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第四章
4-83(終)
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「——京さん!」
一条道場の門を潜って外に出ると、愛しい子の声が聞こえて久賀は声の方に視線を送った。
自分に向かって手を振りながら笑顔で駆けてくる愛しい子に向かって待ち切れずに久賀は走った。そして愛しい子——雪をしっかりと持ち上げて雪の体を抱き締める。
「雪。どうして今日はここに?」
「京さんの帰りを待ち切れなくて、迎えにきちゃいました。今日、お芝居を一緒に観に行く約束でしょう……?」
久賀の首に腕を回しながら、久賀に持ち上げられて自分よりも低い位置にいる久賀を見つめてきた。甘えるような瞳が愛しくて久賀は自分を見下ろす雪の唇に口付をしようとする。その雰囲気に気付いた雪は、男の唇を待ったが視界に隼馬の姿が映って、雪は慌てて顔を上げた。すると下から不服そうな声が洩れる。
「お前たちは昼間だというのに」
呆れたように言われてしまい、雪は恥ずかしそうに隼馬を見た。
「こんにちは、お兄さん」
雪の挨拶に手を上げて無表情で応える。最近になって、この無表情が通常運転なのだと雪は知った。
「仲が良い事は良い事だ」と言われて頬を染めて隼馬を見ると、突然くるりと視界が変わる。
抱き抱えられたまま久賀に運ばれて、雪は後ろを振り返って隼馬に手を振った。すると苦笑した隼馬が視界に映りそのふとした表情が愛しい彼にそっくりで雪は嬉しくなって微笑んだ。
「あまり他の男と喋らないでよ」
「京さんのお兄さんでも?」
「俺の兄でもだよ」
不機嫌さを出して久賀は雪に文句を言った。
久賀は雪が他の男と喋っていると、最近では不機嫌さを表に出すようになった。
「俺以外の男と同じ空気を吸うのは許せない」と言うのだ。そういう時は大抵雪は何も言わずに久賀を抱き締めてあげる。そうすると不機嫌さが嘘のように引いて行くのだ。しかし最近では雄の黒ちゃんや雄の雛——慶人ちゃんと慶三ちゃんと名付けた鷹にも妬く始末だ。
雪はよしよしと久賀の頭を撫でると、久賀から見上げられたかと思うとちゅっと唇を啄められた。真昼間の道中の真ん中であるが、どうやらいつもの情景らしく道行く人たちは誰も彼らを責めずに「仲が良いわねぇ」と囃し立てるだけだ。ここ最近では二人の仲の良さは巷では有名な程である。歳の差もあって身長差もある二人だが——誰が見ても恋人同士なのだ。
「人前では駄目って」
「慣れたでしょう? さっきだって兄貴の前でしそうだったし」
図星だった雪は頬を染めて「もう!」と肩を軽く叩かれた。
雰囲気に飲まれてしまう雪は本当に可愛いのだ。
「早くお家に帰って、沢山いちゃいちゃしようね」
それを聞いた雪は頬を膨らませて「約束が違う」と怒ると「可愛いー」と言われながら久賀は雪を抱き上げながらくるくると回った。
「お芝居を観に行って、そのあとお家に帰ってからいちゃいちゃしようね」
ニコニコと笑顔で見上げてくる久賀を見て雪は頬を染めて小さく頷いた。
「夏になったら、お祭りに花火」
「ふふ。楽しみですね!」
まだ見た事のない花火を想像して雪は幸せそうに笑った。それを見て久賀もまた幸せな気持ちになるのだ。
未だに、箱の中に閉じ込めて囲みたいという感情は消えないが、その屈託のない笑顔を見る為に囲むならば自分の腕の中だけにしようと思える。
雪が他の男と喋ると湧き出てくる黒い感情は未だに消えないが、雪がこうして自分に笑顔を向けているだけで、その手を取ってくれるだけで人間を保てるのだ。
「そして、その帰りにお家でいちゃいちゃしようね」
「いつもそればっかり」
唇を尖らせた雪を見上げて「だって愛しているからね。いつだっていちゃいちゃしたい」と久賀は笑った。
「私もしたい」
雪がそう言うと、久賀はパァッと表情を明るくして足の速度を上げた。早く家に帰りつく為だ。
「お芝居はまた今度ね」
「え? どっ?」
「どうして?」と言おうとしたら雪を久賀は地面に下ろして、唇を塞いだ。
「私もいちゃいちゃしたい」とは言ったけれど、今すぐとは言っていない。
口付をされる合間合間にそう文句を言うと、
「これから、ずっと二人で一緒に居るんだよ」
「うん」
「俺達は、いつだって一緒に居て、いつだってどこにだって行ける」
「うん」
「だから、いちゃいちゃしよう」
長い人生を二人で歩む。しかし。
そう遠くない未来——二人っきりで居られないかもしれない。二人の間を二人の分身がうろちょろと歩き回るのだ。現に自宅へ帰ると二人の子ではない、黒猫と鷹が二人の間を邪魔するようにうろつき回るのだから。
獣は居るが——子供が居ない今のうちに、二人っきりという空気を堪能したかった。
「いつも一緒なんだから、どこだって行けるよ」
久賀は雪の手を取って指先に唇を落とす。そんな久賀を雪はじっと見つめてから、にっこりと笑みを浮かべる。
二人ずっと一緒に居る未来が、簡単に想像出来る。
その未来は常に笑顔で溢れていて。明るくて、素敵だ。そんな未来に二人で一緒にいれるなんて、なんて私は幸せ者なんだろう。
「どこまでも、ついて行きます!」
濁りのない笑顔は、久賀が最も愛する表情だった。
二人が歩いた道には、桜の花びらが散りばめられていた。
雲一つない晴れ上がった空に、二人の背景には時折、雪のように桜が散って、樹上には新しい緑が芽吹いていたのだった。
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(執筆期間:2022/05/03〜05/24)
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○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。
(作品シェア以外での無断転載など固くお断りします)
○雪さま
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