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二章

シルフの記憶

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 ビクンビクンと蠢いていた赤紫の『繭玉』が動かなくなってから暫く経過している。僕とアーテル、そしてデライラはその傍らで警戒しながら待っていた。
 グランツもオスト公にその場を任せ、こちらに合流している。

「どうやら考えていた以上に面倒な事になりそうじゃの」
「ああ。だがな、我の尻を撫でていいのは主人だけだ。触れたら殺す」

 アーテルのお尻に伸びかけたグランツの手がピタリと止まる。何気ない会話の中でも高度な駆け引きが展開されているみたいだ。

「して、感想は?」

 グランツが聞いてくる。いろいろ言葉が足りない気がするけど、多分シルフと戦った感想って事だよね。それなら……

「物凄く強かったよ。でも、想像してた程じゃなかった」
「ふむ……」

 確かに一瞬たりとも気が抜ける相手じゃなかったし、ノワールやアーテルがいなければ勝てたとも思えない。だけど、精霊王ってのはもっとこう、抗う事すらすら出来ないような全てを超越した存在だと思っていたんだよね。それが、やり方次第ではどうにかなる相手だった。

「他には?」
「そうだね。隙が多いとか?」
「なるほど。やはり、らしくないのう」

 それっきり、グランツは黙り込んでしまった。僕はデライラに視線を移した。

「別に黒幕がいるって疑ってるのよ。光と闇の精霊を片っ端から封印した事も含めてね」

 そうか。世界を狂わせた元凶がいるかも知れないって事か。それは面倒な事だな。出来れば関わりたくないけど。

「どうせあんたの事だから関わりたくないとでも思ってるんでしょ? そりゃあたしだってそうだけど、ルークス達が戻ってきたら、多分手遅れになってるわよ」

 デライラがそう言って肩を竦める。なんだよそのトラブル確定みたいなの。やだなぁ。
 そんな事をしているうちに、シルフを包んでいたノワールの魔力のもやが晴れていく。同時にシルフの中から光の靄も抜け出してきた。
 何だろう? なんかシルフから魂が抜けてきたようでちょっと複雑な気持ちになる光景だな……
 二人の靄が実体化して僕とデライラの傍らに立つ。肝心のシルフの方は文字通り魂が抜けたように、放心状態で倒れていた。いや、あくまでも霊体なのでそう感じただけなんだけどね。

「それで、どうだったの?」

 デライラがルークスに訊ねると、ルークスは少々難しい表情で答えた。

「概ね、グランツが予想していた通りでしたね」

 そしてルークスが覗いたシルフの『記憶』とやらを話し始めた。


 創造の女神ルーベラは世界をまず生き物を住まわせるための大地を造られた。そして土属性の精霊と精霊王を。そして生き物がその生を紡ぐために必要な水と空気を。同時に風属性の精霊と精霊王、水属性の精霊と精霊王を。
 さらに、ご自身の生き写しの姿の人間を生み出し、彼等の営みが便利になるようにと火を与え、それを司る火属性の精霊と精霊王を生み出した。
 また女神ルーベラは、世界の光と善を司る光の精霊を、闇と悪を司る闇の精霊を生み出された。これは人々の善性を高め、悪性を吸い取るものであり、自分の世界が平和であるようにとの女神の願いからであった。
 生物が大地に満ちる速度と比例するように、四大属性の精霊達も世界に満ち溢れていったが、光と闇の精霊は人間が繁栄する段階で生み出されたため、まだ世界に満ちるまでには増えていなかった。
 しかしある時、四大精霊王を唆す者が現れた。光と闇の精霊が少ない今ならばまだ間に合う。ふたつの属性の精霊を封印してしまえと。さすれば、四大属性の精霊が活発に活動できる時代が来ると。

 そして時は流れた。光の精霊が消え善の心が蝕まれ、闇の精霊が消えて悪の心が膨らみ続けた人間達は、互いに争うようになった。さらに、世界に溢れた悪意は魔物を生み出し、混沌を招いた。
 人々を豊かにするはずの四大属性の魔法は、いつしか争いに利用されるようになり、それによって精霊の活動が活発になっていったのは黒幕の思惑通りだった。また精霊の活発化は精霊王の力も強化する事に繋がり、精霊王達は自分達を唆した者の言葉を正として受け止めた。

「そしてその時には既に、精霊王達の洗脳は完了していました」

 そう言ってルークスは締め括った。

「そして、その唆した者は、精霊王を通じて人間の権力者をも洗脳していったのじゃな?」

 質問というよりは、確認といった意味合いだろうね。グランツがルークスに訊ねると、ルークスが無言で頷いた。
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