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AD184
11話 戦う理由
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張角の頭を撃ち抜いた感触が三戸に残る。
実際に撃ち抜いたのは弾丸であり、一キロ離れていた三戸が感じたのは発砲の反動だけのはずだった。しかし三戸には生々しく人を殺した感触が残っていた。
日常的に武器を扱う職種に就いていたからといって、生身の人間に攻撃する事を何とも思わない訳ではない。むしろ三戸は今、自分の中に渦巻く感情こそが、自分が正常な神経の持ち主である事の証であると納得させる。
「やっぱ人を殺めるのは堪えるな」
ぼそっと口にしたのは独り言だった。誰に答えを求めていた訳ではない。
「でもマスターは、何十倍も、何百倍もの人を助けたんです。そしてこの先、数十億の人間を救う事になります」
右腕を窓際に掛け、左手でハンドル操作している三戸は面倒臭そうな表情だ。表情とは裏腹に心は乱れ切っているのだが。
「分かってるよ」
三戸はぶっきらぼうにアンジーに返事を返し、そして続ける。
「だけどな、俺が本当に守りたいのは世界なんかじゃない。あの時守れなかった妻と娘だ。その二人が、今輪廻の輪の中で眠りについてる。新たな生を受けるべくな。その時になって世界が滅亡してたら可哀そうじゃねえか。だから俺は世界を守るんだ。やがて生まれ来るであろう命が生きるべき世界を人質に取りやがってよ、あの神って奴」
「……申し訳ありません、マスター。そのような事情がおありとは……私はまだまだですね。アシストどころか逆に逆撫でするような事を」
三戸を気遣うつもりの言葉が逆に三戸の不興を買った。悲しくて、悔しくて、情けなくて。アンジーは銀色の瞳からはらはらと涙を零す。
「アンジー。お前とは長い付き合いだよな。でもそれは仕事の上での付き合いだ。お互い知らない事もたくさんあるだろ。これからだこれから。だから泣くな」
「はい……」
そのやり取りを聞いていた関羽とジャンヌ。
「ミト殿とアンジー殿は羨ましい事だな。それがしも青龍とは意思の疎通は出来るが、そのように人として接する事は出来ぬ。大切な相棒ではあるが、武器と使い手の関係だからな」
「そうですね。私とブリューナクも関羽殿と同じです。でも、お互いの信頼関係が深まれば、いつかはブリューナクもアンジーと同じように、人の姿になれるのではないかと思っています」
二人は、三戸とアンジーのやりとりを心底羨ましいと思っているのだろう。それぞれの相棒を手に取り、ささやきかけたりしている。
「アンジー。俺の願いの障害になる奴がいたら、俺はこれからも人を殺めるだろう。その時俺が戸惑いを見せたなら、遠慮なく背中を押してくれ。引っ叩いてもかまわねえ。俺達は相棒だからな」
「……はいっ!」
(ホントに人間より人間らしいよな、コイツ。他人に感情を隠したい奴がたくさんいる中でこいつは……)
さっきまで泣いていたアンジーがニコニコと笑顔になった。それを見た三戸も自然と笑顔になる。アンジーの名前の通り、天使の微笑みか。
「マスター。虎牢関まで一時間程です。尾行しているターゲットも、索敵範囲から抜けるには暫く時間が掛かります。今の内に食事を摂られては如何でしょうか?」
言われてみれば、感じる空腹感。三戸はジャンヌと関羽に確認してみる。
「二人とも腹は減っていないか? この先はいつ食えるか分からんから、食っておく事を勧めるが」
そんな三戸の言葉に、難しい表情で答えたのは関羽だ。
「食事と言っても、どこからか調達して来ねばならぬぞ? しかも近くには村などは無い筈だが」
「うふふふ。関羽殿、ミトがちゃんと準備してくれますよ。ね? ミト?」
ジャンヌが茶目っ気たっぷりな顔で三戸に振る。ジャンヌのあんな可愛らしい顔でそんな事を言われては、三戸としても悪い気はしない。やもめ暮らしが長かっただけに。
「口に合うかは分からんが、そこは我慢してくれ。量だけはある」
「それなら頂こう」
さて、三戸は内心ビビっていた。ジャンヌも関羽も美食の国の人である。フレンチに中華。フレンチのジャンヌはクリアした。中華の関羽は果たして……
「これが倭国の食事か! しかも戦闘糧食だと!? 素晴らしい!!」
……あっさりクリアした。
「美味い飯は大事よな。これなら長期に渡り陣を敷いても、兵の士気は下がるまい」
ジャンヌと似たような事を関羽も言う。
「気に入ってもらえたなら何よりだ。それじゃあ出発しようか」
食事を終えた一行は再び高機動車に乗り込み、レーダーの反応を追いかける。食事で少し距離を離されてしまったが問題ない。手傷を負った魔物の移動速度は人間のジョギング程度。それに食事中もアンジーがレーダー監視を続けていた。
「あっ! 魔物の反応ロストしました!」
「場所は!?」
「虎牢関直上と思われます!」
アンジーの報告を聞き、三戸はアクセルを踏み込んだ。
「ジャンヌは分かっていると思うが、恐らく魔界に繋がる穴が有る筈だ。そこから一際デカい魔物が出て来るまで攻撃を続ける。多分そのデカブツを倒せば穴は閉じるはずだ」
「委細承知した。存分に暴れてくれようぞ!」
三戸の説明を受けた関羽。軍神と呼ばれた男の瞳に闘志が灯る。
実際に撃ち抜いたのは弾丸であり、一キロ離れていた三戸が感じたのは発砲の反動だけのはずだった。しかし三戸には生々しく人を殺した感触が残っていた。
日常的に武器を扱う職種に就いていたからといって、生身の人間に攻撃する事を何とも思わない訳ではない。むしろ三戸は今、自分の中に渦巻く感情こそが、自分が正常な神経の持ち主である事の証であると納得させる。
「やっぱ人を殺めるのは堪えるな」
ぼそっと口にしたのは独り言だった。誰に答えを求めていた訳ではない。
「でもマスターは、何十倍も、何百倍もの人を助けたんです。そしてこの先、数十億の人間を救う事になります」
右腕を窓際に掛け、左手でハンドル操作している三戸は面倒臭そうな表情だ。表情とは裏腹に心は乱れ切っているのだが。
「分かってるよ」
三戸はぶっきらぼうにアンジーに返事を返し、そして続ける。
「だけどな、俺が本当に守りたいのは世界なんかじゃない。あの時守れなかった妻と娘だ。その二人が、今輪廻の輪の中で眠りについてる。新たな生を受けるべくな。その時になって世界が滅亡してたら可哀そうじゃねえか。だから俺は世界を守るんだ。やがて生まれ来るであろう命が生きるべき世界を人質に取りやがってよ、あの神って奴」
「……申し訳ありません、マスター。そのような事情がおありとは……私はまだまだですね。アシストどころか逆に逆撫でするような事を」
三戸を気遣うつもりの言葉が逆に三戸の不興を買った。悲しくて、悔しくて、情けなくて。アンジーは銀色の瞳からはらはらと涙を零す。
「アンジー。お前とは長い付き合いだよな。でもそれは仕事の上での付き合いだ。お互い知らない事もたくさんあるだろ。これからだこれから。だから泣くな」
「はい……」
そのやり取りを聞いていた関羽とジャンヌ。
「ミト殿とアンジー殿は羨ましい事だな。それがしも青龍とは意思の疎通は出来るが、そのように人として接する事は出来ぬ。大切な相棒ではあるが、武器と使い手の関係だからな」
「そうですね。私とブリューナクも関羽殿と同じです。でも、お互いの信頼関係が深まれば、いつかはブリューナクもアンジーと同じように、人の姿になれるのではないかと思っています」
二人は、三戸とアンジーのやりとりを心底羨ましいと思っているのだろう。それぞれの相棒を手に取り、ささやきかけたりしている。
「アンジー。俺の願いの障害になる奴がいたら、俺はこれからも人を殺めるだろう。その時俺が戸惑いを見せたなら、遠慮なく背中を押してくれ。引っ叩いてもかまわねえ。俺達は相棒だからな」
「……はいっ!」
(ホントに人間より人間らしいよな、コイツ。他人に感情を隠したい奴がたくさんいる中でこいつは……)
さっきまで泣いていたアンジーがニコニコと笑顔になった。それを見た三戸も自然と笑顔になる。アンジーの名前の通り、天使の微笑みか。
「マスター。虎牢関まで一時間程です。尾行しているターゲットも、索敵範囲から抜けるには暫く時間が掛かります。今の内に食事を摂られては如何でしょうか?」
言われてみれば、感じる空腹感。三戸はジャンヌと関羽に確認してみる。
「二人とも腹は減っていないか? この先はいつ食えるか分からんから、食っておく事を勧めるが」
そんな三戸の言葉に、難しい表情で答えたのは関羽だ。
「食事と言っても、どこからか調達して来ねばならぬぞ? しかも近くには村などは無い筈だが」
「うふふふ。関羽殿、ミトがちゃんと準備してくれますよ。ね? ミト?」
ジャンヌが茶目っ気たっぷりな顔で三戸に振る。ジャンヌのあんな可愛らしい顔でそんな事を言われては、三戸としても悪い気はしない。やもめ暮らしが長かっただけに。
「口に合うかは分からんが、そこは我慢してくれ。量だけはある」
「それなら頂こう」
さて、三戸は内心ビビっていた。ジャンヌも関羽も美食の国の人である。フレンチに中華。フレンチのジャンヌはクリアした。中華の関羽は果たして……
「これが倭国の食事か! しかも戦闘糧食だと!? 素晴らしい!!」
……あっさりクリアした。
「美味い飯は大事よな。これなら長期に渡り陣を敷いても、兵の士気は下がるまい」
ジャンヌと似たような事を関羽も言う。
「気に入ってもらえたなら何よりだ。それじゃあ出発しようか」
食事を終えた一行は再び高機動車に乗り込み、レーダーの反応を追いかける。食事で少し距離を離されてしまったが問題ない。手傷を負った魔物の移動速度は人間のジョギング程度。それに食事中もアンジーがレーダー監視を続けていた。
「あっ! 魔物の反応ロストしました!」
「場所は!?」
「虎牢関直上と思われます!」
アンジーの報告を聞き、三戸はアクセルを踏み込んだ。
「ジャンヌは分かっていると思うが、恐らく魔界に繋がる穴が有る筈だ。そこから一際デカい魔物が出て来るまで攻撃を続ける。多分そのデカブツを倒せば穴は閉じるはずだ」
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