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二章

公爵家の夜

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 立食パーティー形式の晩餐会は何事もなく終わり、僕達は割り振られた部屋で休んでいた。そして誰もが寝静まった深夜。

(ご主人様。公爵が動き出しました。いえ、正確にはヴィルベルヴィントと武装した兵ですね)

 眠りを必要としないノワールが、僕の意識の中に語り掛けてくる。そうか。なら、三人で影に潜りながら待つとしようか。

(承知いたしました)

 僕達三人は影泳ぎの応用で影に潜み、ヴィルベルヴィント御一行様が部屋に踏み込んで来るのを待つ。

(ちょっと、あんたの部屋の前で、若様が兵を連れて踏み込むとこよ?)

 そんな時、デライラの方も動きを察知したらしく、頭の中に話しかけてきた。グランツあたりが監視してたんだろうね。

(ああ、分かってる。少しばかり、脅かしてやろうかと思ってね。大丈夫だから寝てていいよ?)
(そう? あんたがそう言うならそうなんでしょうね。それじゃ、健闘を祈るわ。おやすみ)
(ああ、おやすみ)

 デライラの謎の信頼の厚さに苦笑しながら、僕達は襲撃を待つ。
 やがて、静かに扉が開かれ、ヴィルベルヴィント様に先立って六人の兵が入って来た。僕と、ノワール、アーテルのベッドにそれぞれ二人。皆剣を抜いている。

「若様! いません!」
「なんだと!?」

 あ、今叫んだのは僕達一行を出迎えに来た隊長さんだね。なるほどなぁ。

「こんな夜更けに何の御用ですか? 武器まで抜いて物騒ですね?」
「なっ!?」

 影泳ぎで音もなく彼等の背後に回り込み、静かに姿を現した僕達に、ヴィルベルヴィント様――もう呼び捨てでいいか。ヴィルベルヴィントは驚いて振り返った。
 寝込みを襲うという絶対有利な状況を覆され、更には室内に誘い込まれて逃げ場を無くしたのは自分の方だという現実を受け入れたのか、彼は苦い顔をする。

「この状況は……まさか、暗殺とかしようと思っちゃいました?」
「……やれ。奴らは丸腰だ」

 ヴィルベルヴィントは僕の問いに行動で答えた。問答無用で殺せと。端正な顔にこれと言って表情の変化はなく、僕達を始末する事に特別感情を動かされる事がないらしい。
 ――残念だ。

「ノワール、アーテル」

 僕が一声掛けると、彼女達はまるで黒い疾風のようにヴィルベルヴィントの両脇を駆け抜けた。

「なっ……」

 そのあまりのスピードは彼に反応する事すら許さず、駆け抜けた際の風圧は彼の髪を靡かせた。

「丸腰が僕等の弱みになるとでも思いましたか?」

 僕がそう一言口にした時には、彼女達は既に三人ずつ、計六人の兵を倒していた。それぞれ殴り倒され、蹴り倒されたのだろう。全員泡を吹いているが、まだ死んではないようだね。

「くっ!」

 往生際が悪いなあ。
 ヴィルベルヴィントは右手を上に翳し、魔力を集め始めた。中々の魔力量をつぎ込んでいるみたいだけど。

「そうやって、っていうアクションを取る事自体がウィザードとして未熟なんですよ」

 僕は身体強化で瞬時にヴィルベルヴィントの懐に入り、影収納から出した短双戟の刃を首筋に突き付けた。彼の首筋から一筋の血が流れ落ちる。

「抵抗するならこのまま殺します。場合によっては公爵家丸ごと潰します」

(ご主人様、オスト公爵がこちらに向かって来ております)

 館の中の動きを把握しているノワールが、頭の中に話しかけてきた。さてと、オスト公はこの件には噛んでいるのかな?
暫くすると、メイドに車椅子を押されたオスト公が現れた。

「館の中で精霊が騒いでいるかと思えば、これは何の騒ぎだ?」

 僕達の部屋の外、廊下の部分で車椅子を止めたオスト公が僕の背後から話しかけてきた。何の騒ぎも何も、見ての通りなんだけどなあ。

「夜陰に紛れて僕達の部屋に入り込み、襲撃してきたを制圧していた所ですよ」
「賊だと? それは我が孫のヴィルベルヴィントだぞ!」
「この人が何者かなんて関係ないでしょう? 僕達は襲われました。そして襲われたからには反撃します。オスト公、あなたも僕の敵ですか?」

 僕は身体から魔力を溢れ出させた。勿論、闇属性の魔力だ。流石のオスト公も、今まで感じた事のない精霊の力に冷や汗を流している事だろうね。

「ま、待て! お祖父《じい》様は関係ない! 私の独断でした事だ!」

 ここでヴィルベルヴィントが吐いた。

「……話せ。全てだ」

 据わった視線でオスト公が声を出した。まるで腹に直接響いてくるような、昏い声だった。
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