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四章
黒曜の君
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領民から疎まれ、半ば追放に近い形でダンジョン近くの森の中で暮らしていた母娘。その母親が闇属性に親和性がある者しか授からない、呪術師のジョブを得ていた事。これは本当に衝撃的だった。
僕より昔にそんな人がいただなんて……
「ここにいる皆さんは既にご存知の事を思いますが、未だに光属性、闇属性の二つは世界では周知されていない亡き者にされた属性です。故に、その母親が授かったジョブも、どういうものかは不明のままでした」
そうか、ほぼ闇属性専門のジョブだからそれは無理もない事だろうね。それがまた迫害に拍車をかけた事も想像に難くない。
「しかしその母親には、自分のやるべき事が分かっていたようです」
「それがつまり、ダンジョンの魔物を抑える事だと?」
「はい」
主に会話はヨシュア君とシェラ公女で進められているので、僕達はそれを注意深く聞いている。そこでノワールが、僕の袖をちょいちょいと引っ張った。
「ん? どうしたの?」
「ご主人様、恐らくその呪術師は、ダンジョンから出てこようとする魔物達に呪いを掛けていたのでしょう」
「うん、それは何となく」
どういった呪いかは分からないけど、ダンジョンの外へ出て来たくなくなるような感じだろうか。
「呪術師が力を発揮していたという事は、そのダンジョンに闇属性の精霊がいたという事になります」
「なるほど!」
これはますますダンジョンに行く必要性が出てきた。
「その通りです。ですがその属性云々に関しては、王家や上位貴族の中でも秘中の秘とされてきた事柄ゆえ、公にする事は出来ませんでした。それに、ダンジョンを制圧する程の戦力も当時は無かったと聞きますし、ダンジョンを潰してしまっては魔物の素材という重要な財源が無くなってしまう為、難しい問題でもありました」
うん、それは分かる。その点、グリペン侯爵は思い切った決断をしたと言えるよね。それに、鉱山を復活させたことで逆に経済を活性化させてもいる。
「そんなある時、ダンジョンを視察に訪れたドラケン侯爵が、その呪術師を見初めて夫人として迎え入れたのだそうです」
「え? それがなぜ……侯爵夫人がなぜダンジョン近くの森で迫害されながら暮らす事に?」
シェラ公女の話を聞いていたヨシュア君が首を傾げる。
「二人の間に、一人の娘が生まれました。しかしその娘の肌は褐色。闇属性の力を受け継いだ事は明らかでした」
ただでさえ、自分は人々に迫害され森でひっそり生きてきた身。実際は違うとしても、人々は呪われた女として自分を見る。そんな自分を見初めてくれた侯爵には感謝もしているし愛してもいた。しかし自分はともかく、娘までもがこのような見た目では、侯爵に迷惑が掛かるだろう。
そう考えた呪術師の女は、生まれて間もない娘を連れて、ひっそりと城を抜け出し森で暮らすようになった。
そう話すシェラ公女の声色はどこか切ない。
「もちろんドラケン侯爵はお二人を探したのですよね?」
「……いいえ」
「なぜ!」
城を抜け出した母娘を侯爵が探さなかったと聞いて、ヨシュア君の語気が荒くなる。
「その母親は侯爵に手紙を認めて行きました」
自分にはダンジョンの魔物を抑えるという使命がある。また褐色の肌を持って生まれた娘も同様の宿命を背負っているはずだ。だから自分達は城で暮らすよりも、ダンジョンの近くで暮らす方が民の、そして侯爵の為になる、と。
「それは本音が半分、建て前が半分くらいなのでしょうね」
話を聞いた僕はそう呟いた。本当は侯爵と共に暮らしたかったんだろう。だけど、ダンジョンを抑えるという建て前で自分の本心を偽った。
「ええ。しかしそれは、私人としてのモーゼス・ドラケンはともかく、領主として、為政者としてのドラケン侯爵として、ダンジョンの魔物から人々を守る事は自分の使命でもあったのです」
分からなくはない話だなぁ。なんとも切ない話だ。お互いの使命の為に、幸せな生活を投げ打って……って感じなんだろう。ちなみにモーゼス・ドラケンとは、今は病床にあるドラケン侯爵その人だ。
「それから数年、侯爵が呪われた女を捨てたという噂が広がりました。もっとも、それが侯爵の悪評に繋がったという訳ではなかったようです」
「……」
「そして捨てられた事を恨みに思った母親が、ダンジョンを溢れさせ、スタンピードを巻き起こしたと。ですが実際は、ダンジョン内は魔物で溢れ返り、これ以上ダンジョンを抑える事は不可能な状態になっていました。これはダンジョンの魔物の間引きという仕事を怠った、領主と冒険者ギルドの失策でもあります」
シェラ公女から伝えられる真実に、僕達は言葉が出なかった。
「スタンピードの直後、その母娘は侯爵配下の精鋭部隊によって救出されました。ですが母親は魔物を抑えるために力を使い果たし、瀕死の状態でした。そしてそのまま……」
「それでその娘さんは……?」
恐る恐るヨシュア君が訪ねる。するとシェラ公女が意を決したように被っていたヴェールを脱いだ。
はらりと零れるクリーム色の長い髪。健康的な褐色の肌。黒曜のようなつぶらな瞳。見た目は僕やヨシュア君と同じくらいの年齢の、神秘的で美しい女性だった。
「――!!」
ヨシュア君が思わず立ち上がる。
「あなた、だったのですね……!」
そう、ヨシュア君が探し求めていた黒曜の君。シェラ公女、彼女こそがその人だった。
僕より昔にそんな人がいただなんて……
「ここにいる皆さんは既にご存知の事を思いますが、未だに光属性、闇属性の二つは世界では周知されていない亡き者にされた属性です。故に、その母親が授かったジョブも、どういうものかは不明のままでした」
そうか、ほぼ闇属性専門のジョブだからそれは無理もない事だろうね。それがまた迫害に拍車をかけた事も想像に難くない。
「しかしその母親には、自分のやるべき事が分かっていたようです」
「それがつまり、ダンジョンの魔物を抑える事だと?」
「はい」
主に会話はヨシュア君とシェラ公女で進められているので、僕達はそれを注意深く聞いている。そこでノワールが、僕の袖をちょいちょいと引っ張った。
「ん? どうしたの?」
「ご主人様、恐らくその呪術師は、ダンジョンから出てこようとする魔物達に呪いを掛けていたのでしょう」
「うん、それは何となく」
どういった呪いかは分からないけど、ダンジョンの外へ出て来たくなくなるような感じだろうか。
「呪術師が力を発揮していたという事は、そのダンジョンに闇属性の精霊がいたという事になります」
「なるほど!」
これはますますダンジョンに行く必要性が出てきた。
「その通りです。ですがその属性云々に関しては、王家や上位貴族の中でも秘中の秘とされてきた事柄ゆえ、公にする事は出来ませんでした。それに、ダンジョンを制圧する程の戦力も当時は無かったと聞きますし、ダンジョンを潰してしまっては魔物の素材という重要な財源が無くなってしまう為、難しい問題でもありました」
うん、それは分かる。その点、グリペン侯爵は思い切った決断をしたと言えるよね。それに、鉱山を復活させたことで逆に経済を活性化させてもいる。
「そんなある時、ダンジョンを視察に訪れたドラケン侯爵が、その呪術師を見初めて夫人として迎え入れたのだそうです」
「え? それがなぜ……侯爵夫人がなぜダンジョン近くの森で迫害されながら暮らす事に?」
シェラ公女の話を聞いていたヨシュア君が首を傾げる。
「二人の間に、一人の娘が生まれました。しかしその娘の肌は褐色。闇属性の力を受け継いだ事は明らかでした」
ただでさえ、自分は人々に迫害され森でひっそり生きてきた身。実際は違うとしても、人々は呪われた女として自分を見る。そんな自分を見初めてくれた侯爵には感謝もしているし愛してもいた。しかし自分はともかく、娘までもがこのような見た目では、侯爵に迷惑が掛かるだろう。
そう考えた呪術師の女は、生まれて間もない娘を連れて、ひっそりと城を抜け出し森で暮らすようになった。
そう話すシェラ公女の声色はどこか切ない。
「もちろんドラケン侯爵はお二人を探したのですよね?」
「……いいえ」
「なぜ!」
城を抜け出した母娘を侯爵が探さなかったと聞いて、ヨシュア君の語気が荒くなる。
「その母親は侯爵に手紙を認めて行きました」
自分にはダンジョンの魔物を抑えるという使命がある。また褐色の肌を持って生まれた娘も同様の宿命を背負っているはずだ。だから自分達は城で暮らすよりも、ダンジョンの近くで暮らす方が民の、そして侯爵の為になる、と。
「それは本音が半分、建て前が半分くらいなのでしょうね」
話を聞いた僕はそう呟いた。本当は侯爵と共に暮らしたかったんだろう。だけど、ダンジョンを抑えるという建て前で自分の本心を偽った。
「ええ。しかしそれは、私人としてのモーゼス・ドラケンはともかく、領主として、為政者としてのドラケン侯爵として、ダンジョンの魔物から人々を守る事は自分の使命でもあったのです」
分からなくはない話だなぁ。なんとも切ない話だ。お互いの使命の為に、幸せな生活を投げ打って……って感じなんだろう。ちなみにモーゼス・ドラケンとは、今は病床にあるドラケン侯爵その人だ。
「それから数年、侯爵が呪われた女を捨てたという噂が広がりました。もっとも、それが侯爵の悪評に繋がったという訳ではなかったようです」
「……」
「そして捨てられた事を恨みに思った母親が、ダンジョンを溢れさせ、スタンピードを巻き起こしたと。ですが実際は、ダンジョン内は魔物で溢れ返り、これ以上ダンジョンを抑える事は不可能な状態になっていました。これはダンジョンの魔物の間引きという仕事を怠った、領主と冒険者ギルドの失策でもあります」
シェラ公女から伝えられる真実に、僕達は言葉が出なかった。
「スタンピードの直後、その母娘は侯爵配下の精鋭部隊によって救出されました。ですが母親は魔物を抑えるために力を使い果たし、瀕死の状態でした。そしてそのまま……」
「それでその娘さんは……?」
恐る恐るヨシュア君が訪ねる。するとシェラ公女が意を決したように被っていたヴェールを脱いだ。
はらりと零れるクリーム色の長い髪。健康的な褐色の肌。黒曜のようなつぶらな瞳。見た目は僕やヨシュア君と同じくらいの年齢の、神秘的で美しい女性だった。
「――!!」
ヨシュア君が思わず立ち上がる。
「あなた、だったのですね……!」
そう、ヨシュア君が探し求めていた黒曜の君。シェラ公女、彼女こそがその人だった。
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