上 下
121 / 206
三章

工房のエンブレム

しおりを挟む
 見た目は黒っぽくて、なめして光沢が出ている皮鎧。袖なしのベストのような形状で、胸などにいくつかのポケットが付いている。これが揃いで四個だ。箱にそれぞれの名前が書いてあるのはサイズを間違えないようにだろう。特に女子は胸部装甲の件はデリケートな問題になりそうだしね。
 そしてさらに二つの箱。こちらにはローブが入っていた。

「そっちの皮鎧はマンティコアの素材を遠慮なく使わせてもらった。物理にも魔法にも強いし、柔らかくて滑らかだ。前衛の激しい動きにも邪魔にはならんだろ」

 工房の主人であるケビンさんが目を輝かせて言う。素材を提供した時、マンティコアの素材なんて滅多に扱う機会がないとかで、やたらテンションが上がってたもんなぁ。

「んで、こっちのローブはコカトリスの皮だな。アイツらはお互いの視線で石化しないように魔力耐性が強い」

 という事だそうだ。これは魔法をメインに戦うという事になっているルークスとグランツ用にあつらえたものだ。

「背中っつーか、首の下のあたりにあるのはこの工房のエンブレムだ。フルフェイスヘルムを簡略化した意匠のデザインになってんだろ? そいつを見りゃあ大人しくなる連中も少しはいるだろうぜ」

 ケビンさんはそう言ってニヤリと笑う。やっぱりこの工房は、ブンドルのヤツに妨害されてもやっていけるだけの腕と信用があるんだろうね。
 多分、ケビンさんの作品を身に付けるという事は、冒険者の間では一種のステータスになっているのかも知れない。

 僕達は揃いのエンブレムが入った皮鎧とローブを身に着けた。おお、僕の背中には短双戟を交差して掛けられるようにホルダーが付いているんだ。カッコイイな!
 ブンドルに睨まれている僕等にも偏見を持たず、いい仕事をしてくれたケビンさんに心からのお礼を述べ、僕達は工房を後にした。

▼△▼

 ケビンさんの工房を出た後も、ちょっとした小物を求めたり美味しそうなものを探したりで第二区画をぶらぶらと歩いていたんだけど、やっぱり見た目のいい女の子が三人もいると、いろんな視線が刺さって来る。
 ある一組の冒険者らしきグループが絡んで来そうになったんだけど、

「おい、止めろ! あいつらの背中見ろ!」
「あん? 背中――あ、あれは頑固親父んトコの!」
「ああ、奴ら、並の冒険者じゃねえぞ!」

 背中のエンブレムを見た冒険者達は、そう言いながら逃げ出していった。

「なるほど、こういう事なのね。あのおじさん、結構凄い人だったのね」

 逃げ出した男達の背中を眺めながらデライラがそう言うと、ノワールもまたそれに同意して続けた。

「ええ、ご主人様の非凡さを認めたあの慧眼、中々のものです」
「だな! あの気骨、気に入った!」

 アーテルもあの頑固な職人を気に入ったみたいだね。端のほうでグランツが、『儂とあのじじいで何が違うんじゃ』ってしょんぼりしてたけど、それはセクハラするかしないかの違いだと思うよ?

 そうしているうちにだいぶ日も傾き黄昏時と言って差し支えない時間になってきた。今日のお目当てのものは大体入手出来たし、僕達は宿に向かって歩を進めている。

(ご主人様)
(ああ、分かってる)

 しばらく歩くと、ノワールが頭の中へ警告を発してきた。もっとも、それは僕も気付いていた。小声でデライラ達にも伝えよう。

「さっきから付けられてる。どんどん人数も増えて来てるんだけどどうする?」
「はぁ? 決まってるわよ。どうせブンドルの差し金でしょ? 潰しましょ」
「あはは。そうか。じゃあ釣りだそうか」

 どうやらデライラも逃げる気はさらさら無いようなので、僕達は第二区画でも人気の少ない場所を目指して移動した。
 暫く歩いているうちに空は黄昏から濃紺に変わっていき、黒っぽい装備を身に付けた僕達はかなり目立たなくなっているはずだ。それでも追跡してきている人数は増え続けており、すでに五十人は下らない。
 どういう手段を使っているのか知らないけど、連中は何か遠隔でも連絡を取り合える手段を持っているらしいね。増えている追手は僕達を包囲するような配置を形成しつつあるみたいだ。しかも、僕達が向かっている場所までアタリを付けているほどには土地勘もあるんだろう。
 そう、僕達は王都の市民の憩いの場になっている、広い公園を目指していた。芝生や日光を遮る樹木があり、人工の池などもある寛げる場所だ。

 その一方、冒険者もよく訓練に使う場所でもある。森や平原の戦闘を模して訓練するには絶好の場所であり、ギルドに申請して許可が下りれば、模擬戦の場所として使われる事もしばしばだ。
 なので、冒険者の僕達が公園に入ってもそれほど物珍しい光景ではないし、恐らく武装している追跡者達も見咎められる事はないだろう。

「さて、ノワール、アーテル。初めは僕が話す。相手がブンドルの配下だと判断したら、一人も逃がさないよ」
「承知いたしました、ご主人様」
「ふふ、分かっておるぞ、主人よ」

 ノワールもアーテルも気合が入ってるね。

「でもあんたはいいの? プラチナランクの昇格試験を控えてる身じゃない」

 デライラは彼女なりに僕を心配してくれているみたいだ。言外に自分達に任せろって言ってるようにも聞こえるね。まあ、大事な昇格試験をこんな事でフイにしてもいいのかって話だけど。でもね。

「連中がブンドルの手の者なら昇格試験なんて二の次さ」

 今まで執拗に命を狙ってきたり嫌がらせをしてきたんだ。後悔しないようにするには――

「潰すよ」

 短双戟を両手に持ち、そう言い切った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

転生したら神だった。どうすんの?

埼玉ポテチ
ファンタジー
転生した先は何と神様、しかも他の神にお前は神じゃ無いと天界から追放されてしまった。僕はこれからどうすれば良いの? 人間界に落とされた神が天界に戻るのかはたまた、地上でスローライフを送るのか?ちょっと変わった異世界ファンタジーです。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

ゴミアイテムを変換して無限レベルアップ!

桜井正宗
ファンタジー
 辺境の村出身のレイジは文字通り、ゴミ製造スキルしか持っておらず馬鹿にされていた。少しでも強くなろうと帝国兵に志願。お前のような無能は雑兵なら雇ってやると言われ、レイジは日々努力した。  そんな努力もついに報われる日が。  ゴミ製造スキルが【経験値製造スキル】となっていたのだ。  日々、優秀な帝国兵が倒したモンスターのドロップアイテムを廃棄所に捨てていく。それを拾って【経験値クリスタル】へ変換して経験値を獲得。レベルアップ出来る事を知ったレイジは、この漁夫の利を使い、一気にレベルアップしていく。  仲間に加えた聖女とメイドと共にレベルを上げていくと、経験値テーブルすら操れるようになっていた。その力を使い、やがてレイジは帝国最強の皇剣となり、王の座につく――。 ※HOTランキング1位ありがとうございます! ※ファンタジー7位ありがとうございます!

称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~

しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」 病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?! 女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。 そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!? そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?! しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。 異世界転生の王道を行く最強無双劇!!! ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!! 小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!

転移ですか!? どうせなら、便利に楽させて! ~役立ち少女の異世界ライフ~

ままるり
ファンタジー
女子高生、美咲瑠璃(みさきるり)は、気がつくと泉の前にたたずんでいた。 あれ? 朝学校に行こうって玄関を出たはずなのに……。 現れた女神は言う。 「あなたは、異世界に飛んできました」 ……え? 帰してください。私、勇者とか聖女とか興味ないですから……。 帰還の方法がないことを知り、女神に願う。 ……分かりました。私はこの世界で生きていきます。 でも、戦いたくないからチカラとかいらない。 『どうせなら便利に楽させて!』 実はチートな自称普通の少女が、周りを幸せに、いや、巻き込みながら成長していく冒険ストーリー。 便利に生きるためなら自重しない。 令嬢の想いも、王女のわがままも、剣と魔法と、現代知識で無自覚に解決!! 「あなたのお役に立てましたか?」 「そうですわね。……でも、あなたやり過ぎですわ……」 ※R15は保険です。 ※小説家になろう様、カクヨム様でも連載しております。

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

処理中です...