上 下
27 / 206
一章

手加減のため

しおりを挟む
 僕とノワール、アーテルの三人は、影泳ぎで大幅に時間を短縮しつつ、誰に見られる事もなくダンジョンの中に入っている。
 普通では徒歩で二日かかる距離なのに、影の中を泳ぐとあっという間についてしまった。体感で一時間くらいだろうか? 影の中って、不思議な空間だね。
 そしてここはダンジョンの下層、八階。ここまで来ると、魔物もシルバーランク以上のものしかいない。ここで僕達は戦闘訓練をしようという訳なんだよね。
 主に逆の意味で。

 アーテルの手甲の鉤爪が、カシャッという音を立てて拳の先へと可変する。三本の鋭い鉤爪がキラリと鈍く光った。

「フフフ……オーガか。肩慣らしにはちょうど良い。行くぞ!」

 ぐぐっと腰を下ろし、その脚力を溜め込む。そして限界まで圧縮されたパワーが反発するように、オーガに向かって猛烈にダッシュした。
 彼女が元いた場所は、軽く地面が凹んでいる。いったいどれだけの力を込めていたのだろう?
 信じられない速度で間合いを詰められ、あっという間に懐に入り込まれたオーガは迎撃する事も出来ずに目を見開いたまま。
 ニィッと獰猛な笑みを浮かべたアーテルは、左の拳を逆袈裟に、ついで右の拳を袈裟に振るった。
 オーガの腹に、斜めの十文字が三重に刻まれる。アーテルはすぐさまバックステップで距離を取る。ちょっとした事なんだけど、一連の動作が途轍もなく素早い。
 オーガは自分の腹から勢いよく噴き出した血を見て、漸く自分が攻撃されたのだと気付いたようだ。怒りの咆哮を上げながら、アーテルに殴り掛かろうと前進し、手にしていた金棒を振り下ろした。
 しかしアーテルはそれを避けようともせず、左の手のひらであっさりと受け止めて見せる。どうやらさっきのバックステップは、オーガの攻撃を警戒したものではなく、返り血を浴びるのを嫌っただけのようだね。

「ふん、つまらんな。迷宮の鬼がこの程度か」

 オーガは人間の二倍近くの体格をしていて、しかもオークのようにでっぷりとした体形ではなく、全身鋼の筋肉だ。その膂力はオークなどを遥かに凌ぎ、身体も鉄より硬いとされている。普段はダンジョンの下層に生息していて、オークすら彼等にとってはただの餌だ。
 そのオーガの一撃が、見た目は人間の女性に片手で止められてしまった。しかも彼女は微動だにしていない。その事実を受け入れ難いのか、オーガはそのまま固まってしまっている。
 アーテルは金棒を面倒くさそうに振り払うと、右拳を腰だめに構えた。

「ハッ!」

 彼女は短く息を吐くと、鋭く左足を踏み出し、やや遅れて腰を回す。その腰の回転に合わせるように右の拳を真っ直ぐに突き出した。

 ――ズズン!

 え?
 何今の音?
 人間が何かを殴ったような音じゃないんだけど。

「なるほど、人間の身体の使い方が分かってきた。なにしろ身体の作りが違うと、力の乗せ方も変わってくるのでな」

 そう言ってアーテルが振り向く。彼女の背後では、腹に風穴を開けられたオーガが、ゆっくりと仰向けに倒れていった。
 あの硬いオーガの身体に一撃で風穴を開けるだなんて、やっぱりミスティウルフってのは恐ろしい存在だ。これで慣らし運転程度だって言うんだからね。
 そうかと思えば、ノワールは軽快なステップでもう一体のオーガを翻弄し、じわじわと双剣で切り刻んでいた。見ていてまるで危なげない。すごいなノワール。確実に避けながら攻撃もしてるよ。
 
「ノワールのあの姿は魔力を実体化させたもので、物理攻撃を喰らったところでなんのダメージもないだろうに、なぜあのような面倒な事をしているのだ?」

 すでに戦闘を終えたアーテルが不思議そうに尋ねてきた。そう、わざわざこっそりダンジョンに潜ってこんな事をしているのは、彼女達には人間として戦ってもらわなくてはならない。その訓練の為だ。
 
「二人共、やりすぎちゃうと人間じゃないのがバレちゃうでしょ? その加減を覚えてもらうためさ」
「なるほど。では、さっきの我はどうだ? どうだった?」
「うーん、ギリギリアウトかな……」
「……あぅ」

 流石に一撃でオーガの腹に風穴を開けるような人間はいないと思うよ?
 しょんぼりと肩を落とすアーテルを慰めているうちに、ノワールの方も片付いたようだね。生身の肉体じゃないから攻撃を喰らってもノーダメージ。そのため恐怖心がないのか、思い切った動きでオーガを翻弄し続け、結果完封してしまった。

「オーガごとき、魔法を使えば瞬殺なのですが、中々ストレスが溜まりますね」

 安物の短剣でスパスパとオーガを切り裂いておいて、ノワールがそんな事を宣う。そもそもそんな短剣じゃ、オーガの鋼の肉体には傷ひとつ付けられないんだけどなぁ。

「刃を魔力で強化してますので」
「鉤爪を魔力で強化しているのだ!」

 そんな僕の内心を読み取ったのか、二人がドヤ顔でそう言ってきた。うん、僕も身体強化や短槍の穂先を強化するのに使っているけどね、魔力による強化。

「それに、手加減が難しいのはご主人様のせいでもあるのですよ?」
「そうだな、主人のバフのせいで、思った以上に身体が動けてしまう」
「うっ……」

 今度は二人がジト目で僕を見てきた。
 そんな事言われてもなぁ……

「と、とにかく! 僕達はパーティなんだからこれがデフォルトだと思って!」

 そう、とにかく慣れるしかないよね。当日はサマンサとイヴァンという、二人の元ゴールドランカーも一緒なんだから。

 おっと、僕も単独でオーガと戦って訓練しなくちゃ!
しおりを挟む
感想 283

あなたにおすすめの小説

異世界で生きていく。

モネ
ファンタジー
目が覚めたら異世界。 素敵な女神様と出会い、魔力があったから選ばれた主人公。 魔法と調合スキルを使って成長していく。 小さな可愛い生き物と旅をしながら新しい世界で生きていく。 旅の中で出会う人々、訪れる土地で色々な経験をしていく。 3/8申し訳ありません。 章の編集をしました。

劇ではいつも『木』の役だったわたしの異世界転生後の職業が『木』だった件……それでも大好きな王子様のために庶民から頑張って成り上がるもん!

ハイフィールド
ファンタジー
「苦しい恋をしていた……それでも生まれ変わったらわたし、あなたに会いたい」 商家の娘アーリャとして異世界転生したわたしは神の洗礼で得たギフトジョブが『木』でした……前世で演劇の役は全て『木』だったからって、これはあんまりだよ! 謎のジョブを得て目標も無く生きていたわたし……でも自国の第二王子様お披露目で見つけてしまったの……前世で大好きだったあなたを。 こうなったら何としてでも……謎のジョブでも何でも使って、また大好きなあなたに会いに行くんだから!! そうです、これはですね謎ジョブ『木』を受け取ったアーリャが愛しの王子様を射止めるために、手段を選ばずあの手この手で奮闘する恋愛サクセスストーリー……になる予定なのです!! 1話1500~2000文字で書いてますので、5分足らずで軽く読めるかと思います。 九十五話ほどストックがありますが、それ以降は不定期になるのでぜひブックマークをお願いします。 七十話から第二部となり舞台が学園に移って悪役令嬢ものとなります。どういうことだってばよ!? と思われる方は是非とも物語を追って下さい。 いきなり第二部から読んでも面白い話になるよう作っています。 更新は不定期です……気長に待って下さい。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

【完結】蓬莱の鏡〜若返ったおっさんが異世界転移して狐人に救われてから色々とありまして〜

月城 亜希人
ファンタジー
二〇二一年初夏六月末早朝。 蝉の声で目覚めたカガミ・ユーゴは加齢で衰えた体の痛みに苦しみながら瞼を上げる。待っていたのは虚構のような現実。 呼吸をする度にコポコポとまるで水中にいるかのような泡が生じ、天井へと向かっていく。 泡を追って視線を上げた先には水面らしきものがあった。 ユーゴは逡巡しながらも水面に手を伸ばすのだが――。 おっさん若返り異世界ファンタジーです。

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

バイトで冒険者始めたら最強だったっていう話

紅赤
ファンタジー
ここは、地球とはまた別の世界―― 田舎町の実家で働きもせずニートをしていたタロー。 暢気に暮らしていたタローであったが、ある日両親から家を追い出されてしまう。 仕方なく。本当に仕方なく、当てもなく歩を進めて辿り着いたのは冒険者の集う街<タイタン> 「冒険者って何の仕事だ?」とよくわからないまま、彼はバイトで冒険者を始めることに。 最初は田舎者だと他の冒険者にバカにされるが、気にせずテキトーに依頼を受けるタロー。 しかし、その依頼は難度Aの高ランククエストであることが判明。 ギルドマスターのドラムスは急いで救出チームを編成し、タローを助けに向かおうと―― ――する前に、タローは何事もなく帰ってくるのであった。 しかもその姿は、 血まみれ。 右手には討伐したモンスターの首。 左手にはモンスターのドロップアイテム。 そしてスルメをかじりながら、背中にお爺さんを担いでいた。 「いや、情報量多すぎだろぉがあ゛ぁ!!」 ドラムスの叫びが響く中で、タローの意外な才能が発揮された瞬間だった。 タローの冒険者としての摩訶不思議な人生はこうして幕を開けたのである。 ――これは、バイトで冒険者を始めたら最強だった。という話――

異世界でリサイクルショップ!俺の高価買取り!

理太郎
ファンタジー
坂木 新はリサイクルショップの店員だ。 ある日、買い取りで査定に不満を持った客に恨みを持たれてしまう。 仕事帰りに襲われて、気が付くと見知らぬ世界のベッドの上だった。

双子の姉は『勇者』ですが、弟の僕は『聖女』です。

ミアキス
ファンタジー
僕の名前はエレオノール。双子の姉はレオノーラ。 7歳の〖職業鑑定〗の日。 姉は『勇者』に、男の僕は何故か『聖女』になっていた。 何で男の僕が『聖女』っ!! 教会の神官様も驚いて倒れちゃったのに!! 姉さんは「よっし!勇者だー!!」って、大はしゃぎ。 聖剣エメルディアを手に、今日も叫びながら魔物退治に出かけてく。 「商売繁盛、ササもってこーい!!」って、叫びながら……。 姉は異世界転生したらしい。 僕は姉いわく、神様の配慮で、姉の記憶を必要な時に共有できるようにされてるらしい。 そんなことより、僕の職業変えてくださいっ!! 残念創造神の被害を被った少年の物語が始まる……。

処理中です...