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四章

オスト公爵、相変わらず。

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「私はグリペン侯爵家のヨシュア・グリペン。そして護衛の冒険者パーティ『ダークネス』です。公爵閣下にお目通り願いたいのですが」 

 僕達は第一区画へ戻り、ユーイングさんと別れた。そしてその足でオスト公爵の王都の別荘へと訪れていた。門を守る甲冑姿の兵士へと身分を告げると、警戒を解いてくれた。

「はっ! 少々お待ちください!」

 キビキビと敬礼をし、踵を返して館へと駆けて行く兵士を見送りながら、残った兵士と雑談を交わす。最近の公爵の様子や王都のパワーバランスなど。ただ、護衛の兵士もそんなに詳しく知っている訳ではないらしく、詳細な情報は得られなかった。
 しかし、数日と置かずに様々な貴族の使者が出入りしているらしい。表立った戦いの前に、まずは水面下での駆け引きみたいなものだろうか。
 そんな会話をしていると、先程の兵士が戻って来た。

「中でしばらくお待ちいただけますでしょうか?」
「ええ、構いませんよ。むしろ突然の訪問なのにお時間をいただけて感謝します」
「そうですか。ならばご案内いたします!」

 そう言って先導する兵士に続いて屋敷に入り、一室に案内されると、メイドさんがお茶を準備してくれた。僕達四人は席に着き、お茶で喉を潤しながら公爵を待つ。 

「あの方、ちょっと苦手なんだよね」

 ヨシュア君がちょっと苦笑しながら言う。それは分かる気がする。自分にも他人にも厳しい人だし、いつもしかめっ面をしている、悪く言えば頑固爺って感じだもんね。
 でも僕は嫌いじゃないかな。基本的には正義の人って感じだし、異変をいち早く嗅ぎつけて王都に駆け付けるとか、鼻も利くし行動力もある有能な人だ。

「でもヨシュア君、ここに来た以上はグリペン侯爵の名代なんだから、頑張って下さいね?」
「はぁ……」

 なんか心底イヤそうだな、ヨシュア君。

『二度と顔を見せるでないわ! 命が惜しくばさっさとこの王都から出て行け!』

 その時、部屋の外で大きな声と、乱暴に扉を閉める音が聞こえた。何とも元気そうなオスト公の声だね。どうやら僕達の前に客人がいたらしい。そしてその声の主は、ガシャガシャと金属がぶつかる音を立てながら、この部屋へと近付いてきた。

「待たせた」

 言葉少なに入室してきたオスト公は、ヘルムこそ被っていないが金属甲冑に身を包んでいる。さっきの金属音はこの甲冑のものだったんだね。

「ご健勝そうで何よりです」
「ふん、世辞はいい」

 オスト公がどしりとソファに腰かけるのを待ち、僕達も対面に座った。

「ヨシュア公子、久方ぶりだな。随分男前になったではないか。いくつになった?」
「は。今年で十八になります」

 少しだけ、オスト公の目が昔を懐かしむような優しい視線になった。ヨシュア君も幼い頃に、オスト公の厳しい洗礼を受けたのだろうか。ポー子爵となったタッカーさんも、昔悪戯をして酷い目にあったんだよね。
 そしてオスト公は僕に視線を移した。

「早いな」

 余計な言葉を使わず、いきなり本質だけを聞いてくるのはいいんだけど、解釈するのが難しい。この場合の早いというのは、先日王都からグリペン領へ帰還したばかりだというのに、もう王都へ戻って来たのか、という意味と、それに掛かった日数が非常識に短いという両方の意味があると思われる。

「王都からグリペンまではのんびりとした旅でしたので、こちらに来るのは少し急ぎました」

 僕は苦笑しながら答えた。

「それにしても閣下、その装備はどうしたのですか?」

 ヨシュア君が金属甲冑姿について尋ねると、オスト公は表情も変えずに答えた。

「常在戦場という言葉があろう。実際この王都は戦場のようなものだ。水面下ではな」

 さっきの来客のようなのがひっきりなしなんだろうか。オスト公が客人の用向きを語る事はないけれど、政治的な駆け引きや買収、脅し、そういったやり取りが後を絶たないんだろうね。それにオスト公がこの姿で現れては、使者の類はそれだけで心を折られそうな威圧感もある。

「で、今日の用向きは何だ?」

 オスト公はそう告げると、メイドに指示して冷めたお茶を新しいものと交換させた。それが僕には戦闘開始の合図にも思えた。下手な事を言えばさっきの客人の二の舞を踏む。そんな緊張感が室内に溢れる。

「私は父の命を受け、ショーン君のパーティを護衛として雇い、西のドラケン侯爵に会いに行く途中なのです。それと、人探しをしています」

 旅の目的はヨシュア君から語られた。すでにポー子爵やヴィルベルヴィント様から得た情報も含めてオスト公爵に告げている。

「そうか、まずはヴィルベルヴィントの件で礼を言わねばなるまいな。身体が万全になれば、アレに領地を任せても構うまい。儂はこの王都に留まって、心置きなく陛下をお守りする事が出来る」

 ヴィルベルヴィント様の身体を治したのはシルフなんだけどね。

「シルフ様のお力が戻ったのも、貴殿のお陰だろう? しかし貴殿に報いる方法が思いつかぬでな。せめて、陛下とデライラ殿の補助になればと思っておる」

 僕がヴィルベルヴィント様を治したのはシルフだと告げると、オスト公からはそんな言葉が返ってきた。

「それから、褐色の少女の話だがな、残念だが儂もユーイング殿以上の情報は知らぬ。が、ドラケン候は無体をするような御仁ではない。そのような迫害が本当にあったのか、聞いてみるが良かろう。それにしても――」

 そこまで言うと、オスト公の厳しい視線がじろりとヨシュア君を射抜いた。
 ヨシュア君の背筋がピンと伸びる。

「このような国の大事に女一人を探す為に旅に出るとは」
「は、恐れ入ります」
「ふん。女一人の為に身体を張れる強さを、民を守る為にも発揮できるとよいな」
「は。そのための剣と盾です」

 ヨシュア君を覗き込むような鋭い視線が、ふっと緩くなる。

「今日はこの屋敷で疲れを癒すが良い。王城には儂から使いを出す故、陛下には明日お目通りを願うのがいいだろう」

 ははは。普通なら女王陛下に会うのに、数日は待たされるのにね。
 こうして、僕達は王都のオスト別荘で疲れを癒す事になった。
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