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一章
手加減のため
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僕とノワール、アーテルの三人は、影泳ぎで大幅に時間を短縮しつつ、誰に見られる事もなくダンジョンの中に入っている。
普通では徒歩で二日かかる距離なのに、影の中を泳ぐとあっという間についてしまった。体感で一時間くらいだろうか? 影の中って、不思議な空間だね。
そしてここはダンジョンの下層、八階。ここまで来ると、魔物もシルバーランク以上のものしかいない。ここで僕達は戦闘訓練をしようという訳なんだよね。
主に逆の意味で。
アーテルの手甲の鉤爪が、カシャッという音を立てて拳の先へと可変する。三本の鋭い鉤爪がキラリと鈍く光った。
「フフフ……オーガか。肩慣らしにはちょうど良い。行くぞ!」
ぐぐっと腰を下ろし、その脚力を溜め込む。そして限界まで圧縮されたパワーが反発するように、オーガに向かって猛烈にダッシュした。
彼女が元いた場所は、軽く地面が凹んでいる。いったいどれだけの力を込めていたのだろう?
信じられない速度で間合いを詰められ、あっという間に懐に入り込まれたオーガは迎撃する事も出来ずに目を見開いたまま。
ニィッと獰猛な笑みを浮かべたアーテルは、左の拳を逆袈裟に、ついで右の拳を袈裟に振るった。
オーガの腹に、斜めの十文字が三重に刻まれる。アーテルはすぐさまバックステップで距離を取る。ちょっとした事なんだけど、一連の動作が途轍もなく素早い。
オーガは自分の腹から勢いよく噴き出した血を見て、漸く自分が攻撃されたのだと気付いたようだ。怒りの咆哮を上げながら、アーテルに殴り掛かろうと前進し、手にしていた金棒を振り下ろした。
しかしアーテルはそれを避けようともせず、左の手のひらであっさりと受け止めて見せる。どうやらさっきのバックステップは、オーガの攻撃を警戒したものではなく、返り血を浴びるのを嫌っただけのようだね。
「ふん、つまらんな。迷宮の鬼がこの程度か」
オーガは人間の二倍近くの体格をしていて、しかもオークのようにでっぷりとした体形ではなく、全身鋼の筋肉だ。その膂力はオークなどを遥かに凌ぎ、身体も鉄より硬いとされている。普段はダンジョンの下層に生息していて、オークすら彼等にとってはただの餌だ。
そのオーガの一撃が、見た目は人間の女性に片手で止められてしまった。しかも彼女は微動だにしていない。その事実を受け入れ難いのか、オーガはそのまま固まってしまっている。
アーテルは金棒を面倒くさそうに振り払うと、右拳を腰だめに構えた。
「ハッ!」
彼女は短く息を吐くと、鋭く左足を踏み出し、やや遅れて腰を回す。その腰の回転に合わせるように右の拳を真っ直ぐに突き出した。
――ズズン!
え?
何今の音?
人間が何かを殴ったような音じゃないんだけど。
「なるほど、人間の身体の使い方が分かってきた。なにしろ身体の作りが違うと、力の乗せ方も変わってくるのでな」
そう言ってアーテルが振り向く。彼女の背後では、腹に風穴を開けられたオーガが、ゆっくりと仰向けに倒れていった。
あの硬いオーガの身体に一撃で風穴を開けるだなんて、やっぱりミスティウルフってのは恐ろしい存在だ。これで慣らし運転程度だって言うんだからね。
そうかと思えば、ノワールは軽快なステップでもう一体のオーガを翻弄し、じわじわと双剣で切り刻んでいた。見ていてまるで危なげない。すごいなノワール。確実に避けながら攻撃もしてるよ。
「ノワールのあの姿は魔力を実体化させたもので、物理攻撃を喰らったところでなんのダメージもないだろうに、なぜあのような面倒な事をしているのだ?」
すでに戦闘を終えたアーテルが不思議そうに尋ねてきた。そう、わざわざこっそりダンジョンに潜ってこんな事をしているのは、彼女達には人間として戦ってもらわなくてはならない。その訓練の為だ。
「二人共、やりすぎちゃうと人間じゃないのがバレちゃうでしょ? その加減を覚えてもらうためさ」
「なるほど。では、さっきの我はどうだ? どうだった?」
「うーん、ギリギリアウトかな……」
「……あぅ」
流石に一撃でオーガの腹に風穴を開けるような人間はいないと思うよ?
しょんぼりと肩を落とすアーテルを慰めているうちに、ノワールの方も片付いたようだね。生身の肉体じゃないから攻撃を喰らってもノーダメージ。そのため恐怖心がないのか、思い切った動きでオーガを翻弄し続け、結果完封してしまった。
「オーガごとき、魔法を使えば瞬殺なのですが、中々ストレスが溜まりますね」
安物の短剣でスパスパとオーガを切り裂いておいて、ノワールがそんな事を宣う。そもそもそんな短剣じゃ、オーガの鋼の肉体には傷ひとつ付けられないんだけどなぁ。
「刃を魔力で強化してますので」
「鉤爪を魔力で強化しているのだ!」
そんな僕の内心を読み取ったのか、二人がドヤ顔でそう言ってきた。うん、僕も身体強化や短槍の穂先を強化するのに使っているけどね、魔力による強化。
「それに、手加減が難しいのはご主人様のせいでもあるのですよ?」
「そうだな、主人のバフのせいで、思った以上に身体が動けてしまう」
「うっ……」
今度は二人がジト目で僕を見てきた。
そんな事言われてもなぁ……
「と、とにかく! 僕達はパーティなんだからこれがデフォルトだと思って!」
そう、とにかく慣れるしかないよね。当日はサマンサとイヴァンという、二人の元ゴールドランカーも一緒なんだから。
おっと、僕も単独でオーガと戦って訓練しなくちゃ!
普通では徒歩で二日かかる距離なのに、影の中を泳ぐとあっという間についてしまった。体感で一時間くらいだろうか? 影の中って、不思議な空間だね。
そしてここはダンジョンの下層、八階。ここまで来ると、魔物もシルバーランク以上のものしかいない。ここで僕達は戦闘訓練をしようという訳なんだよね。
主に逆の意味で。
アーテルの手甲の鉤爪が、カシャッという音を立てて拳の先へと可変する。三本の鋭い鉤爪がキラリと鈍く光った。
「フフフ……オーガか。肩慣らしにはちょうど良い。行くぞ!」
ぐぐっと腰を下ろし、その脚力を溜め込む。そして限界まで圧縮されたパワーが反発するように、オーガに向かって猛烈にダッシュした。
彼女が元いた場所は、軽く地面が凹んでいる。いったいどれだけの力を込めていたのだろう?
信じられない速度で間合いを詰められ、あっという間に懐に入り込まれたオーガは迎撃する事も出来ずに目を見開いたまま。
ニィッと獰猛な笑みを浮かべたアーテルは、左の拳を逆袈裟に、ついで右の拳を袈裟に振るった。
オーガの腹に、斜めの十文字が三重に刻まれる。アーテルはすぐさまバックステップで距離を取る。ちょっとした事なんだけど、一連の動作が途轍もなく素早い。
オーガは自分の腹から勢いよく噴き出した血を見て、漸く自分が攻撃されたのだと気付いたようだ。怒りの咆哮を上げながら、アーテルに殴り掛かろうと前進し、手にしていた金棒を振り下ろした。
しかしアーテルはそれを避けようともせず、左の手のひらであっさりと受け止めて見せる。どうやらさっきのバックステップは、オーガの攻撃を警戒したものではなく、返り血を浴びるのを嫌っただけのようだね。
「ふん、つまらんな。迷宮の鬼がこの程度か」
オーガは人間の二倍近くの体格をしていて、しかもオークのようにでっぷりとした体形ではなく、全身鋼の筋肉だ。その膂力はオークなどを遥かに凌ぎ、身体も鉄より硬いとされている。普段はダンジョンの下層に生息していて、オークすら彼等にとってはただの餌だ。
そのオーガの一撃が、見た目は人間の女性に片手で止められてしまった。しかも彼女は微動だにしていない。その事実を受け入れ難いのか、オーガはそのまま固まってしまっている。
アーテルは金棒を面倒くさそうに振り払うと、右拳を腰だめに構えた。
「ハッ!」
彼女は短く息を吐くと、鋭く左足を踏み出し、やや遅れて腰を回す。その腰の回転に合わせるように右の拳を真っ直ぐに突き出した。
――ズズン!
え?
何今の音?
人間が何かを殴ったような音じゃないんだけど。
「なるほど、人間の身体の使い方が分かってきた。なにしろ身体の作りが違うと、力の乗せ方も変わってくるのでな」
そう言ってアーテルが振り向く。彼女の背後では、腹に風穴を開けられたオーガが、ゆっくりと仰向けに倒れていった。
あの硬いオーガの身体に一撃で風穴を開けるだなんて、やっぱりミスティウルフってのは恐ろしい存在だ。これで慣らし運転程度だって言うんだからね。
そうかと思えば、ノワールは軽快なステップでもう一体のオーガを翻弄し、じわじわと双剣で切り刻んでいた。見ていてまるで危なげない。すごいなノワール。確実に避けながら攻撃もしてるよ。
「ノワールのあの姿は魔力を実体化させたもので、物理攻撃を喰らったところでなんのダメージもないだろうに、なぜあのような面倒な事をしているのだ?」
すでに戦闘を終えたアーテルが不思議そうに尋ねてきた。そう、わざわざこっそりダンジョンに潜ってこんな事をしているのは、彼女達には人間として戦ってもらわなくてはならない。その訓練の為だ。
「二人共、やりすぎちゃうと人間じゃないのがバレちゃうでしょ? その加減を覚えてもらうためさ」
「なるほど。では、さっきの我はどうだ? どうだった?」
「うーん、ギリギリアウトかな……」
「……あぅ」
流石に一撃でオーガの腹に風穴を開けるような人間はいないと思うよ?
しょんぼりと肩を落とすアーテルを慰めているうちに、ノワールの方も片付いたようだね。生身の肉体じゃないから攻撃を喰らってもノーダメージ。そのため恐怖心がないのか、思い切った動きでオーガを翻弄し続け、結果完封してしまった。
「オーガごとき、魔法を使えば瞬殺なのですが、中々ストレスが溜まりますね」
安物の短剣でスパスパとオーガを切り裂いておいて、ノワールがそんな事を宣う。そもそもそんな短剣じゃ、オーガの鋼の肉体には傷ひとつ付けられないんだけどなぁ。
「刃を魔力で強化してますので」
「鉤爪を魔力で強化しているのだ!」
そんな僕の内心を読み取ったのか、二人がドヤ顔でそう言ってきた。うん、僕も身体強化や短槍の穂先を強化するのに使っているけどね、魔力による強化。
「それに、手加減が難しいのはご主人様のせいでもあるのですよ?」
「そうだな、主人のバフのせいで、思った以上に身体が動けてしまう」
「うっ……」
今度は二人がジト目で僕を見てきた。
そんな事言われてもなぁ……
「と、とにかく! 僕達はパーティなんだからこれがデフォルトだと思って!」
そう、とにかく慣れるしかないよね。当日はサマンサとイヴァンという、二人の元ゴールドランカーも一緒なんだから。
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