遊び人の恋

猫原

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第四章

4-55

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※ ※ ※

「——良いでしょう?」

「何が?」と問う前に雪は男に手首を取られ引き寄せられると、布団の上で胡座をかいた窪みにすっぽりと収まった。
雪の肩に顎を乗せた久賀に顔を向けると、キラキラと光り輝くような見目美しい年上の男が微笑みながら雪を見つめた。

「良いでしょう?」
「な、にがで、すか?」
「ふふ」

スリスリと頬を擦り寄せられて、雪はたじろいだが、頬擦りをされることは嫌いではない雪はされるがままになった。
風呂に入りいつものように髪を拭いてもらっていたら、先程の質問をされ、この状態である。
拭いたばかりの髪は完全に乾いておらず、男が頬擦りをする度に濡れた髪が首筋に当たり少しだけひんやりする。男の両手は雪の腹の上でしっかりと置いてあってさわさわと蠢いていた。雪はその腕を掴むと

「駄目です」
「……ん?」

聞こえなかったのか、手は雪の腹を擦る様な動きだ。服越しではあるが、服の上から臍を探り当てて、指をその穴に挿れる仕草を久賀はした。
それを雪は「だ、め、で、す!」と大きな声でゆっくりと叫んだが——「ん?」と返って来て、初めてワザと聞こえないふりをされていると雪は気が付いた。

「もぉおおお!」とじたばた動くと男の笑い声が聞こえて、すんなりと腕を解かれた。
案外あっさりだった為、思わず面食らって、ぴたりと止まってしまう。
恐る恐る男の上から退いて振り向くと、何故だか両腕を広げている姿があって、雪はまた面食らってしまった。

「俺からではなく、雪からここにおいで」
「さっき、そこに居たらお臍に指を挿れられました……」
「別れたら、沢山寝てくれるって約束だったから」

雪は疑問符を浮かべて久賀を見た。

確かに「沢山寝る」と約束はした——でもあれはお布団で一緒に寝るっていう意味では……?

「俺と雪の解釈の違いだけど、俺の言う沢山寝るって言うのは『沢山まぐわう』っていう意味なんだよね」
「え!?」
「俺のっていうか世間一般的に」
「知らないですっ! こ、恋人同士じゃないんだから、まぐわっちゃ駄目なんです!」
「俺は、楽しみにしていたというのに……指も挿れちゃ駄目なの?」
「だ、だ、駄目!」

両腕を上げて顔の前でバツとした雪の姿を見た久賀は「まぁ、俺はまだ勃たないから出来ないんだけどね」と肩を竦めた。
それを見た雪は「なら、どうしてあんな事言ったんですか……?」と訊ねると「反応を見たかったから」と返って来たもんだから、雪は顔中心に皺を寄せて男を見たら、笑顔を返される。

一緒の布団に寝たり、手を繋いだり、抱き締めたり、頬擦りしたり、髪を拭いてあげたり、頭撫で撫で、着替えを手伝ったりは許してくれるがそれ以外は一切駄目らしい。
過去に雪相手にしていた耳舐めもおっぱいをひたすら触って舐めるのも、指をひたすらしゃぶって舐めるのも、秘部に指を挿れて、秘部を舐める行為は——俺のを挿入なしでも駄目だと言われた。全て恋人同士の行為だと禁止される。いや、当然と言えば当然なのだが……。

「まずは恋人同士になろう? 俺はまだ勃たないし、雪と恋人同士の誓いの口付がしたい」
「し、しませんよ!」
「魂吸われたりしないから。ね?」

久賀は目の前に座った雪の目を覗き込んで言った。
雪は久賀の前でぎゅっと目を閉じて唇を引っ込めた。無理矢理奪われると思ったのだろう。
その引っ込めた顔が可愛かったから久賀はまじまじ見ていると頬を染めだして唇を普通に戻した。男の視線に気付いたらしい。

「い、いやらしく触らなければ、お膝に乗るのは、良いんです」

雪は男の胡坐の窪みに尻を落として両膝を抱えて座った。膝を抱えた理由は、腹を守る為でもある。

そんな雪の肩に顎を乗せて頬擦りをすると、背後から膝事抱き締めた。
細い首筋が視界に入るが、きっとこれに吸い付けば『いやらしい』と捉えられてしまうのだろう。難しいな……もし俺のが復活したら、俺の身体はもつのだろうか……?

頬擦りをしていると、雪からも擦り寄るような動きをされて、これだと自分のが復活すれば耐えられないだろうな……と男は遠い目をしてしまう。きっと雪のこれは無意識でしている行為なのだ。
男は動かずに雪から頬擦りをされていると、ぴたりと止まってしまう。すると、雪から顔を向けられてじっと見つめられた。

「今日も一緒のお布団に、寝て良いですか……?」
「駄目なんて言った事ないで——」

言葉を切った久賀を不思議そうに見ていると、甘い雰囲気だった男の空気がガラリと変わった。と言っても威圧感はなく真剣な面持ちで雪をじっと見て、雪は思わず緊張して強張ってしまう。両膝を抱く腕に力を入れてしまった。

「どうして俺に内緒でこっそり家を出たの?」

雪の目が右往左往しだし、もごもごと口を動き出した。
慶ちゃんの事があったから昨晩は聞き出さなかったが——今後あのような事をされてしまっては、心臓がいくつあっても足りない。
久賀は雪をジト目で見つめると、雪は男から視線を外して俯いた。

「雪」と名前を呼ぶと、ビクッと肩が揺れた。
雪の耳の裏が赤くなっている。それをじっと見つめてもう一度名前を呼ぶと、「えっと、あの、その」とひたすら口ごもる。
その姿を辛抱強く見ていると決心がついたようで雪はスーハ―と深呼吸を繰り返した。

「ちょっとだけ、待ってて、下さい……」

と掠れた声で立ち上がろうとした雪から腕を外すと、雪はよろよろと立ち上がり、寝室を出て行く。縁側に出て行った雪はどうやら隣の部屋へ行ったようでガサコソと何かをしているようだった。
しんと静まり返った中、雪が戻るのを待っていると襖に雪の影が浮かび、ゆっくりと開いていった。
後ろ手で襖を閉めた雪は、何故だか落ち着かない様子で視線をさ迷わせて久賀の前に正座で腰を下ろした。俯いたままの雪の後頭部をじっと見る。

「あ、の、その……薫の呉服屋にどうしても欲しいのが、あって」
「それは俺に内緒にしなきゃならないもの? 俺に嘘をついてまで?」
「内緒に、したくて、その……久賀さんが寝ている間なら行けるって思って」
「薫に持ってきてもらっては駄目だったの?」
「駄目だったの……じ、自分で用意したくて」
「何を?」
「えっと、あの、その」
「まさか、家出道具?」
「えっと、あの」

中々顔を上げない雪を見ていると後ろ手に何かを持って背中に何かを隠しているようだった。その手がもじもじと動いてる。

雪は久賀に渡したくて作った物だったが、いざ渡すとなると急に自信がなくなっていた。喜んでくれるとあの時は思っていたが、「本当にそう?」と急に不安が押し寄せてきてその波に吞まれそうになってしまう。
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