぁ。そうだな…。事前準備って所か。」

 シモンズの言葉の意味をよくかみ砕き、答えに辿り着こうとするテルを見るシモンズの視線は期待に満ちていた。『俺の予想を超えて見せろ』と。
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