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四章

呪い

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 店内は僕達が入った事で微妙な雰囲気になる。
 でもそんな事は知った事かと、いい匂いに釣られてアーテルが空きテーブルの方へズンズンと進んで行った。
 僕もそれに続くけど、だんだん客の視線が厳しくなっていくのが分かる。もちろん、視線の先はノワールだ。今ならユーイングさんの忠告の意味がよく分かるよね。ドラケンに行くなら気を付けろっていう。
 店は大衆酒場といった感じで、客層はお世辞にもお上品とは言えない。

「おい、美人のねーちゃん、悪ィがここはああいう客はお断りなんだ。とっとと帰んな!」

 昼時にも関わらず、酔っ払いの冒険者らしき若い男が、酒の入ったジョッキを片手に早速絡んで来た。ここまではまあよくある話だけどね。

「ああいう、とは?」

 アーテルが凍り付きそうな視線で酔っ払い冒険者に返すと、その仲間達が集まってくる。

「ああ? 決まってんだろ? そんな呪われた女が店の中に入って来ちゃあ、皆の飯が不味くなるだろが!」

 呪われた?
 ノワールが?

「僕の仲間が呪われてるとは聞き捨てならないですね?」

 さすがに僕もカチンと来た。なるべく穏便にやり過ごすつもりだったんだけどな。

「ああ? なんだてめえ、やんの――」

 凄んで来る相手に、首のチョーカーを見せつける。言うまでもなく、プラチナランクを表すタグをだ。

「あ? プラチナだとっ!?」
「死にたいのなら相手をしてやる。それから、この街じゃあ肌の色が違うってだけで生きる人権すら奪うなら、街そのものを滅ぼすまでだ」
「ちっ……」

 言葉に圧を乗せて絡んで来た冒険者を蹴散らすと、店の中も静かになった。それに構わず席に着くと、ウェイトレスさんが震えながら人数分の水を運んで来た。

「い、いらっしゃいませ」
「そんなに怯えなくても大丈夫ですよ。僕等は敵にしか牙を剥きませんから」
「はい、ご注文は……」
「お酒以外の飲み物を五人前、あとはおススメを十人前適当に」
「じゅ、十人前ですか?」

 アーテルがたくさん食べるからね。そんなやり取りをしてたらウェイトレスさんの緊張も少し解けたのか、ぎこちないながらも笑顔で『お待ちくださいね』と言ってホールを駆け回って行く。そんな中で、ナークさんが一人、青い顔をして俯いている。

「どうしました?」
「いえ、この街を滅ぼすというのが冗談には聞こえなくて」
「ええ、冗談ではないですよ?」

 僕は本気も本気だ。ノワールに限らず、僕の大事なものを冒すヤツには容赦しない。

「いえ、いくらプラチナランカーとは言え、そこまで出来る訳が……」
「王都で、ブンドルという商人がどうなったかご存知ですか?」
「ま、まさか!?」

 公式には、女王陛下が成敗した事になってるんだっけ?
 あれを僕の手柄にするつもりはないけれど、僕や仲間達の力を安く見積もっているなら認識を変えてやる必要も時にはあるんじゃないかな。

「相手が何者であれ、容赦はしないという事ですか……」
「そういう事です。あ、美味しそうな料理ですね! 冷めないうちに頂きましょう」

 顔色を悪くしているナークさんだけど、そんな事には気付かないウェイトレスさんが、食事を並べていく。どれも食欲をそそるいい匂いだ。
折角十人前も頼んだんだから、ナークさんもガツガツ行って欲しかったんだけど、どうも食欲が無くなったらしい。もちろんそれはアーテルが美味しく頂いた。
 うん、食事はナークさんが勧めるだけあってとても美味しくボリューミー、且つリーズナブル。それでノワールを見る目さえ普通だったら文句なしだったんだけどな。こんなに愛らしいノワールなのに罰当たりな連中だ。
 店を出て、街を散策していてもノワールに対する視線は相変わらず。当のノワールは全く気にしていないようだけど、こちらはやっぱり居心地が良くないし、この街の住人に対する印象もどんどん悪くなっていく。そこで僕はナークさんに、街の散策は切り上げて、早めに城へ行く事を提案した。

△▼△

 ほぼ正方形に近い城の敷地の全方向を、石造りの高い城壁が囲む。更にその外側には空堀が巡らされ、城門へは跳ね橋を渡らなければ行く事が出来ない。さらに城壁の四隅には尖塔が立ち、四方の警戒も抜かりが無い。ここからではそれ以上の事は分からないが、市街地の中心、しかも平地にある城としては、このくらいの防御力は無いと少々不安かな。
 いや、街全体を防壁で囲っているんだから、それを考えれば大規模な城郭と言えない事もないか。
 ナークさんに続いて跳ね橋を渡り、城門を潜る。事前に使いを出していたので大きな問題もなく、すんなり入城する事は出来た。でも門番や城内にいる人達のノワールに対する視線は相変わらずだなぁ。
 本来は晩餐の時間にお邪魔するはずだった為、僕達は客間らしき一室でしばらく待つ事になった。面会の準備が出来次第、シェラ公女が挨拶にいらっしゃるらしい。そのまま晩餐の時間まで、会談という形になるそうだ。

「それにしても、この街のノワールに対する視線は異常だね」
「うふふ。まさか呪いとまで言われるとは思いませんでした」

 半ば呆れながら言った僕の言葉に、柔らかく笑いながらノワールが答える。

「いっそ呪ってあげましょうか」
「え、ちょっと待って、闇魔法って呪いとかも出来るの!?」
「うふふ……さて、どうでしょうか」

 物凄く可愛らしい笑顔なのに、言ってる事はかなり怖い。

「出来なくはないぞ、主人。しかし、闇属性に親和性のある者が、呪術師カース・ソーサラーという特殊なジョブを授からぬ限りは無理だろう。現実的に今の世の中にはおらぬだろうな」

 アーテルの言葉を聞いてホッとする。でも精霊そのものであるノワールならきっと出来ちゃうんだろうな。

「具体的にはどんな事が出来るの?」

 何と言うか、自分でも幼稚で無邪気な質問だなって思うんだけど、闇属性に親和性がある者しか使えないと聞くと、やはり興味は出て来てしまう。
 でも僕は呪術師ではないから無理なんだろうけど。
 結局、何が出来るのかは教えてもらえなかった。
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