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一章

圧倒

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 取り敢えず、ダンジョンの最下層までは見て回ったし、アーテルがいなくなってもダンジョン自体は存続するとの事なので、僕達は上層に戻る事にした。
 しばらく豪遊できるくらいの素材も手に入れたし、それを小出しに換金していけば生活に困る事もないだろう。

「それじゃあ五階層まで影泳ぎで戻る。アーテルは暫く影の中で隠れててくれる?」
「うむ。止むをえまいな」

 このダンジョンのボスを連れて帰ったら大騒ぎだしね。一応魔物を使役するテイマーっていうジョブもあるんだけど、神託でそれを授からないとまず無理だ。なので、アーテルをこのままの姿で連れ歩くのは非常にマズいんだ。
 かと言って、人型になってもらってもお前は誰だ? って事になるでしょ? 
 ダンジョン内で迷子を拾いましたなんて言っても、誰が信じるもんか。そんな訳でアーテルは暫く影の中だ。

 影泳ぎで五階層の一番奥まで一気に移動する。まったく便利な魔法だなこれ。付近に誰もいない事は、予めノワールの“目”で確認済み。僕とノワールはズルズルと影から浮かび上がった。
 そこからは出会った冒険者達には適当に挨拶をしながら上層へと戻っていく。予め影の中に仕込んでおいた大きめのバッグに素材をパンパンに詰め込み、それらしく『成果』を上げたように見せるのも忘れない。
 そしてダンジョンから出ると、明るい陽射しが目に刺さる。そしてダンジョン内とはまるで違う、清浄な空気を胸いっぱい吸い込んだ。
 すると、僕達に声を掛けてくる者がいた。

「おーい! 戻って来たんならこっちの台帳に名前を書いてくれ」

 ギルドの職員さんかな?
 ああ、はい。記帳ですね。これでダンジョンに突入した者と戻って来た者を照らし合わせて、行方不明者を捜索したりする訳だ。

「お? あんたがショーンか。ちょっと本陣に行ってくれるか? 副ギルド長が待ってるはずだ」
「あー……」
「ははは。そう嫌な顔すんなって。ちょっと事情を聞きたいそうだ」
「分かりました。あっちの陣幕が本陣ですね?」

 頷く職員を背中に、かなり立派な陣幕というか、大型のテントを尋ねた。副ギルド長や、お目付け役の役人さんがいるんだろうね、この中。

「アイアンランカーのショーンです。入ります」
「おー、待ってたぞ。入れ」

 副ギルド長の声だ。

「失礼します」

 テントの中に入って一礼すると、簡易折り畳み椅子を勧められた。二脚あったので、そこにノワールと共に座る。

「あー、デライラから詳細は聞いている。が、お前さんの話も聞きたくてな。それをこっちで擦り合わせて判断する」

 なるほど。どちらかが嘘をついている可能性もあるという事を念頭に入れて、か。

「はい。実は……」

 僕はノワールが闇の大精霊である事は伏せ、デライラのパーティメンバーから受けた嫌がらせやダンジョンに入ってからの尾行、デライラを人質に取っての恫喝、隙を見て弓使いを殺害して逆襲した事を正直に話した。ああ、直接手を出したのはノワールじゃなくて僕って事にした。

「ほう? こう言っちゃなんだが、お前さんは『残滓』って呼ばれてたんだろ? アイツらは言動にはちょいと問題があったが、ブロンズランカーにしちゃ腕は立つ方だったんだが?」
「腕が立つ? 冗談ですよね? オーク如きに一対一で後れを取るような連中ですよ。それに指揮能力もない」
「つまり、アイツらはお前さんにとって、敵じゃないと?」
「ええ。そもそも、連中が僕を尾行していた事は知っていましたし」

 そこまで言うと、副ギルド長は腕を組んで唸り始めた。

「お前さんがアイアンに上がれたのはそっちのお嬢さんの腕が立つからだってもっぱらの噂だからな。ちょっと試させてもらっていいか?」
「試す、ですか?」
「ああ。ちょっと付き合ってくれりゃいい」

 副ギルド長がニッと白い歯を出して笑う。
 ちょっと、笑顔が獰猛なんですけど!? なんで獲物を見つけたみたいな顔になってるんですか!?

 そして僕達はテントから出て、少し開けた場所に移動した。ちなみに人目はそれなりにある。もう嫌な予感しかしないなぁ。

「あの、僕もう帰っていいですか?」
「まあまあそう言うなよ。せっかくなんだからよ?」

 副ギルド長はそう言いながら木剣を構える。その様子を見ていた野次馬が野次馬を呼び、結構の数の観客が出来てしまった。

「あーあ、残滓のヤツ、気の毒に」
「副ギルド長、事務能力が足りねえから副ギルド長なんだって話だぜ? 腕はギルド長より立つって話だ」
「おいそこの! 聞こえてんぞコラァ!」
 
 そんな野次馬と副ギルド長のやり取りを聞きながら、深いため息をつく。どうしてこうなった……

「さあ、お前さん、ウィザードなんだろ? 武器を使うなら適当なのそこから持っていきな。準備が出来たらいつでもいいぜ?」

 ダメだこの副ギルド長脳筋だ。ってか、バトルマニアだ。もうやるしかないよねコレ。
 仕方ないから、僕は二本の細剣を模した木剣を持ってきた。これが一番短槍に近いだろう。

「それじゃあ行きますよ?」

 まずはオーソドックスに火の魔法を足下に叩き込む。

「おっ!?」

 まあ、腕が立つらしいのでこれは避けるだろうね。じゃあ、避ける方向を潰しておこうっと。
 前後左右、一歩分の場所に、今度は水の魔法。だいぶセーブしてるから、当たると痛い程度にしてるけどね。

「うぉっ!? ちょっ、まっ……」

 おお、凄い! 水弾を木剣で叩き潰した!? しかも真っ直ぐ間合いを詰めて来る!?
 凄いな! よし、それなら!

「ぐおおおっ! このクソッタレがぁ!」

 僕は正面から土の魔法で石礫を放った。一つ一つは小さいけど、幕を張るように大量に。これじゃあ被弾は免れない。しかしそれにも怯まず、左手で顔をガードしながら尚も突っ込んできた。
 流石だなぁ。これだけやっても引かないんじゃ、並のウィザードやウィッチじゃ間合いに入られてジ・エンドだよね。
 だけど、僕は普通のウィザードじゃない。顔をガードして視界を狭めたのは悪手だよ!
 風の魔法。圧縮した空気を僕と副ギルド長の真ん中の足下へ叩き込む。すると、盛大な土煙が上がりお互いの視界を遮った。すかさず僕は身体強化魔法を掛けて素早く移動する。勿論、副ギルド長の背後に。

「ちっ!!」

 既に背後に回り込んでいる僕に向かって、副ギルド長がバックステップしてくる。勿論、正面にいると思い込んでいる僕の攻撃を警戒しての事だろう。でも。

「勝負あり、ですかね」

 僕はそっと木剣の切っ先を副ギルド長の背中に押し当てた。

「降参だ」

 副ギルド長はそう言って両手を上げた。
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