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109話 神の箱庭

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 大きな手掛かりを掴めないまま、ひと月程が過ぎた。
 訓練、偵察、たまに実戦。あまり変わり映えのしない毎日が続けば、当然飽きも出てくるし刺激を求めてしまう。

 そこで何かないかとやり始めたのが狩猟と畑作だった。
 周囲の警戒をしつつ獲物を探し、仕留める。幸い森には野生動物がいくらでもいた。アンジーが出すレーションがいくら美味いとは言え、毎日そればかりでは飽きてくるというものだ。
 三、四人が一組となって、森へ狩りに行き、新鮮な肉を確保してきたり、川に行き魚を獲ってきたり。
 また一方では、食べられる木の実や野草などを畑を作って栽培する事も始めた。何しろ土と、木、水のスペシャリストが揃っているのだ。面白いように作物が育つ。

「今日は鹿を仕留めてきたぞ!」

 得意気な顔でリチャードが基地に戻ってきた。肩には大きな牡鹿を担いでいる。また、一緒に行ったアダムとエヴァも、野ウサギやイノシシを仕留めたようで、やはり同じように担いでいる。
 野ウサギはともかく、鹿はイノシシは担げるような重さではない筈なのだが、涼しい顔で運んでくるあたりは流石に救世者メサイアとプロトタイプ・ヒューマンと言ったところか。
 尚、狩りのルールとして、救世者メサイアとその相棒は己の属性や能力を使ってはいけないという縛りを設けている。青龍やリチャード、サラディンの能力を使ってしまうと、1mmも苦労せずに獲物を狩れてしまう。それでは刺激も何もあったものではない。要は『苦労と狩猟を同時に楽しめ』という訳だ。

 今日の成果を目の前に並べて、一同がどうやって食うか会議を始める。三戸を始めとした元自衛隊組は、肉は食う物だった。既に捌かれた肉を煮たり焼いたりして食うのが普通。ナイチンゲールもどちらかと言えば三戸達に近い。
 しかし、ジャンヌより以前の時代に生きていた者達は、肉は物と言われてもそれほど違和感はないらしく、何やら処理について詳しく話しあっている。

「これだけの量は流石に食い切れん。エレファント達にも手伝ってもらおう」

 結局、血抜きをしたあと肉を捌き、デーモン四匹を交えて盛大な焼肉パーティになった。しかし、デーモンの巨体には足りなかったらしく、お代わりがもうない事にがっくりと肩を落としていた。

「ところでアダム。今まで食事はどうしてたんだ?」

 食後にレーションの中からスープ選び、それを喫しながらの雑談の中で出た三戸の疑問。ほぼ裸同様で暮らしていた二人が近代的な調理をしていたとは思えなかったが、狩った獲物をどうするかについての知識はちゃんとあった。

「木の実や果実を食べていたよ。肉が食べたい時は石をぶつけて動物を倒していた」
「でも、肉は血抜きをするとか、この部位は食えないとか、色々知ってただろ? それは経験から学んだのか?」

 人類が経験から学んできた知恵。時には痛い目に遭い、時には命を落とす者もいただろう。そういう経験則から食えるもの、食えないものを学んできた。三戸はそう思っていた。

「食べられる物、食べられない物、または何かしらの処理をすれば食べられる物、そういった事は、善悪の知識の木の実を食べた時に頭の中に入ってきた」

 ところがアダムの答えは三戸にとって意外なものだった。

(いや、万が一にも二人が掟を破ってしまった時の為の救済措置か?)

 神の言いつけに背いた二人がそのままエデンの外に放り出されれば、簡単に野垂れ死にする未来もあっただろう。そうなれば、人間が子孫を増やして反映させるというもそこでゲームオーバーだ。

(なるほどな。生死に関わる知識そのものを遺伝子に組み込んだ……か)

 そう考えると、つくづく人間や動物、そしてそれらが暮らす地球といった物は、神の箱庭であり、玩具のようだなと三戸は思う。
 しかしそれでも、そこで暮らす人たちは泣き笑い、人を愛し、生きる事に喜びを見出してきた。

「ちくしょうが」

 結局全てはヤツの手のひらの上の事か、と三戸はついつい毒づいてしまう。

「ミト? どうした?」

 急に機嫌を損ねたような三戸に、黙って話を聞いていたエヴァが気遣うように声を掛けた。
 それに気付いた三戸が、ふうっと息を吐き、表情を和らげる。悪いことばかりじゃなかったじゃないか。そう自分に言い聞かせて。

「いや、食ってはいけないっていう木の実なら、初めから置くなって思っただけさ」

 そんな三戸に言葉に、妙に納得させられるアダムとエヴァだった。


 
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