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AD1855

50話 切り札

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「おいおいおい! ナイチンゲールのヤツ、三体やっちまったのか!?」

 次々と倒れていく魔物達を見て、流石の三戸も驚いていた。そこを好機と見たか、盾持ちの魔物が瘴気弾を放ってくる。

 ――ドゥッ!

 しかしそれは、数秒前まで三戸が立っていた地面に着弾した。既に三戸は射撃しながら横に走っている。瘴気弾を放つ為に大口を開けているのは三戸にとっても好機なのである。言わばカウンター狙いだ。

「すごいですね、ミト殿は……わざと隙を作って反撃の機会を狙っているとは……」

 援護射撃も忘れて感心している隊長以下志願兵の面々。もっとも、これから盾持ちの魔物と三戸は接近戦に及びそうな流れではあるため、下手な援護射撃は逆に危険でもあった。

「そうですね。ですが皆さんは真似をしてはいけませんよ? あの瘴気弾は直接身体を痛めつける以外にも、瘴気で侵された身体をじわじわと苦しめる作用もあるようです」

 ナイチンゲールのそんな脅しのような一言に、とんでもないとばかりに一同がブンブンと首を振る。三戸の救世者メサイアとしての身体能力を駆使して尚、肝の縮むような思いでこなしている芸当だ。自分達に出来るとも思えないし、やろうとも思わない。

「ちっくしょう、決め手がねえなぁ」

 何とか突破口を見出そうと綱渡りのような攻防を続けている三戸だが、MINIMIの銃弾を物ともしないあの盾の前では、自分の小銃など豆鉄砲同然。瘴気弾を発射する時の口腔内に直接撃ち込むか、あの巨大な盾を掻い潜って接近戦を挑むしか現状手はない。手榴弾を投擲したとしても、あの盾に阻まれるだろう。

「連中も知恵付けてっからな。LAVをぶつけて誘爆させるような手は通用しねえだろうし……やっぱこれしかねえか」

 ――ダダダッ! ダダダッ!

 三戸は小銃を発射しながら魔物に向かって突っ込んでいった。この魔物も盾を持っているという事は、それほど固い訳ではないだろうという判断から、銃撃している間は盾の陰に隠れているだろう事を予想して、一気に間合いを詰めるつもりだった。
 事実、三戸の思惑通りに間合いを詰める事には成功する。しかしそこで、魔物が予想外の行動をとる。

「うおっとぉ!?」

 魔物が盾を構えたまま突進してきた。このままでは埒が明かないと考えたのは魔物も一緒だったのだろう。そして三戸のいた場所の辺りでシールドバッシュを繰り出した。
 しかし魔物は手応えの無さに左右をキョロキョロと見渡している。予想外の行動ではあったが、それが千載一遇の好機となった。

「上だよ!」

 三戸は跳躍してシールドバッシュを躱していた。ナイチンゲールを抱えながらの垂直跳びで楽々八メートルはジャンプ出来る彼が、単身助走をつけて跳躍すれば五、六メートル程の身長の魔物の頭上を取る事など造作もない。空中は自由が利かない為それをしなかっただけだ。
 しかし、今は状況が違う。そもそも魔物にとって、人間に頭上を取られる事自体が想定外であり、さらに自らの巨大なシールドのお陰で完全に三戸を見失っている。結果、隙だらけの頭を晒してしまった。
 三戸の声に反応した魔物は上を見上げる。その表情は驚愕。目は見開き、口は大きく開けている。しかし瘴気を発射しようと様子はない。

 ――キン

 「プレゼントだ」

 手榴弾のピンを口で引き抜いた三戸は、そのまま魔物の肩に着地・・する。そしてそのまま開いた大口の中に手榴弾を放り込み、魔物の肩を蹴って離脱した。

 ――ドゥン!

 直後、手榴弾が爆発し、魔物の頭が爆散した。しかしその手榴弾が巻き起こした爆風が、まだ着地前の三戸をも吹き飛ばす。何とか体勢を整えようとするも、頭から地面に激突するのを避けるので精一杯。三戸は着地と共に地面を激しく転がる。

「ミト!」

 その様子を見ていたナイチンゲールが防壁を飛び降りた。彼女も救世者メサイアである以上、それだけの身体能力は持っているのだが、無我夢中のなせる業か。そのまま彼女は三戸へと駆け寄る。

「今治癒を!」

 戦いの最中もずっと三戸を追尾していた注射器が、三戸をブスリと突き刺さる。

「いてっ!? あ、ナイチンゲールの注射か」

 注射による瞬間的な痛みはあったが、打撲したと思われる身体の痛みは消え去っていく。 

「大丈夫ですか? ミト」
「ああ、ありがとう。でもこれ、直接注射しなくて良かったんじゃなかったっけ?」

 確かに大聖堂での彼女の癒しは、注射器から光を照射していた。直接針を突き刺す必要はないはずである。

「それは……無茶な戦い方で心配を掛けたバツです!」

 ぷん! と頬を膨らませてソッポを向くナイチンゲールだが、それを見た三戸がツンデレを疑ったり疑わなかったり。

「ところで、ミト。残りの三体にもトドメをお願いできますか?」

 そう言われてよく見れば、ナイチンゲールが仕留めたかに思われたデーモンクラスの三体はまだ生きているようだ。

「……麻酔か?」

 三戸が真っ先に思い浮かんだのは睡眠薬か麻酔で眠らせている、だった。

「あれは、意識ははっきりしていますよ?」

 そう言いながら、ナイチンゲールは魔物の一体に近付いていく。それに追従する三戸。
 倒れている魔物は、だらしなく口を開きヨダレを垂らしているが、確かに視線はこちらを追ってきていた。

「筋弛緩剤の大量投与です」
「……なるほど」

 要は、今の魔物は全身脱力状態。筋肉が弛緩しているので力が入らない。動きたくても動けないだけで、意識だけははっきりしているのだ。

(これが彼女の戦い方って訳か。聴診器で敵の特性を見抜いた上で、効果的な薬物を投与する。恐ろしい能力だ)

 内心三戸は戦慄した。薬も用法を間違えば危険なものである事は理解していたつもりだったが、その気・・・になって使えばこれだけの威力を発揮する。しかも、医療や薬学の知識がある者が使えばその効果はいかほどのものか。
 そしてナイチンゲールの能力は、強力な敵と戦う際の切り札となり得る事を確信する。

「じゃあ、手早く片付けるか」

 そう言って三戸は、開いている口を目掛けて89式小銃を構えた。かなり凄惨な光景だが、瞳を逸らさずに見ていたナイチンゲールの姿が印象的だった。
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